ひとみの紐育(ニューヨーク)日記

1987年からニューヨークで活動しているジャーナリスト・鈴木ひとみさん。日本国憲法制定にかかわったベアテ・シロタ・ゴードンさんを師と仰ぎ、数多くの著名人との交流をもつ鈴木さんが、注目のアメリカ大統領選挙をめぐる動きについて、短期連載でレポートしてくれます。

*タイトルの写真は、紐育(ニューヨーク)に於ける東洋と西洋の出会いの名所、ブルックリン植物園内の日本庭園。昨年から今年6月まで100周年記念祭を開催(2016年3月30日撮影)。戦前、戦後、二度の放火を経て、紐育っ子達と収容所を出た日系人達が共に再建に尽力した、北米最古の公共施設。

第20回

窮鼠猫を噛まない

 ショック。衝撃。驚き。
 日米、もとい、世界でその言葉が繰り返されるのを、呆然と、というよりも、かなりドン引きし、ただただ傍観していた。
 11月9日の早朝、トランプ氏が次期米大統領に当選。直ちにこのコラム、第19回目を送稿後、3時間寝て、朝の地下鉄に飛び乗った。
 通勤客で満員の車内にあったのは、ヒスパニック系、アジア系などマイノリティの人々の、恐れに満ちた視線。そして、一部の白人達の、誇らしげな目つき。
 その日から、私は、見知らぬ人々となるべく目を合わせないようにしている。
 その日から、紐育(ニューヨーク)でも、ナチスのかぎ十字の落書き、殴り合い、罵り合いといった、ヘイト・クライムが急増している。
 その日から、「あなた、日本国籍でいいの?アメリカ市民権を取らないの? 合法的に米国に滞在できるにしても、もしも何かあったら、どうするの?」と言われている。
 ヘイト・クライム、憎悪犯罪は、紐育市警(NYPD)、11月20日(日)付けの発表によれば、昨年の250件から328件、と前年比で31%増。ただし、これは警察に届け出があった数であり、実際はもっと多いのでは、と予測される。アンドリュー・クオモ紐育州知事(民主党)は、新たなる対策に乗り出した。
 私は、あの「彼」が大統領に当選しても驚かなかった。ほら見たことか、と言うと、驕りに、傲慢に聞こえてしまうだろう。
 でも、どちらの候補が当選しても、おかしくない、と感じていた。
 以前に記した通り、アメリカ合衆国という大きな樽が、21世紀の現在、蹴って転がされ、この国の根底、建国期からあるもの、その最も奥底に沈んでいた「澱」(おり)が露呈した、と感じていた。
 その澱は、差別であり、侮蔑であり、区別だ。
 何でもあり、豊かな国、アメリカの不満。
 このコラムの読者の方達だったら、今の私の悔しい気持ちを、分かって頂けるかも知れない。
 備えあれば憂いなし。
 狼が来るぞ、と言い続け、さて、目の前に現れてしまったら一体どうするか。あれだけ言ったのに、誰も聞いてくれなかった、という焦燥感。今、ここで感じている危機感を、受け手にきちんと伝えられなかった、自分の至らなさへの反省と罪悪感。
 色々なお偉いさんが、ああだの、こうだの言ってるけど、狼は既に目の前にいる。大きく口を開けて、あれだけ大声で騒いでいたのに、自分が勝った、となったら、いきなりしおらしい声で、甘い言葉をささやき続けている。
 窮鼠猫を噛む。
 死を覚悟するまで追い詰められた鼠は猫に噛みつき、庶民は天子から逃げ出し、家来は弓を折り、王様のための戦いをやめる。つまり、絶体絶命まで追い詰められたら、いかに弱いものでも、強いものに逆襲することがある、というたとえ。
 中国語使いだった亡き父に教わった、紀元前の寓話をタイトルにしてマガ9に書いたのは、3年前の7月だった。
 当時、参議院選があり、その3年後、つまり今年7月に再び参議院選があった。そして、今回の米大統領選。憔悴感、脱力感、やるせなさに溢れる気持ちを抑えられないのは当たり前だ。1年に2度のダブル・パンチだもの。
 当選発表後、嫌だ! と泣きながら抱きついてきた若い女性達。様々な憎悪の対象になった話を悲しげな顔つきでする若者達。遠くはイスラエル、イギリス、フランス、ベルギー、そして日本から、「状況を知りたい、声を聞きたい」と連絡してきた友人達。
 ある種の危機感を共有できたことで、彼らの友情のおかげで、やっと現実を直視できるようになった気がする。
 なぜ驚かないの、怖くないのと聞かれ、「だって私の国には、既に『彼』がいるんですもの」と答えると、え? 分からない、と反応がある。
 そして、去る17日の首相と次期米大統領の会談が、米ではほとんどスルー、無視されてしまったのに至っては、やっぱりなー、と思った。  
 ところで、福島沖を震源とする地震があった。
 22日午前5時59分頃(紐育時間21日午後3時59分頃)、M7.4の地震により、東京電力福島第二原発の燃料プールの冷却水を循環させる系統が一時自動停止。これを伝えるNHKの国際放送を同時中継した米バズフィードのフェイスブック・ライブには、「日本って、全く懲りない国ね」「あれだけ痛い思いをしても、まだ分からないなんて」「アホみたい」など、上から目線のコメントが相次いだ。
 「しかたがない」と「がまん」は、アメリカ人には考えもつかない、日本人特有の美徳なのよ。そう言ったのは、第二次世界大戦中、日本人であるがゆえに、収容所に入れられていた人達だった。
 つまり、しかたがない、は、現実をあるがままに受け入れ、次にどうしたらいいか、じっくりと、前向きに考える、ということだ。彼ら人生の恩師が川向うに逝ってしまった今、その言葉を噛み締める。そして、生かされていることが、わたしなりの「逆襲」だ、と考える。だから、今、窮鼠は猫を噛まない。まずは深呼吸して、じっくり次の手段を考える。それにしても、いやはや、なに、この世界の荒れっぷりは!

隠れトランプ支持者、とばかり、「アメリカ人のためのアメリカを」と記された、支持のポスターを当選の朝に貼る店。(2016年11月9日 紐育市内 撮影:鈴木ひとみ)

 

  

※コメントは承認制です。
第20回 窮鼠猫を噛まない」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    米大統領選の選挙結果が出たあと、国内の選挙報道以上に、日本のテレビやラジオは連日大騒ぎでした。どちらの可能性もあると思ってはいたけれど、心のどこかに「まさか」という油断が残っていたことを自覚しました。しかし、いまの世界の状況を思えば決して予想外ではなく、日本の政治状況にも似たようところがあります。この選挙結果が一体何を意味し、これからどう進んでいくのか、冷静に、そして早急に考える必要があります。今週の想田和弘さんのコラムでは、ドナルド・トランプ氏の勝利とデモクラシー崩壊の危険性について書いています。こちらもあわせてご覧ください。

  2. 多賀恭一 より:

    トランプ大統領曰く「偉大なアメリカを取り戻す。」
    アメリカ人は知っている、そんなことはないのだと。
    それでも、その言葉にしがみ付きたいだけなのだ。
    鈴木ひとみさんは、崩壊するアメリカの中で生き残ることだけを考えれば良い。
    アメリカ人に対する復讐心を同情心に変えて・・・。

  3. 鈴木ひとみ より:

    「『目には目を』では世界が盲目になるだけだ」。
    非暴力、非服従主義を貫いたマハトマ・ガンディーの言葉は、座右の銘です。
    憎しみは、己を歪め、眉間の皺をただ増やすだけですから。
    皆さまにとって、新しき年がより良い一年となりますよう、心からお祈り申し上げます。
    「民主主義は制度ではなく、人々によって守られる」とする、マーティン・ウルフの言葉を噛みしめつつ。
    http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM22H6D_U6A221C1TZN000/

  4. 多賀恭一 より:

    トランプ大統領の誕生は、その金持ち優遇人事を見れば、アメリカ合衆国の分裂が秒読みに入ったことを理解させる。
    今回の大統領選挙でヒラリーに投票した州、ニューヨーク・カリフォルニア・マサチューセッツ・シアトル等がカナダに移籍する時、覇権はアメリカからカナダに移るのだろう。
    ターニングポイントは、米軍がベネズエラに石油目当てで侵攻した時だろう。

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鈴木ひとみ

鈴木ひとみ
(すずき・ひとみ)
: 1957年札幌生まれ。学習院女子中高等科、学習院大学を経て、80年NYに留学。帰国後、東京の英字紙記者に。87年よりNYで活動。93年から共同通信より文化記事を配信、現在に至る。米発行の外国人登録証と日本のパスポートでNYと東京を往還している。著書『紐育 ニューヨーク!』(集英社新書)。
(Photo: Howard Brenner)

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