柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

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 大方の予想を覆して米大統領選挙は共和党のトランプ氏が勝利し、世界中が大騒ぎとなった。米国のメディアも日本のメディアも「米国の格差拡大に対する白人の低所得層の怒り」「米国一国主義の表れ」「暴言者でも米国を変えてくれればいいと考えた」「分断された米国」といった解説が渦巻いた。
 それぞれもっともな解説で、私も同意するが、私のトランプ勝利の印象は、ただ一点、「米国民のメディア不信は、日本以上に大きかったのだ」ということだ。トランプ大統領は、ズバリ言えば、米国民のメディア不信が生み出したものだといっても過言ではあるまい。
 ここでいう「メディア不信」とは、メディアの予想がことごとく外れたということではない。「まさか」「まさか」の連続で、最終的に「まさか」が実現してしまった全過程が、メディア不信がもたらしたものだと言いたいのだ。
 昨年6月、トランプ氏が大統領選挙に立候補を表明したとき、泡沫も泡沫、誰一人、共和党の候補者として残るとは思っていなかった。それを「共和党の候補者」にまで押し上げたのは、メディア、なかでもCNNを中心としたテレビである。
 暴言を乱発するパフォーマンスがテレビ向きだと、CNNだけでなく各局が競うようにトランプ氏を取り上げ、視聴率も上がって、テレビ局の経営者までトランプ氏を取り上げることを歓迎していたのである。
 それが、共和党の候補者となり、ヒラリー・クリントン氏と接戦だと報じられたあたりから、メディアの姿勢もがらりと変わった。とくに新聞である。米国の新聞は、支持する候補者を明確にすることで知られているが、歴代共和党を支持してきた新聞社まで含めて、ほとんどの新聞社が「トランプ氏は大統領にふさわしくない」という社説を掲げたのである。
 それだけではない。トランプ氏の昔の女性スキャンダルを次々と暴き出して、キャンペーンのように報じ出したのもメディアだった。
 ところが、こうした報道が読者、聴視者に受けるどころか、逆効果になったようなのだ。米国の現状に不満を抱く人たちに「メディアこそ、米国社会の格差の元凶、エスタブリッシュメント(既得権層)そのものだ」と敵視された、と言っては言い過ぎかもしれないが、そう言われても仕方がないのが今回の結果だろう。

世界中、自国主義の『独裁者』ばかりに?

 トランプ氏の選挙中の言動、たとえば「メキシコとの国境に巨大な壁を築く」とか「イスラム教徒の入国は認めない」「米国に守ってもらう国はもっとカネを払え」「TPPからは直ちに離脱」「地球温暖化防止のパリ協定も米国のためにならない」などと、国際協調より自国中心の主張が目立った発言を、就任後にどう修正していくのか、予測はつかない。
 かといって、大幅に修正していけば、今度は「公約違反だ」と支持者たちが怒り出す可能性も否定できない。それはともかく、トランプ氏が人権や国際法より自国の利益を第一に考えるナショナリスト、しかも独裁者らしい素質を持った人物であることは間違いない。
 そういう目で世界を眺めると、自国中心主義の独裁者がやたらに増えてきたような気がする。ロシアのプーチン大統領は、いちはやくトランプ氏に祝意を表して親近感を示したが、なるほど、プーチン氏とトランプ氏はそっくりといっていいほど、よく似ている。米露関係はかなり改善されるだろう。
 中国の習近平主席も、このところ独裁色を強め、批判する政敵を次々と葬り去って、「第二の毛沢東になろうとしている」と言われている。南シナ海への進出を厳しく咎めたオバマ大統領とは違って、気にしていないトランプ氏に好感を持っているようで、米中関係も好転するかもしれない。文句なしの独裁者、北朝鮮の金正恩氏も、「話し合ってもいい」と言っていたトランプ氏に期待していることだろう。
 南シナ海で中国と争っているフィリピンのドゥテルテ大統領も独裁者だといっていい。麻薬犯を平然と殺してしまうやり方を人権無視だと米国に批判され、オバマ大統領を侮辱する発言をして会談をキャンセルされるや、今度は南シナ海での対立を棚上げして中国に急接近して多額の援助を獲得し、帰国して一転、日米とも関係修復を図るという芸当をやってのけた。
 日本の安倍首相も、そういう人たちと比べては失礼だが、日本の中ではかつてない独裁色の強い首相だと言えよう。自民党の総裁任期を2期6年から3期9年に延ばすことに党内で誰一人反対しないなんて、独裁者そのものといっても過言ではない。

安倍首相とトランプ氏もそっくり? 初会談で意気投合! しかしTPPは?

 ところで、その安倍首相とトランプ氏との関係だが、安倍首相は典型的な歴史修正主義者で、「戦前の日本も悪くなかった」という極端なナショナリストである点はよく似ている。ただ、国際協調より自国中心主義であるところは同じでも、安倍首相は日米関係だけは特別扱いで、極端な対米依存論者であるところは違っている。
 安倍首相は、大統領選挙中にヒラリー・クリントン氏だけに会うという「外交上の大失敗?」をしたが、当選後は外国の首脳として最初の会談相手となるという『幸運』にも恵まれ、しかもその初会談ですっかり意気投合したようなのだ。
 会談の内容は両者とも明らかにしなかったが、お互いに相手を「信頼できる指導者だ」と称賛する感想を述べ合ったからだ。かつて「ロン・ヤス」と呼ばれたレーガン・中曽根関係のような緊密な日米関係が生まれるのではないかと、失態の責任を問われかねない外務省関係者はホッとした表情をみせた。
 ところが、それもつかの間、会談を終えて南米に飛んだ安倍首相が、アルゼンチンでの記者会見で「TPPは米国が参加しなければ意味がない」と語った直後に、トランプ氏が「TPPからは就任初日に脱退する」と再確認する声明を発表したため、安倍首相の説得は何ら効果がなかったことが明らかになってしまった。
 対米追従の日本は、「TPPはアベノミクスの中核だ」と衆院では強行採決までして承認案を通し、参院で論議の真っ最中だというのに、こうした対応がほとんど意味もなくなりそうな状況なのだ。

米国も変わる、日本も変わろう!

 トランプ大統領の登場で日米関係は、どうなるのか。最初は戸惑いの表情が隠せなかった日本のメディアも、一段落してやっと落ち着きを取り戻し、「この機会を生かして、対米追従の姿勢を改めるチャンスとすべきだ」と主張する論調も出てきた。
 日本は戦後、米軍の占領下から独立したあとも日米安保条約によって対米追従の姿勢を変えず、ソ連崩壊後もますます米国一辺倒の姿勢を取り続けた。「まるで米国の属国ではないか」という声まで出ていたほどだ。
 そのうえ、安倍政権の誕生で、それまで一貫して憲法違反としてきた集団的自衛権の行使を閣議決定で引っくり返し、米国の戦争に自衛隊を参戦させることもあり得るとの対米追従の姿勢をみせた。
 米国は喜んだが、日本国内では「いくらなんでも行き過ぎだ」という声も広がっていたところへのトランプ氏の登場である。
 日本国民としてトランプ氏の選挙中の発言のなかで最も期待したいところは沖縄だろう。「米国に守ってもらいたいならもっとカネを出せ。いやなら撤退する」という発言だ。
 普天間基地の移転先として辺野古に新たな基地をつくることに県民が猛反対している現状に、解決の光が見えてくるかもしれない。軍事的には海兵隊の基地が沖縄にある必要はなく、「4軍がそろっていたい」ということだけなら空軍の嘉手納基地に同居すれば済む話なのである。
 ただ、安倍首相がそういう交渉を米国とできるかどうか。対米依存論者の安倍首相は、案外あっさりと、辺野古基地をつくったうえに米国向けの「思いやり予算」まで増やしかねない恐れまである。
 メディアがしっかりと監視していてもらいたいものだ。

新任務「駆けつけ警護」付与の自衛隊が南スーダンへ

 安倍政権が安保法制を強行採決して成立させてから1年が経つ。その最初の安保法制の実施例として、「駆けつけ警護」という新任務を付与された自衛隊350人が南スーダンに向けて出発した。
 もともと南スーダンへの派遣はPKОとしての派遣だから、当然「PKО5原則」は守られていなければならないはずなのに、それが極めて怪しい状況なのだ。7月に270人が死亡するという激しい戦闘があって、とてもPKО5原則どころでない状況が生まれているのである。
 それなのに、安倍首相や稲田防衛相は国会で「戦闘ではなく衝突だ」と言い繕い、「駆けつけ警護」という新任務を付与して南スーダンへ送り出した。
 もちろん何も起こらないことを祈っているが、戦場では何が起こるか分からない。自衛隊員に死者が出る可能性もあることを、安倍首相も覚悟しているに違いなかろう。死者が出た場合、盛大な追悼式をおこない、「お国のために、尊い命を捧げた人」と、首相として称賛しようとまで考えているのではあるまいか。
 というのは、9月の国会での施政方針演説で、安倍首相は自衛隊員をはじめ海上保安庁や警察の機動隊員まで命がけで頑張っている人たちを褒め称え、国会議員たちにスタンディング・オベーションを促した事例があったからだ。事前に密かに根回しをしていたことまで明るみに出た。
 「お国のために命を捧げる」という戦前に何度も聞かされた言葉が、またまた繰り返される時代が来ないよう、祈るばかりだ。
 それにしても「PKО5原則を守れ」と、メディアはなぜもっと厳しく批判しないのか。

沖縄県民を「土人」呼ばわりした機動隊員を擁護する沖縄担当相

 機動隊員といえば、沖縄の高江のヘリパッド建設現場で、反対する沖縄の住民を排除するため大阪府警から派遣されてきた機動隊員が住民を「土人」呼ばわりする事件があり、警察庁長官は謝罪したのに、松井・大阪知事が謝罪どころか称賛するかのような発言をしていたことは前回記した。
 ところが、またまた、鶴保・沖縄担当相まで、謝罪せず、擁護するかのような発言をしたのには驚いた。
 日本の社会は、ヘイトスピーチを規制する法案がやっとできたところで、まだまだ人権感覚は遅れたままだ。難民の受け入れも極めて少ない。トランプ氏の移民嫌いの人権感覚を、とても笑えるような状況ではない。
 この点でも、メディアがもっとしっかりしなくてはならない。

福島から避難した子どもが「ばいきんあつかい」のいじめに

 福島原発事故で福島から横浜に避難し、転校した小学校で、放射能で汚染された「ばいきんあつかい」されるといういじめを受け、「賠償金をもらっただろう」と家から多額のカネの持ち出しまでやらされていたことが、弁護士による子どもの手記の公表によって明るみに出た。
 家から持ち出したカネは合計150万円にも上り、こうした事実を学校側は知っていたのに、何の対応もしなかった。幸い、いじめられた生徒が「何度も死のうと思った」が「震災で大勢死んだからぼくは生きると決めた」と、自殺を思いとどまったからよかったものの、いまだに不登校が続いているという。
 かつて水俣病の被害者たちもそうだったように、本人に全く責任のない被害者なのに、二重の苦しみを与える差別行動をとる日本社会の冷酷さを示す事例だと言えよう。学校や市教委の対応の無責任ぶりにも驚く。
 賠償金をもらっただろうと、子どもたちのいじめに賠償金まで出てくるのは、大人の反応にも問題があるのではないか。それが子どもたちに反映したのだろう。
 原発事故で故郷を追われ、転校を余儀なくされただけでもつらい被害者を、さらに差別し、いじめるような教育現場があるなんて本当に情けない。いじめるのではなく被害者をいたわるような社会にすることこそ、教育の役割であろう。日本の社会は教育の原点を見失ってしまったのではあるまいか。

国民世論を無視して推進する原発政策

 教育現場だけではない。あれだけの大事故を起こしたのに、日本の検察庁は「事故は想定外だった」として誰一人、東電関係者の刑事責任を問おうとしていない。検察審査会の二度にわたる答申で強制起訴とはなったが、裁判所の判断もいまだに出ていない。
 そういえば、水俣病の場合も大量発生から12年間も工場排水を垂れ流しつづけ、チッソ会社の刑事責任が問われたのは、なんと20年後だった。原発事故もそんなことになるのだろうか。
 刑事責任の問題だけではない。福島事故以後は、どの世論調査でも原発の再稼働に反対という意見が圧倒的に多いのに、政府も電力会社も世論を無視して再稼働をさせようとしている。また、世論調査だけではなく、鹿児島知事選につづいて新潟知事選でも原発反対派の候補が大差で当選しているのに、原子力規制委員会は11月16日、40年を超える関西電力美浜3号機の運転をさらに20年延長することを認可した。
 老朽原発の延長が認められたのは、高浜原発1、2号機につづく3基目で、事故後に法律で定めた「原則40年」のルールは、事実上、骨抜きになりそうだ。電力会社にとって、巨額の投資が必要な原発の新設は望まないが、老朽原発の運転延長は望むところで、今後も次々と申請しそうな気配である。
 寿命40年の原則が次々と破られていくというだけでなく、老朽原発の運転を続けて、本当に大丈夫なのだろうか。もう一度、福島事故のような事故を起こしてしまったら、日本はどうなるか、と心配である。
 原発推進側の経産省に属していた原子力安全保安院が福島事故の防止に何の役にも立たなかったため、政府から独立した原子力規制委員会をつくったのに、このところ規制委の姿勢が変わり、政府や電力会社の言いなりになっているような気がしてならない。
 この点もメディアの厳しい監視の目が必要だ。

 

  

※コメントは承認制です。
第96回 米国民のメディア不信が生んだトランプ米大統領」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    大半のメディアも、予想をひっくり返される結果となったアメリカ大統領選。すでに「就任初日にTPPからの離脱を表明する」とのトランプ氏のメッセージが出されるなど、日本にもさまざまな面で影響が及びそうです。一部では、一連の問題発言が取り上げられていた選挙中から一転、「トランプ氏の人情派の一面」を強調するような報道もありますが、人柄やプライベートではなく、政策や政治手法の冷静な分析を望みたいです。

  2. トランプ氏の問題というのは、そのまま日本の戦後民主主義の問題に直結してくると思うんですよね。何故なら、相手が「日本の戦後民主主義こそ自国中心主義の最たるもんだろーが!なんで俺たちが同じことやって非難されなきゃならないんだよー!」と、開口一番、反論してくるのは目に見えている。「アメリカさんもヨーロッパさんもみんな仲良く、海外に軍隊派遣するのはやめにしましょう」すめば一番いいんだけど。

  3. 鳴井 勝敏 より:

    >メディアはなぜもっと厳しく批判しないのか。メディアがもっとしっかりしなければならない。           報道各社において「ヒラメ裁判官」ならぬ「ヒラメ記者」が居心地が良くなってきたということだろうか。
    >日本の社会は教育の原点を見失ってしまったのではあるまいか。
    「子どもと向き合ってなんぼの世界」。これは教育専門家が学校教育について述べたものだ。教育の原点を見事に表している言葉だと思う。いつの間にか、「パソコンと向き合ってなんぼのもの世界」に変わってしまった様だ。加えて、教師はほとんど人権侵害の被害体験がないことだろう。だとすれば、人権侵害に対する「想像力」を鍛えないと苛め問題には対応できない。その結果、隠蔽が優先、教訓にできない常態が続くことになる。                  生きる力を醸成する場所が、いつの間にか精神疾患、自殺を引き起こす場所になっている感さえする。国民の学校教育に対する関心度の低さが大きな要因と見ている。
    >いろいろな意見があるかもしれませんが、不安なく声が上げられ、それに耳を傾ける社会でなくてはいけないと思います(中村未絵)。
    私もそう思います。まともなことを言うのに勇気がいる社会はまともではありません。「一人一人の力は微力だが無力ではない」。私はこの言葉が好きです。ドイツ語翻訳家、社会運動家池田香代子さんがのべたものです。

  4. 多賀恭一 より:

    日本のメディア不信も酷い。
    都合の悪いことは報道しない、今のあり方を変えないと、日本にも極右政権が登場することになる。
    既存のメディアは生まれ変わるべき。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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