マガ9対談

2016年9月に成立した安全保障関連法(安保法)の改正PKO協力法によって、「駆けつけ警護」や「宿営地の共同防護」などの新たな任務を政府から付与された自衛隊が、南スーダンに派遣されました。これに対し、同年11月に現職自衛隊員の母親が原告となり、全国初の自衛隊・南スーダンPKO派遣差止訴訟を起こしました。
原告である平和子さん、そして札幌の弁護団長・佐藤博文さんを迎えて、2008年にイラク派兵差止訴訟で、佐藤さんとともに名古屋高裁で違憲判決を勝ち取った川口創弁護士が聞き手となり、裁判の目的や展望をうかがいました。

この取材後の2017年3月10日に、政府は陸上自衛隊の南スーダンからの撤退を突如発表しました。この記事は、同年2月18日に行った鼎談を基に、一部補足・編集などを加えたものです。内容は取材時点のものになりますが、再び同じ問題が起こることのないよう、引き続き情報開示と検証を求めていく必要があると考えて掲載しました。動画はこちらからご覧になれます。

川口創(かわぐち・はじめ)1972年生まれ。2000年司法試験合格、2002年から名古屋で弁護士としてスタート。2004年にイラク派兵差止違憲訴訟を提訴。弁護団事務局長を務め、2008年に名古屋高裁で画期的な違憲判決を得る。刑事弁護にも取り組む。共著に『今、改めて「自衛隊のイラク派兵差止訴訟」判決文を読む』(星海社新書)、単著に『子どもと保育が消えてゆく』(かもがわブックレット)、『「立憲主義の破壊」に抗う』(新日本出版社)など。

佐藤博文(さとう・ひろふみ)1954年生まれ。1988年弁護士登録。自衛隊イラク派兵差止では、全国弁護団連絡会議と北海道訴訟の事務局長を務める。空自女性自衛官セクハラ訴訟、徒手格闘訓練死訴訟など自衛隊員・家族の人権裁判に数多く取り組む。「自衛官の人権弁護団・北海道」団長、北海道弁護士会連合会憲法委員会事務局長など幅広く活動。

平和子(たいら・かずこ)北海道・千歳市在住。20代の現職自衛隊員の息子をもつ。2016年4月に行われた衆議院北海道5区の補欠選挙の際に、息子が所属する陸上自衛隊の部隊が南スーダンに派遣されることを知る。2016年11月に提訴された「自衛隊・南スーダンPKO派遣差止訴訟」の原告となる。

 

南スーダン派遣の本質に迫る裁判

川口 2016年11月30日に、現職自衛隊員のお母さんが、「南スーダンPKO派遣差止訴訟」を札幌地方裁判所に提訴されました。この裁判については、全国的にはあまり知られていません。しかし、非常に重要な裁判で、南スーダンへの自衛隊派遣という問題の本質に迫る裁判です。今日は原告である平さんと札幌の弁護団長・佐藤博文さんに、裁判についてうかがいます。まずは、自己紹介をお願いします。

 北海道・千歳市から参りました、平和子(たいら・かずこ)です。現職自衛隊員である息子との約束で本名を伏せて提訴をしているため、仮名になります。

佐藤 私は、この裁判の弁護団長をやっております佐藤です。「自衛隊イラク派兵差止訴訟」の全国弁護団事務局長と「自衛官の人権弁護団・北海道」代表でもあります。

南スーダンPKO派遣差止訴訟弁護団メンバーと原告の平さん。裁判所前で(写真提供:南スーダンPKO派遣差止訴訟弁護団事務局)

川口 佐藤さんは北海道で、私は名古屋ですが、イラク派兵差止訴訟のときに一緒に裁判をやらせていただきました。その裁判後も、佐藤さんは自衛官やその家族からの相談を受け付ける「自衛官・人権110番」などを北海道でやっていらして、自衛隊員の人権問題などに深くかかわってきました。そうした中で、この裁判につながったのだと思いますが、裁判について簡単に説明していただけますか? 

佐藤 この裁判は、原告を現職の自衛隊員、またはその家族に絞っています。そのいちばん最初に、平さんに原告になっていただきました。今後、追加提訴も予定しています。自衛隊員やその家族は、「殺す・殺される」という、いわゆる軍隊の本質的な部分にかかわる存在です。そうした点から、自衛隊員本人とその家族の人権に焦点をあてた裁判になります。

川口 なぜ北海道・札幌で提訴されたのでしょうか?

佐藤 昨年(2016年)の11月30日に提訴したのですが、その時点では、北海道の東千歳駐屯地の自衛隊が南スーダンに派遣されていました。平さんの息子さんは派遣対象ではなかったのですが、同じ基地です。仲間が南スーダンに行ってるわけですね。また、千歳はいわゆる「基地の町」。平さんだけではなく多くの住民にとって、南スーダン派遣はとんでもないという思いがあります。そうした背景から、北海道・札幌で裁判をやるということになりました。

息子の部隊が派遣対象と知って…

川口 平さんは、いま裁判の原告にお一人でなっていますが、どういう思いで原告になろうと思われたんですか。

 2016年に衆院北海道5区の補選があったのですが、そのときに息子が所属する部隊が南スーダンPKO派遣の対象部隊にされているということを知ってびっくりしたんです。PKO派遣に反対する候補を応援していたので、勝っていただきたい一心で、集会などで発言したところ、その記事が新聞に載りました。それで弁護士の佐藤先生が私のことを知って、声をかけてくださったのがきっかけです。私はただの主婦なので、最初は国を相手に訴訟を起こすなんて頭の片隅にもありませんでした。随分おおごとになってしまったな、というのが正直な気分です。

川口 自衛隊員の息子さんをもつお母さんとしての思いが裁判に突き動かしたところもあったかと思うのですが、どうでしょうか?

 そもそも息子が自衛隊員になるずっと前から平和運動に興味があって、イラク戦争反対のピースウォークや新聞への投書など、自分なりにやってたんです。普通はそういう人の息子というのは自衛隊員にならないと思うのですけど、経済的徴兵みたいな形で自衛隊員になったところがあります。
 息子は民間の建設会社に勤めていたのですが、そこの経営が傾いてしまったんです。付き合っていた彼女との間に子どもができて結婚しようとなったときに、たまたま相手のお父様が自衛隊OBでした。そのすすめもあって入隊したんです。「おれ、入隊試験を受けるから」というのを聞いて、「ん?」と思ったんですけれど、災害救助などで活躍するのかなと…。そのときは、強く反対することもなく「がんばってね」という感じでした。

川口 南スーダンへは、全国の自衛隊部隊が順に行っていますが、実際には北海道の部隊がかなり多いペースで派遣されていますよね。

佐藤 そうですね。いまは第11次隊で、今年6月から第12次隊になるのですが、それも北海道の部隊になります。12回のうち5回の派遣が北海道からです。

川口 もともと北海道は、陸上自衛隊の拠点で精鋭部隊といわれる所でもあるので多く行かされていると思うのですが、そのなかで、息子さんも南スーダンに派遣される可能性があるということですね。裁判ではどういうことを求めているのでしょうか? 

佐藤 まず、南スーダンへのPKO派遣にしぼって、その差止めを求めることがメインです。

軍事化したPKOへの派遣は憲法違反

川口 佐藤さんたちの裁判は、安保法自体が違憲だということを求める裁判ではなくて、自衛隊の南スーダンPKO派遣だけにターゲットを絞った裁判だということですね。

佐藤 一昨年の安保法制に基づく改正PKO協力法から問題にするのではなくて、それ以前から国連PKO自体が軍事化して変質しており、もともとPKO派遣は憲法違反だという立場です。本来、派遣してはならない状態になっている。そこに安保法制で「駆けつけ警護」とか「宿営地の共同防護」などが加わって、ますます明確に憲法違反ということになっている。
 平さんのような、自衛隊員やその家族からしてみると、どんな戦争であろうと、PKOであろうと、「戦場」ということでは同じです。「殺す・殺される」ような武力行使に至るところに子どもを送るわけにはいかない、主権者国民として送るわけにはいかないということで差止めを求めます。したがって、審理を迅速に進めて、勝訴判決を勝ち取りたい。裁判所には、司法の本来の力をここで発揮してもらわないと困る、という立場で裁判に臨んでいます。

川口 駆けつけ警護や宿営地共同防護の違憲性を待つまでもなく、自衛隊を今のPKOに派遣すること自体が憲法違反であり、そのことについても、裁判で明らかにしていくことが必要ではないかと考えます。

佐藤 多くの方は、「PKO」というと選挙監視や停戦監視などのイメージをもつと思います。ところが、1990年代から、国際連合憲章第7章の規定に基づいて、国連PKOは軍事化しています。普通の軍隊と同じように、交戦法規の適用があり、ジュネーヴ条約など捕虜に対する適用もある。日本のPKO協力法との間には、明確なギャップが生まれてしまっているんです。そこを国民に隠して、南スーダンに派遣を続けていることが問題なわけです。
 駆けつけ警護というのは軍事用語でいう「奪還作戦」又は「救出作戦」といわれるものです。それから宿営地の共同防護というのは、「陣地防衛」です。陣地をしっかり確保することなしに戦争は成り立たない。いずれも、軍事活動の中核をなすものです。そういうことをPKO派遣される自衛隊の任務に付け加えたのが、一昨年の安保法制です。この中身を問い、暴くのが今回の裁判だと考えています。平さんのような、自衛隊員やその家族の「平和的生存権」の観点から、これを差止めたい。

川口 平和的生存権に関して言うと、佐藤さんと一緒に闘った「イラク派兵違憲訴訟」では、2008年に名古屋高裁で違憲判決が出ています。そのなかで、平和的生存権は具体的権利だと明確にされました。この違憲判決は、憲法9条1項に違反しているというだけではなく、主権者に平和的生存権があって、それは具体的権利なんだということをうたった点でも価値があったと思います。今回は、この名古屋高裁の違憲判決をさらに発展させていくということだと思います。

2016年11月30日の記者会見の様子(写真提供:南スーダンPKO派遣差止訴訟弁護団事務局)

「命を賭けろ」と命じるのは私たち

佐藤 名古屋高裁の判決で、戦争で「殺される」だけでなく、「殺す」ということ、あるいは「殺す側に加担したくない」ということも、平和的に生きる権利の内容として認められたわけです。自衛隊員には今度の安保法制で「賭命義務」が課されることになりました。「自らの命を賭けて相手を殺せ」、「死んで国を守れ」ということです。この義務は、誰に命ずる権利があるのかというと、具体的には政府ですが、結局は国、つまり私たち主権者国民が自衛隊員に対して、国を守るために命を賭けて戦えと命ずることになるんです。そうやって命ぜられた家族にとっては、どういうことなのか。
 平さんの裁判は、名古屋高裁で認められた平和的生存権の具体的権利性をさらに深めるものです。自衛隊員は、兵士である前に一市民であり、私たちと同じ平和的生存権を共有する者です。従って、同じ憲法13条と9条の下にある私たちは、自衛隊員や家族にそれを強いていいのかという主権者の責任が問われるわけです。自衛隊員は有無を言わず命令に従わなければいけません、勝手に辞めることもできません。だったら主権者が代弁して、自衛隊員や家族を守らなければいけないし、それが結局は主権者自身にとって平和な社会で生きるということの意味だと思うんです。

川口 この裁判の訴状は、平さんもお読みになったと思いますが、憲法のこと、平和的生存権のことと、南スーダンの実態など、いろいろ知らなかったこともあるのではないでしょうか。訴状をお読みになって、「新しく知って突き動かされた」というようなところがあったら教えてもらえますか。

 事実を知るにつれて、怒りよりも呆れる気持ちの方が強くなりました。わたしたち国民は、政府の真ん中で決める人たちに利用されているんではないかという気持ちが、すごく強くなってきました。今回の南スーダンPKO問題が、政府の体質がいちばんわかりやすい問題だと思います。
 訴状に添付されている資料に、自衛隊と他の国の軍隊における救急措置・応急措置の技術教育の項目の一覧表があるのですけれど、それを見て唖然としました。また、装備品も、他の国が、たとえば30品目ほど持っているとすれば、自衛隊員はたったの数種類。見せてもらった現物は、ティッシュボックスより小さなビニールバッグに小さなものが詰まった簡単なものです。それを一人に一個持たせて、「救命用品」だというんです。止血帯というのは二本ないと血が止まらないものらしいですが、それも一本しかない。
 日本の自衛隊員は、救命や応急処置教育もほとんどされない状態で、小さな救命用品を一個持たされて、日本語も通じない紛争地にほとんど丸腰状態で放り出されるんです。それを知った時に、任務だから、お金が出るからと言いくるめられて行かされる自衛隊員の一人ひとりがうちの息子の姿と重なって、不憫で仕方がない思いでいっぱいになりました。
 それだけではなく、命令されて任務で行ってるのに、もしも現地の人を撃ち殺してしまったら、日本に戻ってきたときに隊員個人に刑事罰が下される可能性があるという理不尽さも知りました。よく考えてみれば、何かあったときの保障にしても、全部私たちが払った税金ですよね。だから、決めた方々は、決めるだけ決めて何も痛みを味わわない。自衛隊員は、一般の方々から見ると身近な存在じゃないのかもしれませんが、国民から集めたお金が使われることからしても、広く日本人全員が考えなければいけない問題だと思います。

丸腰に近い状態で戦地に送り出す

川口 佐藤さんから、法律の不備について話していただけますか。前提として、憲法9条の下に戦地に軍隊を出すものではないという建前をとっているので、救急救命装備品についても軽微なものにしていることがある。それから戦闘地域で人を殺し殺される関係に立たないと強弁しているので、他国民を殺してしまったときの処罰もはっきりしない。捕虜として扱われない問題についても、「そういうことにさせないようにガンバリマス」的な話しかない。これは非常に不誠実。実態として、戦闘状態にある南スーダンに、法律の不備もそのままに自衛隊を丸腰に近い形で出している。このことについては、主権者として考えなければいけないのですが、あまり知られていませんね。

佐藤 まず、自衛隊員に対して万が一銃で撃たれるなどの事態があったときに、どういう措置がされるかについて話します。米軍などは56項目に及ぶ救急措置の技術教育項目があるのですが、自衛隊員にはそのうち2項目しかなされていません。つまり、戦地において銃で撃たれたりしたときの対応措置、つまり装備とそれを使う技術がまったく訓練されていません。止血のための装備もほとんど渡されていない。
 なぜかというと、日本は「専守防衛」の建前なので、海外で戦争をやるということを想定していないからです。日本にいることが前提なので、何かが起こったら医療水準の高い近くの病院に運べばいいと考えられている。また、憲法9条2項により軍隊が存在しないので、医療行為は医師のみが行ない(医師法)、他国の軍隊とは違って医師の資格をもたない自衛隊員が自分や同僚に対して医療行為をすることは認められていない。これが、いままでの日本の自衛隊の医療体制です。
 それから、平さんが言われていたように、兵士としての地位がまったく認められていません。日本には憲法9条があって、自衛隊は軍隊ではないわけです。だから、国際法上の兵士としての権利は認められない。それは安保法制下でも基本的には変わっていません。ところが、そのままの立場で南スーダンに行っていている。
 南スーダンでのPKOの活動は、国連憲章第7章に基づく軍事的措置なので、日本以外は全部正規軍が来ていて、軍隊としての活動をやっているわけです。当然、そこで捕虜になったり、現地の人などを傷つけたりする可能性がある。国際法上の原則として、戦争状態・戦闘状態で殺しても殺人罪に問われないとか、万が一捕虜になった時は人道的に扱われるというルールがあるんですけども、軍隊ではない自衛隊員には適用されないんです。そういう状態で送られているということが問題です。
 さらに言いますと、駆けつけ警護というのは国連職員や他の国の人たちが襲われたところに、要請をうけて救出に行く作業になります。これは、国連職員や他の国を助けることですから、本質的に他国防衛なんですね。日本は専守防衛で我が国の国土と国民を守るというのが政府の今までの説明ですけども、そこをもう踏み越えてしまったわけです。宿営地の共同防護もそうです。宿営地を守るというのは、国連や他の国々の兵士も含めて守るということですから、これはもう本質的に他国防衛です。
 参議院議員の佐藤正久さんは元陸上自衛隊幹部で、イラクに第一陣で行ったときの隊長ですけれど、彼はこういう駆けつけ警護などの現地での活動を「現場での集団的自衛権」というふうにテレビで発言したり、本で書いたりしています。PKOだから普通の戦争とは違うというような区別はない。それが今の南スーダンの状況なのです。

〇裁判の詳細や今後のスケジュールは、「南スーダンPKO派遣差止訴訟弁護団」のサイトをご覧ください。

(構成/マガジン9 写真/kayo sawaguchi)

(その2へつづく)

 

  

※コメントは承認制です。
自衛隊・南スーダンPKO派遣差止訴訟 原告と弁護団長に聞く(その1)「戦場に子どもを送るわけにはいかない」」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    このインタビュー後、政府は陸上自衛隊の撤退を決めましたが、南スーダンの情勢については触れないまま。このまま幕引きされれば、同じ問題が起こりかねません。
    2015年の記事になりますが、伊勢崎賢治さんがルワンダの大虐殺を経て国連PKOのあり方が変わっていることについて書いてくれています。ここから議論が進んでこなかったことがわかるのではないでしょうか。あわせてご覧ください。
    来週の(その2)では、「南スーダン自衛隊派遣の本当の狙い」についても取り上げます。

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