柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

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 今月のニュースで最も注目すべきは、米国がシリアを電撃攻撃したことだ。それによって、世界中が一気にきな臭くなり、緊張感が北朝鮮はじめ東アジアにまで広がった。
 米国のシリア攻撃は、シリア政府軍によるとみられる化学兵器使用に対する報復としてなされたものだ。中東のシリアはいま、アサド政府軍と反政府軍とイスラム国の3勢力に分割されている。4月4日、反政府軍の支配する地域に空爆があり、化学兵器サリンを使用したとみられる症状を呈して子どもたちを含む大勢の住民が死亡した。化学兵器の使用は戦争犯罪であり、これはこれでひどい話だ。
 それに対して米国が、ただちにアサド政府軍の空軍基地に巡航ミサイル「トマホーク」59発を撃ち込んだ。国連安保理の決議もないなか、「アサド政府軍の仕業だ」と決めつけての単独行動で、これもまたひどい話だ。
 トランプ氏は選挙中、「アメリカは世界の警察官ではない」と言っていたのに突然の豹変である。皮肉を言わせてもらえば、アメリカの警察官は容疑者に突然銃を撃つことがよくあると言われている。トランプ氏は世界の警察官ではなく、アメリカの警察官だったのか。
 それはともかく、この攻撃でアサド政権を支援しているロシアと米国との関係は一気に悪化した。ロシアは「米国の攻撃は主権国家に対する侵略行為だ」と激しく非難している。
 トランプ氏の攻撃命令は、初の米中首脳会談が開かれているさなかに出されたもので、「北朝鮮の挑発に中国が影響力を行使しないのなら米国がやるぞ」と迫ったものだともいわれ、現に北朝鮮の沖合に原子力空母「カールビンソン」を派遣すると発表して、東アジアにまで緊張感を広げた。

新聞社説は二極分化、注目すべきは日経社説

 これに対して日本のメディアはどう反応したか。4月8日の新聞社説は、在京6紙ともそろって「米のシリア攻撃」を取り上げ、例によって読売、産経が米国支持、朝日、毎日、東京が米国批判と真っ二つに割れた。
 見出しでみると、読売は「介入の決意示したトランプ氏」、産経は「蛮行許さぬ妥当な措置だ」、朝日が「無責任な単独行動だ」、毎日が「政治解決に本腰入れよ」、東京が「武力に頼りすぎるな」とそれぞれ特色を出している。
 なかでも一本社説にした産経の勇ましさは、「東アジアの緊張にも備え急げ」とサブ見出しを付けたうえ、本文では「米国が北朝鮮への武力行使に踏み切ることも、当然、想定しておくべきである」と、あたかもそれを期待しているかのような勢いだ。
 批判派の中では、毎日が一本社説にして、「米の呼びかけ自体は理解できる」としながら「化学兵器の証拠示せ」「露は大局的見地で協議を」と米ロに政治解決を促しているが、ズバリと米国の単独行動を批判しているのは朝日で、「証拠も示さないまま軍事行動に走るのは危険な独断行為だ」と決めつけている。
 注目すべきは日経新聞の社説だ。見出しは「シリア攻撃が示す米政権の方向転換」と解説風だが、本文を読むと「米の武力行使は、やり過ぎである」「政権幹部とロシアとの不透明な関係を隠蔽する狙いがあったのだとすれば重大問題だ」と手厳しい。
 新聞論調の二極分化というとき、日経はしばしば政府・与党寄りと分類されるが、必ずしもそうではない。2年前の特定秘密保護法の制定の際にも、日経は読売・産経とは一線を画して、明確に反対を表明した。日本のメディアを論ずるとき、日経の社説を注目する必要がある。

テレビは北朝鮮をめぐる情勢解説一色に、「一触即発」と危機煽る

 テレビには社説がないので、米のシリア攻撃についての賛否は明確ではない。いつもの通り、識者を招いて論評を聴く形だったが、すべての番組を見たわけではないので大雑把な印象を言えば、テレビはNHKも民放も、中東情勢にはちょっと触れただけで、北朝鮮情勢に集中させた感があり、それも「一触即発」と緊迫感を煽るような解説がほとんどだった。
 中東は遠く、国民の関心は北朝鮮に対する米国の対応にあると見ているからだろう。新聞に比べて、テレビは情緒的なメディアだとよく言われるが、北朝鮮をめぐる情勢解説の番組を見ていると、しばしば米国の軍事介入を期待しているかのように聞こえることがあるから不思議だ。「4月27日に米国が北朝鮮を攻撃するというウワサ」と日付まで入れて報じている番組まであったのだから驚く。
 北朝鮮の国営テレビの反応がまた、「全面戦争なら全面戦争で、核攻撃には核攻撃を」と『いつでもやってこい』と言わんばかりの威勢のよいものだけに、テレビを見ていると、ますます心配になってくる。テレビに出てくるキャスターや解説者はみんな「戦争を知らない世代」だけに、「戦中派」の私としてはひときわ報道の仕方が気になってしまうのだ。
 折から北朝鮮は、4月15日が金日成主席の生誕105周年の記念日にあたり、諸外国から記者団を招いて、盛大な軍事パレードを披露した。
 軍事パレードが1年半ぶりだったとは知らなかった。北朝鮮関係のニュースがテレビに報じられるときにはいつも背景に軍事パレードが流されるので、「北朝鮮といえば軍事パレードだ」と思い込んでいたせいかもしれない。
 記念日に核実験かミサイルの打ち上げをやるのではないかと思われていた北朝鮮だが、どちらもなく、翌日にミサイルを打ち上げた。ところが、打ち上げ直後に爆発して失敗に終わった。
 北朝鮮が米国の脅しには屈していないぞ、と打ち上げることは打ち上げ、米国の反撃を恐れてわざと失敗させたのかな、などとうがった見方をしていたら、それとは正反対の「米国がサイバー攻撃によって失敗させたのだ」という米国のメディアの報道があると知って驚いた。米国がそんなことまでできるのなら、軍事力を誇示して緊張感を高める必要もないわけだ。
 また、北朝鮮近海に派遣すると発表した原子力空母「カールビンソン」が、2週間近く経っているのに朝鮮半島とは逆方向のインド洋を航海中だと米国のメディアが報じたことにも驚かされた。ホワイトハウスの報道官は「派遣する時期は言わなかったのだからウソをついたわけではない」と強弁したようだが、平気でウソをつくトランプ政権には困ったものだ。「カールビンソン」の勇姿を何度も画面に登場させていた日本のテレビ局も、なんとも格好の悪かったこと……。

安倍首相は、北朝鮮のサリン使用の恐れにまで言及

 米国のシリア攻撃に対する安倍政権の反応は、米国の軍事行動そのものへの支持ではなく、化学兵器の非人道性を糾弾する政治姿勢への支持だというのだからややこしい。2003年に大量破壊兵器があると言ってイラクに攻め込んだ米ブッシュ政権を、無条件に支持した小泉政権よりはましかもしれないが、いずれにせよ対米追随であることに変わりはない。
 それだけではない。日本政府は韓国にいる日本人や韓国への渡航者に向けて注意を喚起する呼びかけを出した。それに対して韓国政府が「なぜ、いま」と不快感を表明したにもかかわらず、日本政府はいざというときの邦人救出策まで検討したようだ。
 さらに驚くのは、安倍首相が国会で「北朝鮮はミサイルの弾頭にサリンを載せて打ち込んでくるかもしれない」と発言したことだ。日本国民は化学兵器サリンの怖さを、オウム真理教事件でよく知っているので、緊張感を煽ろうとしたのかもしれないが、米国に対して「シリアのように早く北朝鮮も攻撃してくれ」と言わんばかりの発言ではないか。
 安倍首相は、北朝鮮が核実験やミサイルの打ち上げをやるたびに、安倍政権の支持率が高まることをよく知っており、森友学園事件で窮地に陥り、支持率も下がり始めていた時だけに、北朝鮮情勢の緊迫に国民の関心が移ったことにホッとした気持ちになったのかもしれない。

駐韓大使を3カ月も空席にした安倍外交の大失敗

 北朝鮮と直接向き合っている韓国の国民やメディアは、日本の国民やメディアほど緊迫感は高まっていないようだ。朴大統領を弾劾して大統領選挙の真っ最中という特殊な状況にあるからかもしれないが、日本よりずっと冷静に見ているようである。
 韓国の政治状況も激動しているときに、また、北朝鮮に対する情報も日本より圧倒的に多い韓国なのに、日本の駐韓大使を3カ月間も帰国させたままにしていたとは、安倍外交の大失敗だった。
 日本大使館前の少女像を撤去するよう努力すると韓国政府が約束したのに、釜山の日本総領事館前にも少女像が置かれたため、日本政府が腹を立てて大使を帰国させ、韓国側に動きがないからとそのままずるずると帰任を引き延ばしてきたのである。
 韓国は日本に最も近い隣国であり、情報交換が最も必要な国なのに、なんとも大人げない対応だった。それにしても政府に「早く帰任させたらどうか」と忠告する政治家も官僚も学者もいなかったのか。また、メディアもその間ほとんど沈黙を守ってきた。日本はチェック機能が働かない社会になってきたようだ。

森友学園問題の真相解明を忘れるな

 森友学園の籠池理事長の「衝撃の国会証言」からまだ1カ月しか経っていないのに、米国のシリア攻撃や北朝鮮情勢の緊迫で、国会もメディアも忘れてしまったかのようである。政府・与党は忘れてほしいと思っているのかもしれないが、絶対にそうさせてはならない。
 なぜなら国有財産を8億円も値引きして払い下げたナゾはますます深まる一方で、政府側の説明は地下9メートルまでのゴミ処理費を差し引いたというが、その根拠も示さず、交渉記録も廃棄したと言い、そのうえ「地下9メートルまでの地層にはゴミなどないはず」という地質学者らの証言まで出てきたからだ。
 また、籠池証言を真っ向から否定する人たちの国会召致には、与党が断固拒否しており、真相の解明はまったく進んでいないからでもある。国民世論も圧倒的に疑問点の解明を望んでいる。
 このまま闇に葬ってしまったら、それこそ世界の恥となろう。国会は与党が圧倒的多数なので、野党が思うようにはできないだろうから、問題はメディアである。「権力の監視」を使命とするメディアが、国民の期待に応えることだ。
 ところが、そのメディアの一部に、「森友問題に早く幕を引け」と言わんばかりの論評が出てきたのには驚いた。4月15日の読売新聞に載った論説主幹の署名入りコラム「補助線」である。
 「『森友』政局に幕引けるか」という見出しで、「森友学園への国有地の格安売却問題が、あたかも安倍政権の一大不祥事のように、国会で取り上げられている」と書き出し、「常識的には、国有地の払い下げの手続きに国会議員が介在することはない。秘書も含めて、そんな危ない橋は渡らないものだ」と言い、財務省も国土交通省も不正はないと言っているのだから「これ以上、国有地売却の真相を究明するなら、司直の手にゆだねるしかあるまい」というのである。
 籠池氏はいま、さまざまな罪名で告発されており、詐欺罪かなんかで逮捕されて幕引きにしたいというのが、政府・与党の希望だろうが、それを先取りするかのような論評を、メディアが掲載するとはどうしたことだろう。
 論説主幹といえば、社論を率いる最高責任者だから、コラムと言っても社論に近いものだといえよう。疑惑を解明すべきメディアが、「司直の手にゆだねて幕を引け」なんて言ったら使命の放棄ではあるまいか。
 読売新聞は、かねてから政府・与党寄りではあったが、ここまで同調するとは驚きだ。日本一の新聞なのだから、ジャーナリズムの使命を忘れないでほしいものである。

教育勅語を教材として認める閣議決定に反対する閣僚はいないのか

 森友学園問題に絡んで野党から出された質問書に応えて、政府は「憲法や教育基本法に反しない範囲で教育勅語を教材として利用することを認める」という閣議決定をした。
 教育勅語といえば、私が小学校(当時は国民学校といった)で暗記させられたもので、ひと言でいえば「お国のために命を捧げよ」という教えである。
 いかに条件付きとはいえ、教材として使うことを認めるという閣議決定に、反対する閣僚が一人もいなかったとは、これもまた驚きだ。安倍首相の歴史観が「戦前の日本は悪くなかった」というものであったとしても、全閣僚がそれに同調するとは。
 それとも、そういう歴史観の持ち主でないと閣僚になれないのか。戦前の社会に逆戻りするのではないかと、心配になる昨今の状況である。

 

  

※コメントは承認制です。
第101回 米のシリア攻撃から北朝鮮情勢が一気に緊迫 」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    国内政治が行き詰まったときに、国外の脅威を煽って支持を高めようとするのは、古今東西で行われてきた常套手段。政府が必要以上に危機感を煽るのなら、そこに「冷静な対処」を求めること、そしてそれによって他の重要な問題が「なかったこと」にされないように警鐘を鳴らすのが、メディアの果たすべき役割なのではないでしょうか。結局、何一つ真相は明らかにならないままの「森友」問題、これで幕引き、を許してはなりません。

  2. 多賀恭一 より:

    北朝鮮とシリアは、明らかに無関係だが・・・。
    まあ、朝鮮半島に関しては、トランプ大統領はヘタレるだろうが。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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