マガ9対談


先週から東京で先行上映されているドキュメンタリー映画『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』。政府が強行している辺野古新基地建設に反対する住民の姿を追っています。苦難の歴史の中で闘い続けてきた沖縄の人々は今、日本に、世界に何を問うているのか。監督の三上智恵さんと、連載コラム「風塵だより」でおなじみ鈴木耕さんに、映画を通して私たちが知るべきこと、考えるべきことを、語り合っていただきました。

三上智恵(みかみ・ちえ) 東京都生まれ。1987年、アナウンサーとして毎日放送に入社。95年、琉球朝日放送(QAB)の開局と共に沖縄に移住。同局のローカルワイドニュース「ステーションQ」のメインキャスターを務めながら、『海にすわる~辺野古600日の闘い』他、多数の番組を制作。2010年には、女性放送者懇談会放送ウーマン賞を受賞した。12年に制作した『標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~』は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞などを受賞。同作品の劇場版ドキュメンタリー映画『標的の村』は、キネマ旬報ベストテン文化映画部門第1位、山形国際ドキュメンタリー映画祭では日本映画監督協会賞と市民賞をダブル受賞。現在はフリーの映画監督、ジャーナリストとして活動している。6月10日には初の単行本『戦場ぬ止み 辺野古・高江からの祈り』(大月書店)を上梓。

鈴木耕(すずき・こう) 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸専攻卒業。集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」「週刊プレイボーイ」などを経て、「集英社文庫」「週刊プレイボーイ」「イミダス」などの編集長を務める。その後、「集英社新書」創刊に参加、新書編集部長となる。2006年退社、フリー編集者・ライターに。著書は『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争。』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『原発から見えたこの国のかたち』(同)他。

 

日本で息を吹き返そうとしている「戦争」を
沖縄から止めたい

鈴木
 高い評価を得た前作の『標的の村』から2年。今回の『戦場ぬ止み』は、辺野古の新基地建設反対運動を描いています。昨年2014年夏から11月の県知事選を経て、今年1月に国が建設を強圧的に進めるまでの、まさに沖縄の今が映し出されていて、いろいろなことを考えながら観ました。まず『戦場ぬ止み』という、このタイトルに込めた思いを教えてください。

三上
 『戦場ぬ止み』は、沖縄の伝統的な歌謡である琉歌からとっています。有銘政夫さんという平和運動を引っ張ってきた反戦地主の方がいまして、この方が琉歌を詠んで、反対運動のテントのところに自作の歌をたくさん貼ってくれているんですね。
 そのひとつが、去年詠まれた歌「今年(くとぅし)しむ月(ぢち)や 戦場(いくさば)ぬ止(とぅどぅ)み 沖縄(うちなー)ぬ思(うむ)い 世界(しけ)に語(かた)ら」。「今年しむ月」は「今年の11月」という意味で、県知事選を指しています。県知事選に翁長雄志さんが立候補して、沖縄の声を政府に伝えてくれる人を勝たせることで、戦後70年間、いくさから解放されることのなかった沖縄の闘いを今度こそ終わらせようと。「今年11月の県知事選は、私たちの闘いに終止符を打つときだ。その決意を、日本中に、世界中に語ろうじゃないか」という思いを詠った歌なんです。

鈴木
 「戦場」とは、70年前の戦争だけでなく、戦後から今日までずっと続いている反基地闘争も含んでいるわけですね。

三上
 去年の8月14日には、大浦湾で工事に抗議する4隻の船と20艘のカヌーを、80隻以上もの大船団が包囲しました。防衛省と海上保安庁は、25ミリの機関砲を装備した艦船まで配備して、海上の抗議活動を制圧したんです。かつての沖縄戦を思い起こさずにいられなかった。みな「また戦場になるんだ」という言い方をしていました。
 70年、80年、沖縄戦のあともずっとアメリカの戦争にがっつり関わってきた。沖縄で暮らしてきた方々の実感としては、戦争は終わっていない、解放もされていないんです。しかも安倍政権は7月に集団的自衛権の行使容認を閣議決定している。だから、11月になって、翁長さんが勝てば、「この苦しい闘いも、ずっと続いているいくさも終わるんだ、終わらせないといけないんだ」と言い続けて頑張っていたわけです。
 そして県知事選が始まると、ものすごくたくさんの本土の人が応援に来てくれたんですね。応援に来てくれた方たちは「安倍政権の流れを止めるのは、この沖縄の選挙の闘いからだ」ということを口々に言っていました。今の日本では、どれだけ反対の声をあげても抑えきれない、戦争を立ち上げる亡霊みたいなものが息を吹き返そうとしているじゃないですか。それが二度と立ち上がらないように、この日本の戦争の息の根を止めようということまで考えて、沖縄の人たちは闘っているんですね。そうした沖縄の人たちの願いを込めて『戦場ぬ止み』というタイトルにしたんです。

本土の人々は辺野古新基地建設を
「自分の問題」としてとらえているか

鈴木
 知事選のときは、僕も沖縄に行っていました。翁長さんの選挙事務所には大変な数の人が集まっていて、夜8時になった瞬間に当確が出て、すぐに号外が配られた。開票前から号外を刷っていたんですね(笑)。それだけ現場で闘っていた人たちは、勝利を確信していたわけですよね。
 ところが、翁長さんの勝利で沖縄の民意が明確に示されたにもかかわらず、安倍政権は海上工事を再開した。そんな政府に対して、映画で抗議の礫をぶつけようという意図もあったのですか。

三上
 政府というよりも、辺野古で何が起きているのか、本土の多くの人がとらえきれていないのではないかと思ったんですね。本土から映像制作に参加してくれたスタッフが、「翁長さんが勝って、どうしてあんなに沖縄の人が喜んでいるのか初めてわかった」と言ったんです。本土のスタッフは基地問題についてある程度理解はしてくれていましたが、沖縄の人たちが喜ぶ様子を間近で見て、この選挙の重要さを心底から実感したみたいです。沖縄の基地問題について、知識があって理解している人でさえ、反対運動と県知事選を目の当たりにしてようやく「こういうことだったのか!」と心底、実感した。
 私は、映画で過去の戦争にさかのぼって語り直さなくては、沖縄の現状は本土の人には届かないのだと思いました。沖縄では悲惨な地上戦があって、占領時代があって、返還後も実際は解放されず、基地問題については容認、反対と、県民の分断が続いてきた。その70年の苦難の歴史をやっと終わらせてくれそうな人があらわれて、保革を問わずオール沖縄でひとつになって勝利を勝ちとった。
 そういう歴史と構図を本当にわかってくれたら、きっとね、本土の人だって「これは沖縄だけの問題でしょう」なんていう人は何割もいないはずなんですよ。そうしたら、これからの選挙の投票に結びついて、政治だって変わるに違いない。今の政権の座にいる人たちは、この映画を観たとしても、たぶん考えはなにも変わらないですよね。だから現政権に礫をぶつけるというよりは、いわゆる市民に向けて、日本人は絶対に沖縄を見捨てないはずだと信じて、この映画をつくった部分もあります。

鈴木
 これまでは本土対沖縄という対立の図式が、マスメディアなどによってつくられてきた側面がありますね。しかし本土の人も、「日本の中の沖縄」という位置づけに目が向いてきたのかなと思います。いろいろな調査を見ても、以前は「沖縄に基地があるのはしようがない」という意識が見てとれましたが、最近は「沖縄の怒りはわかる」と。辺野古に新基地を造らせないための闘いを支持する人たちが、本土の中でもどんどん増えてきている気がします。

三上
 これから、いよいよ国会で安保法制の関連法案が審議されるでしょう。もはや「沖縄に基地を押し付けて申し訳ない」というレベルから、何段階も進んでしまったんですよ。日本は、アメリカが敵とみなす国との戦争に参加するということを宣言してしまったわけですから。
 日本人のほとんどは「沖縄の基地は訓練をするところで、日本は戦争をしてこなかった」と思っていますよね。だけど、ベトナム戦争でも沖縄から米軍機は出撃していったし、日本は国民の税金でアメリカの戦争を支援してきた。さらに今度は自衛隊が武器をとって、アメリカ軍と一緒に戦おうとしている。今はもう、そういう事態にまでなっていて、じゃあ辺野古に新しく造られるのはどういう基地なのか。辺野古の新基地は、二本の長大な滑走路があって、ボノム・リシャールという巨大な強襲揚陸艦が接岸できる軍港なんですね。それは完全に出撃基地であって、それを丸々日本のお金で造って、しかも自衛隊も常駐する。
 映画の中ではコンピュータ・グラフィックスで新基地の図を描いていますが、あそこまでのものができることは、沖縄の人でさえもリアルに想像できていないと思うんです。本土の人にも、どんな基地ができるのかわかってほしいし、わかった上で「でも地政学的には沖縄しかないよね」と言い続けられるのかどうか。「沖縄の負担を減らしてあげないとかわいそうだよね」という段階から、他国民の殺戮を目的とした出撃基地になる辺野古新基地に反対しないと自分たちの暮らすこの国そのものが攻撃対象になりかねないんだという認識に変わらないとまずいです。

笑いと、怒りと、悲しみと…
沖縄の人々の深い思いとは

鈴木
 僕はこの映画は、辺野古の新基地が日本人にとってどういう意味をもつのか、ということが主題なのかなと受け止めました。つまり、これは沖縄の話ではなくて、どうすればわれわれは戦争に加担しないで済むのか、そのために何をすべきなのか、観る者に突き付けている映画ではないかと。
 ただ、同時に思ったのは、辺野古で闘っている人たちを丁寧にとらえていて、批判だけが前面に出ているわけではない。映画としては、やわらかく描こうとしているのかなと感じました。

三上
 そうですね。安倍政権は、沖縄県民がどれだけ反対しようと黙殺して「造るんだ」と言っている。そうなると、反対運動は絶体絶命の希望もないような現場になってもおかしくないんですよ。
 だけど、鈴木さんは長く沖縄で取材をされているからおわかりでしょうけれど、現場に行ったら楽しいじゃないですか(笑)。

鈴木
 うん、キャンプシュワブのゲート前のテントに行くとね、面白いですよ。いろいろなユニークな人がいるし、辺野古の浜のテントでは、かわいい猫までが座り込んでいる(笑)。

三上
 日米両政府に対して闘うって、まったく勝ち目のない闘争ですよね。だけど、悲壮感でいっぱいかといったら、これは沖縄の文化といえるかもしれませんが、歌あり、踊りあり。ゲート前で警官に抵抗するのだって、奇策がどんどん出てくるんですよ。
 映画の中でも、現在の辺野古の基地反対運動のリーダーのヒロジ(山城博治)さんが警官に対抗するために、自分の首をワイヤーにかけて脅かすシーンがありますね。みんなで蛇腹状になっているフェンスの中に身をかがめてもぐり込んだり、中央分離帯に寝っ転がったり。ヒロジさんは策士だから「あっち行けー! あっち走れー!」とか、次から次へと指示してすごく面白いんですよ。それで機動隊が仕方なく撤退すると、「やったぞ! 勝ったぞ!」「したいひゃー(でかした)!」って、大騒ぎになるんですよね。私は、悲観的なほうなので「いや、機動隊をここで帰らせたって、それって勝ったってことかな…?」と言ってしまえばそれまでなんですけど、みんな大喜び(笑)。
 だから、そんな現場を撮れば、批判だけの映画にはならないです。実際は何も変わっていないかもしれないけれど、ちょっとずつでも進んでいる感じがする。日米両政府を相手に、負けている気がしない。ヒロジさんは、そういう世界観をつくる天才なんですね。

鈴木
 辺野古の闘いで、もう一人印象的な人として、いつも機動隊の前に立ちはだかる島袋文子さんというおばあがいます。彼女は、沖縄戦ではアメリカ軍の火炎放射器に焼かれている。映画の中で、大火傷の痕を見せてくれますが、体に沁み込んだ思いを語ってくれますね。ほんわりと話す言葉に、沖縄のいくさはまだ終わっていないんだと、ほんとうに感じました。

三上
 文子おばあは今でも、戦争の話をすると眠れなくなってしまうことがあるんですね。おばあにとっては、火炎放射器で焼かれたことや、病院テントにいたときのことも辛いけれど、収容所の話が苦しくてできないんです。おばあは言わないので私は想像するしかないのですが、戦争というのは、戦闘中は敵との戦いなんですけれど、戦闘が終わったら兵隊も住民もない、人間と人間のさまざまな戦いになる。誰もが加害者にもなるし、被害者にもなるし、瀕死の人を見殺しにしなければならないこともある。それは文子おばあだけではなく、沖縄だけではなく、どこの戦場の戦後でも起こることだと思うんです。
 だから…「生き残ってよかったですね」なんて生やさしい話ではなくて、おばあもずっと「私は死んだほうがよかった」と言い続けていました。それが知事選で勝った日に、戦後初めて、おばあが涙ながらに「生きていてよかった」と言うシーンになる…。

基地と折り合いをつけるしかなかった
そんな地域の苦しみも知ってほしい

鈴木
 戦争は敵と味方がいて、ドンパチやって「あいつは敵だ、殺せ」「こいつは味方だ、助けろ」というような単純なものではない。戦後も含めて、どれだけ人間の心に傷痕を残すか。そういう意味では、この映画には沖縄の70年のあらゆる思いが凝縮されていますね。

三上
 ありがとうございます。自分の暮らす島が戦場になって、たくさんの人が死んだ場所で生き続けることだけでも大変なことだと思うんです。今回の映画で、辺野古の容認派の人たちも撮ったのは、戦後に基地と共に生きることを選択した気持ちも描きたかったからなんです。
 辺野古は60年間にわたって、基地と共存してきました。60年前に軍用地として接収された土地が基地になったのは、米軍に銃を向けられ、折り合いをつけて生きていくしかなかったからです。「若者の就職とインフラ整備を約束する」という条件を引き出して、基地建設を認めざるを得なかった。それによって辺野古には繁華街ができて、街は豊かになったわけですね。
 だけど、年月が過ぎて、また日米両政府が新基地建設を進めようとしている今、「それでいいんですか」と問いかけたいんです。映画の中には、収容所でつくられて歌い継がれている「敗戦数え歌」をうたうシーンが出てきます。その「数え歌」の九番に「解放さりゆる 節待たな」という歌詞がありますが、「いつか解放されるときを待とう」という意味です。そうして70年間解放されるときを待った。でも日本政府もアメリカ政府も沖縄を解放なんかしてくれないですよね。
 辺野古の人たちは、「じゃあ今度も条件を出して勝ちとろう」と言うけれど、「いったい、いつまでその図式を子や孫に引き継いでいくんですか」と問いたいんです。辺野古の人は「だって、国が造るっていっているんでしょー、反対なんて私たちができるわけないさー。だったら、もらえるものをとろうよ」と言って生きてきたわけですよ。でも、それでは収容所時代から一歩も出ていない。
 知事選で大勝利したことで、沖縄は島ぐるみで一歩でも二歩でも踏み出そうとしていることを、容認派の人たちにもわかってほしいと思うんですね。

鈴木
 今の辺野古の人たちの、ある種の孤立感みたいなものも出ているなと感じました。でも、辺野古の人たちは、撮影するのをよく許可してくれましたね。

三上
 歓迎はされませんよね。「また反対運動の映画を撮っているんでしょ」という目で見られますから。基地を容認してきた家のおばさんが、カメラのないところでは「海を埋められるのはやっぱり悲しい」と話してくれます。でもそのおばさんが私と関わっていることで、村八分みたいになったらどうしようと心配にもなりますし。
 宮城さんというおじいさんが、60年前、那覇の桜坂の飲み屋で「帰れ」と言われたという話をしてくれるシーンがあります。当時、沖縄は米軍の土地収用に反対する島ぐるみ闘争をやっていた。辺野古の区長だった宮城さんは、他の地域の人から裏切り者扱いされたわけですね。そういう苦い昔の話をしてくれたことは、ありがたかったですね。
 辺野古の人たちはろくなことを言われないから撮られたくはない。でも私は辺野古の人たちも大好きなんですね。容認派のおじさんたちから「ごちそうがあるから来い」と言われて行くと、「QABで基地反対運動ばっかり撮っていたやつだろう」なんて意地悪言いながら「これ、ジュゴンの肉だぞ」なんて冗談も言いつつ、可愛がってくれる人もいる。青年団の若い人たちもやさしい。だからこそ反対運動の人たちとの間に今は距離がありますが、もっと交流できないかなあという思いもあります。

鈴木
 反対、容認を含め、すべての沖縄の人はもちろん、日本中の人が観てくれるといいですね。三上さんから「ここをぜひ観てほしい」というところはありますか。

三上
 基地反対運動のドキュメンタリーとして構えて観てしまうかもしれませんが、面白い場面もところどころにある映画だと思うんですよ。先に言ったように、現場はほんとに楽しいですから。反対運動ではときには怒りを笑いに変えて闘っているので、笑って、泣いて、怒って、踊って、歌って、そういう映画だと思って観てほしいですね。そこから今の沖縄が問うているものを、感じとっていただければ嬉しいです。

(構成・写真/マガジン9)

『戦場ぬ止み』

◆公開情報
5月23日(土)より東京・ポレポレ東中野にて緊急先行上映中
【本上映】
7月11日(土)より沖縄・桜坂劇場、
7月18日(土)より東京・ポレポレ東中野、大阪・第七藝術劇場、
ほか全国順次公開

◆公式HP
http://ikusaba.com/

 

  

※コメントは承認制です。
三上智恵さん(映画監督)×鈴木耕さん(編集者・ライター)“沖縄が何を止めようとしているのか、今、本土に問いたい”」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    対談の最中、おばあの話になるとこらえきれず涙をこぼした三上さん。沖縄の「おばあ」や「おじい」たちは、貴重な人生の長い長い期間を、「いくさば」の歴史とともに過ごしてきたのだと思いました。沖縄戦から続く歴史の延長として辺野古新基地建設の問題をとらえたとき、見えてくる問題の本質は変わってきます。「沖縄の問題」として考えるのではなく、「私たちの国」で、「私たちの声」を無視して、進められようとしている新基地建設です。戦争がいまも残す深い傷痕に鈍感になることなく、この政治の流れを変えるために、日本中が手をつなぐときではないでしょうか。

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