鈴木邦男の愛国問答

 〈これは、エイプリル・フールか〉と一瞬思った。昔は、この日(4月1日)は、「嘘をついていい日」と言われた。だから一生懸命、考えた。新聞や雑誌などでも、堂々と嘘がまかり通っていた。でも今は、この言葉はむしろ死語だ。「エイプリル・フールだから」と弁解しても、今では嘘をつく「自由」はないし、笑って許す余裕もない。

 でも、産経新聞(4月1日)を読んでいて、アレっと思ったのだ。まさかエイプリル・フールかと、思い出したのだ。

 〈民進・細野氏が憲法私案〉
 〈今月発表・執行部内の溝 浮き彫り〉

 エッ! これは何だろうと思った。本文では、こう書かれている。

 〈民進党の細野豪史代表代行は31日の記者会見で、4月に自身の憲法改正私案を発表することを明らかにした。〉

 これはどうしたことだろう。民進党は憲法を守り、平和を守る政党だと思っていた。維新や公明とは違う。ところが、細野氏は「憲法私案」を作ったという。多分、民進党全体としては「護憲」が主流なんだろう。だから、ただ一人でも「私案」として出すということだろう。では、私案ではどんなところが問題になるのか。

 〈私案は高校までの教育無償化や、大規模災害時に国会議員の任期延長を認める緊急事態条項の創設などが柱。ただ蓮舫代表は改憲項目の絞り込みや教育無償化の憲法明記に消極的で、私案は執行部内の溝を浮き彫りにしている。〉

 蓮舫代表の言い分のほうがマトモだと思うが、孤立無援でも細野氏はやるつもりだ。

 〈細野氏は改憲で、私案について、自ら「現実的な改正案」と評価した。さらに「(与野党による)議論に資する形になればいい」とも述べた。衆参両院の憲法審査会で改憲項目の絞り込みが進んでいないことに関しては、「与野党が互いの見解を述べ合うことにより、少しずつだがコンセンサスが見えてくる可能性は出てきている」と期待を示した。〉

 細野氏の「勇気」を買うべきか。「これでは自民の改憲論議に巻き込まれるだけだ」と批判すべきなのか。民進党内部ではどうも後者のほうが多いようだ。

 〈ただ蓮舫氏は憲法改正せずとも教育無償化の実現は可能との立場を取っている。私案は党内でも議論を呼びそうだ。細野氏の私案は、10日発売の中央公論に掲載される。〉

 そうか。「中央公論」に発表するのか。記者会見よりも、その方が効果もあるし、表現も正確に出来る。記者会見をし、その場で質問されたら、どうしても言葉尻をとらえた批判が多くなる。又、民進党主流の人たちとの「溝」ばかりを追及されるだろう。それを避けるために雑誌発表にしたのだろう。

 僕は細野氏とは「朝まで生テレビ!」(朝生)で一緒に出たことがある。憲法の時だったと思う。爽やかで、とても弁の立つ人だと思った。その後、いろんな会合で何回かあったが、朝生で初めて会ったときの印象が強い。爽やかで、自主独立でやっていこうという覇気を感じる。民進党の中でも近いうちに代表になるだろう。でも、この私案を出すことで、その道は遠くなるかもしれない。そこまでして、「私案」を出すのか。

 別の面から考えてみよう。それほど憲法が大事なのか。何でもかんでも、憲法に書き込むしかないのか。世の中を変えるとしたら、まず憲法を変えるしかないのか。昔、学生時代には、僕は「憲法改正運動」をやっていた。「諸悪の根源=日本国憲法」と言っていた。政治、経済や社会問題の全ての原因は憲法にある、と思っていた。つまり憲法を変えていけば、全てが解決すると思った。でも、それだけ憲法にばかり頼り、期待することになる。

 「リベラルの側からの改憲案もあるはずだ」という人がいる。環境権、同性婚、死刑廃止……なども、改憲したら出来る。そう思っているようだ。でも、それでは公明党の「加憲」と同じになってしまう。それに、右派からの改憲欲求はもっと強い。「徴兵制にしろ」「核を持て」……と。

 今まで長い間、改憲は遠い、遠い、見果てぬ夢だった。ところが今は、安倍首相自ら「憲法改正をする!」と言っていて、その首相を支持する人も多い。そして憲法を変えられる状況になったら、あれも変えろ! これも変えろ! という声が多い。憲法をどんどん変える。変えたら〈現実〉も変わる。「憲法にだけ頼る」「憲法改正にだけ頼る」。そんなスローガンの裏で、現実の政治は、もっともっと劣化していく。そんな気がしてならない。

 

  

※コメントは承認制です。
第220回憲法を変えれば、〈現実〉も変わるのか?」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    政治について、暮らしの不安について、ますます話しにくくなるこの国で、政治にできること、すべきことは沢山あるように思います。憲法は「魔法の言葉」ではありません。改憲にこだわる前に、ぜひ市民の現実に目を向けてほしいと思います。

  2. 鈴木さんも「天皇制廃止」を軸とした私案をつくって対抗すればいい話なんじゃないの?「天皇制による無責任体制を放置したままでの九条改正には断固反対!」とか何とか思想的なこと言ってさ。右翼に殺されるかもしれないけど。ってゆーかさ、何故誰も「憲法改正するなら、まず最初に天皇制を廃止しよー!」って言わないのか、それが前々から不思議!

  3. 白井基夫 より:

    この言葉にはたいへんな重みがあると思いました。 → 「憲法にだけ頼る」「憲法改正にだけ頼る」。そんなスローガンの裏で、現実の政治は、もっともっと劣化していく。そんな気がしてならない。

  4. 鳴井 勝敏 より:

     憲法を変えれば現実は変わる。但し、自民党憲法改正草案が目指す現実は人権保障劣化の現実である。現在より息苦しく幸福度が下がる現実である。理由は立憲主義を放棄しているからだ。改正=改善ではない。持ちべきは幻想ではなく理想である。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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