鈴木邦男の愛国問答

 池田香代子さん(ドイツ文学者)と「潜水病」の話をした。8月30日(土)、「デモクラTV」に出たので、もっぱらその話をした。池田さんが会いたい人、100人に聞いていくという企画で、僕は16人目。池田さんは、僕の『失敗の愛国心』(イーストプレス)を読んでくれ、これを中心に話しましょうと言う。ありがたい。「愛国心」は素晴らしい事のように言われるが、その面だけでなく、それを持ったが故に集団的狂気に陥ったり、暴走したりもする。危ない面もある。その話もしましょう、と言った。
 『夜と霧』に出てくる「潜水病」の話と同じかもしれない。というところから話は始まった。ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』(みすず書房)を池田さんが翻訳している。これは世界的な名著だ。ナチスの強制収容所を体験した心理学者のフランクルが書いた本だ。そこに「潜水病」の話が出てくる。地獄の体験で、次々と死んでいく。奇跡的に助かった人にも、いろんな苦難が待ち構えている。潜水病は、〈潜水労働者が(異常に高い気圧の)潜水から急に地上に出ると健康を害するように、精神的な圧迫から急に解放された人間も、場合によっては精神の健康を損ねる〉という病気だ。

 解放されてみたら、地獄の生活の中で夢見た自由な社会じゃなかった。あるいは、「そんなに大変だったのか」とみんなが認めてくれない。それにオレはこんなに苦労したんだから、少しぐらいいい目をしてもいいだろう。と、自分勝手なことをしてしまう。社会的倫理を無視したり、あるいは違法行為をしてみたり…。
 これは、左右の思想運動や宗教運動をしている人も、陥りがちなことだ。「私達はこんなにいいことをしている。世の中のために、頑張ってきている。こんなに正しいことをしている。それなのに、人々はわかってくれない…という思いを持ちやすい。僕自身もそう思っていた時期がある。
 いや、運動団体だけでなく、国家全体が「潜水病」になることもある。日本は外国から理不尽な批判や侮りを受けてきた。「南京大虐殺」をやった。慰安婦の強制連行をやった。捕虜を殺した…。全くやってないことだ。我々の先輩たちは、ウソによって罵倒されてきた。それを晴らさなくてはいけない。そう言って、「日本は悪いことを何もしていない!」「悪いのは中国、韓国だ!」と絶叫している。これも「潜水病」なのかもしれない。
 昔はもっと謙虚な民族だったと思うのに、最近はやたらに威張り散らす。威丈高だ。「日本には悪いところは何もない。世界は日本に皆、感謝している。文句を言っているのは、中国と韓国だけだ」と言う。又、そんな本ばかりが売れている。『中国が世界地図から消える日』なんて本もあった。
 それに心配なことがある。個人や集団の「潜水病」ならば、批判する人もいるし、客観的に見る人もいる。だから、「これはやりすぎかな」「これはいけないかな」と、本人たちも気づく。反省もする。ところが、国家全体が「潜水病」になっていると、それに気づかない。客観的に見れないからそのままだ。「潜水病では?」と気付く人がいても、「それは反日だ!」「お前には愛国心がないのか!」とピシャリと叩かれる。

 正義や愛に基づいた運動は素晴らしい。ただ、それだけにこり固まると、一切の批判を許せない。非寛容な運動になる危険性もある。僕は、そんな場面をいやというほど見てきた。又、「正義や愛」は暴走した時、それを止めることも、批判することも難しい。一緒になって熱くなることを求められる。冷静に見ることが出来なくなるのだ。「愛国心」の運動もそうだ。あるいは、こうも言える。「愛国心」を超えるものを持っていなければ、「危ない」ということだ。三島由紀夫は、45年前「『愛国心』という言葉は嫌いだ」と言った。自分一人がポンと飛び出して、上から日本をみて「愛す」という思い上がった視点があるという。

 僕は高校生の時、「生長の家」の運動をやった。母親が信者だったので入ったのだ。宗教だけれど、かなり愛国的な宗教だった。高校生の時は「生高連」という組織があり、「生高連」の歌があった。その中に、こんな歌詞があった。「愛国の情、父に受け」。これはいい、素直にわかる。次だ。「人類愛を母に受け、光明思想を師に学び」。あっ、これがあったので今、自分は排外的な愛国主義にならなかったのか、と思う。
 「愛国心」は大事だ。しかし、それだけでいいのではない。愛国心を超える「人間愛」も必要だとして「光明思想(宗教)」も必要だと言っているのだ。高校時代は、分からなかった。毎日のようにこの歌を歌いながら、その意味するところは分からなかった。今にしてやっと分かる。
 ヘイトスピーチのデモや、中国や韓国をただ罵倒していては、国を超えるものがない。この国だけが全てだ。それに反対したり、超えたりするものは許せない。それこそが「愛国」だと思いつめているのだろうか。「潜水病」だ。又「いつまで謝ればいいのか」という人もいる。今まで「言われのない」誹謗、中傷を浴びてきたのだからこれからは倍返しだ。10倍返しだ、と叫ぶ人もいる。「朝日新聞の訂正」以来、さらにエスカレートしている。「朝日は廃刊にしろ!」と叫んでいるマスコミもある。又、鬼の首でも取ったように、「日本の軍人は悪いことは何もしていません」「南京大虐殺も強制連行もありませんでした。日本の軍人は世界一、道徳的な軍人でした!」と言っている人もいる。今までは世界からいじめられていると思っていた。その「深海」から今、急激に海上に出てきた。そんな気持ちなのだろう。それは「病」だ。冷静に根気よく対処するしかないだろう。

 

  

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第158回 「潜水病」にかかってしまった日本」 に6件のコメント

  1. magazine9 より:

    気づかないうちに、日本は「潜水病」にかかっていた!? 鈴木さんが指摘しているように、朝日新聞がいわゆる「吉田証言」は誤りであった、との検証をして以来、その傾向はいっそう強まっているようにも思えます。冷静に見てみれば、それが「誤りであった」ことと、戦地で「慰安婦」にされた女性たちがいた、ということは、何一つ矛盾しないはずなのに、あまりにも冷静さを欠いた週刊誌の見出しなどを目にしては、怖くなっているこのごろです。どうすれば、この「病」から抜け出せるのか?

  2. 島 憲治 より:

    鈴木さんの指摘する「潜水病}、なるほどなと思った。ところで私は、この「病」は「劣等感」の鏡ではないだろうか、と考えた。なぜなら、劣等感が強まると、あること、ないこと他人を批判することによって自分を支えようとするからだ。排外主義もその延長線上にあると考えている。そもそも自立心の弱い国民性。さらに自信を失っているのだろう。その傾向が個人、集団、国家問わず年々強まっていると映る。これが又、検証作業に重く立ちはだかるのだ。
     だとすれば、対症療法では間に合わない。原因療法を施す必要がある。これは教育の力に待つところが大きい。つまり、「子ども主体の学び」に方向転換を急ぐことだ。目指すは「子どもは受けいれて貰ったと感じることで、初めて優しい気持ちや生きる力が生まれる」。何百年かかろうと直ちに着手しないと日本は世界の孤児になる。

  3. それは右も左も同じことでしょw どっちが長く潜ってられるか競争になってるのが一番問題!で、「うるさい〜上でバシャバシャ波風建てるなよ〜。気が散るじゃないか〜」というのが、隣のピアノ殺人事件じゃないけども、憎悪の元になっている。

  4. kei より:

    個人単位で考えても、「潜水病」の人が身近にちらほら居て閉口することが多くなりました。
    マンションの理事をやっていると、ルールを無視する人に注意をする機会が多く、逆恨みされることも有ります。
    「解ろうとしない人」は自己の正当性を訴える手段として冷静に話し合うという方法を取れず、すぐに感情的になる傾向がありますね。モンスターペアレンツなども増加しているようですし、現在の社会風潮は自己愛が強い人が愛国心を語っているなという感じです。
    自分を愛せない人は他人を攻撃すると言いますから、本当の意味で自分を愛せていない人が増えているのでしょうか。
    私は自分が大好きなので(笑)、悪いと自覚したらすぐに謝って仲良くなっっちゃいます。

  5. ピースメーカー より:

     従軍慰安婦とか歴史認識とか民族とか愛国とか反日とか反韓とか反中とか反体制とか反ヘイトなどなど、関われば自分が「正義」の立場になって「悪」を糾弾できるテーマを熱心にライフワークとしている人間は、十中八九、大なり小なり「病」を抱えているのではないでしょうか?
     ヘイトスピーチの凄まじい病みっぷりは万人が認めるところですが、末端の記者からの批判殺到で自浄能力に期待が持てるとはいえ、朝日新聞の「池上彰氏のコラムの掲載拒否問題」は中枢の(それをすれば言論機関の自殺行為だというのが理解できていないという)見事な病みっぷりであり、さらに韓国の「産経新聞ソウル支局長起訴問題」もまた、(他国から民主主義に疑いをもたれることを全く眼中に入れていない)すばらしい病みっぷりでしょう。
     ヘイトスピーチデモ参加者も朝日新聞も韓国の民族主義者も、自分自身が正義だと強く思い込み、「病」に拍車をかけ、他者や自国や他国への冒涜や不公正な行為の正当化などといった「症状」が現れるのです。
     「良い韓国人も悪い韓国人もどちらも殺せ(2013年2月に新大久保で行われた嫌韓デモ)」「理不尽な反朝日化キャンペーンに屈することはできない(おととい週刊文春にすっぱ抜かれた、木村伊量朝日新聞社長の社内専用メール)」「加害者と被害者という立場は、千年過ぎても変わらない(韓国 今年3月1日の朴槿恵大統領の演説)」というセリフからは、症状の大なり小なりの差はあるとはいえ、自身の正義に疑いを持たず、異論や後先を全く考えていない「病」というものを、「病」を持たない人間に悟らせ、同時にゲンナリさせてしまうのです。

     「病」に対処するには、 従軍慰安婦とか歴史認識とか民族とか愛国とか反日とか反韓とか反中とか反体制とか反ヘイトなどなどの問題に関わりながらも「病」を持たないでいられる人間が医者となり、和解のために「落としどころをつける」という処方をするしかないでしょう。
     とはいえ、「病んでいない医者」は、「病んだ人間」からの一番の攻撃対象となりがちです。
     韓国では、朴裕河さんという方が「病んでいない医者」としての役割を果たそうとしているのですが、当然ながら「病んだ人間」から攻撃され、名誉毀損で訴えらえています。
    http://www.huffingtonpost.jp/park-yuha/korea-japan-nanum_b_5673760.html
     「病」を治療するには、まずは「病んでいない医者」が連携し合い、「病んだ人間」からの攻撃を退け、各個撃破されないようにすることが肝要ですが、従軍慰安婦とか歴史認識とか民族とか愛国とか反日とか反韓とか反中とか反体制とか反ヘイトなどなどの問題に深く関わっている人間で、朴裕河さんの苦境を知りながら、見て見ぬふりをして「病んだ人間」を批判をしない、彼女を助けない、あるいは攻撃して彼女の出版物を焚書にしようとする人間は、「病んだ人間」といえるのではないでしょうか?

  6. 多賀恭一 より:

    「潜水病」理論は面白い考え方だ。
    一面の真理だろう。
    しかし最大の要因ではないと私は考える。
    民主主義は大衆の愚かさが政治に反映する制度だ。
    ゆえに、大衆的狂気に染まりやすい。
    ワイマール憲法下のドイツはもちろん、
    第二次時世界大戦前の日本、
    20世紀初頭のアメリカ、イギリス、フランス・・・、
    皆どこか狂っていた。
    そして現在の先進国も何かがおかしい。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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