鈴木邦男の愛国問答

 2月21日(土)、新潟県新発田市に行ってきた。〈大杉栄メモリアル2015 うたと言葉で日本の近現代史を振り返る〉に参加するためだ。新発田は大杉栄が5歳から15歳までの子ども時代を過ごした町である。そこで毎年、〈大杉栄メモリアル〉という集会が行われている。大杉は『自叙伝』で、こう書いている。父は軍人で新発田に転任になった。
 〈僕も十五までそこで育った。したがって僕の故郷というのはほとんどこの新発田であり、そして僕の思い出もほとんどこの新発田に始まるのだ〉
 新発田の公園には、大杉が遊んだイチョウの木があり、町の写真館には大杉が友人たちと来て写した写真が飾られてある。そして毎年「大杉栄メモリアル」が開かれ、全国から多くの人が集まる。ここでは大杉はまだ生きている。そう感じた。
 このメモリアルには毎年、講師が来て大杉の話をする。又、大杉に関係のある映画上映や歌の演奏会が開かれる。大杉栄の甥の大杉豊さん、鎌田慧さんなどが講師で来ている。僕も2回ほど講師で来た。その他、一般客としても何度か来ている。

 今、ぱる出版社から『大杉栄全集』が刊行されている。それも記念しての「メモリアル」だ。新発田市生涯学習センターで午後4時から行われた。第一部は、ソプラノ歌手、柳本幸子さんの「自由・愛・平和=大杉栄の世界をうたう」だ。クラシックや民族音楽などをたっぷりと歌いあげる。第二部は、僕の講演で「大杉栄の眼で現代を観る」。テーマは主催者から与えられたものだ。刺激的だ。それから栗原康さん(東北芸術工科大学講師)の舞台挨拶がある。栗原さんは、去年『大杉栄伝:永遠のアナキズム』(夜光社)を出し、これが評判をよんで、2014年度の「いける本」大賞を受賞した。

 大杉栄が今、生きていたら何を思い、何と発言するだろう。どんな行動をとるのだろう。大杉が死んだのは1923年(大正12年)9月だ。関東大震災の直後、伊藤野枝、橘宗一とともに麹町憲兵隊に拘引、虐殺されたのだ。それから91年が経っている。「日本は全く進歩していないじゃないか。91年前前と同じだ」と大杉は怒るのではないか。だって、他民族蔑視、排外主義は全く同じだ。

 関東大震災の時は、その騒乱の中で多くの朝鮮の人たちが殺された。「朝鮮人が井戸に毒を流している」などのデマが流され、自警団による「朝鮮人狩り」が行われ、多くの朝鮮人が殺された。又、「朝鮮人だろう」と言われて殺された日本人もいた。しかしそうした恥ずべき虐殺行為は、大震災が発生し突然、行われたものではない。そのずっと前から朝鮮人蔑視の空気が広くあったからだ。今、ヘイトスピーチのデモが行われ、書店では中国・韓国に対するヘイト本が大量に出ている。同じような状況があったのだ。それに日清、日露戦争に勝って、日本は世界の一等国に立ったという驕りが生まれた。今まで大国だと思っていた中国、ロシアに勝った。日本は神の国だと思った。中国、朝鮮への蔑視、差別は全国を覆った。という中で、関東大震災が起こる。「何故だ、何故だ」と思った。神の国だと思いいざとなったら神風が吹く。元寇の時も日露戦争の時もそうだった。それなのにこの大震災は何だ。そんな混乱の中で、「朝鮮人が井戸に毒を入れている」という噂が流れた。「そうだ、そうだ」朝鮮人をやっつけろ、といきり立った。多くの朝鮮人が捕えられ、殺された。

 弁解の出来ない虐殺だ。歴史の恥だし愚行だ。ところが90年経って今、この虐殺を弁護し正当化する本が何冊か出ている。どれも高名な作家が大きい出版社から出している。読んでみたら驚いた。「あれは虐殺ではない」と言う。朝鮮人は動乱にまぎれて、暴動を起こそうとした。日本人を殺そうとして、準備・計画した。皇室の人々をも殺そうとしたのだ。それを知って警察や軍隊がそれに自警団が彼らの計画を阻止すべく、捕えたのだという。又、動乱・衝突もあり、その中で、「正当防衛」的に闘ったのだ、と言う。
 うーん、そこまで言うのかなと思った。今、保守派を名乗る人が急増し、「日本は悪いことは何一つしない」「あの戦争は正しかった」と主張している。「南京大虐殺はなかった。従軍慰安婦はいなかった」と言っている。それが進んで「関東大震災で朝鮮人が殺された、というのも嘘だ」と言っているのだ。自警団が朝鮮人を捕えている様子は随分と目撃されている。又、朝鮮人と間違えられて捕まった日本人の証言もある。だから「なかった」とは言えない。それに「いや、暴行・殺人はあったかもしれないが、それら全ては日本人の〈正当防衛〉だったんだ」と言う。
 じゃ、その震災の騒乱の中で捕えられ、殺された大杉栄も、そうなのか。日本人の「正当防衛」なのか。左翼やアナキズムを信奉する人間なんて、もはや日本人ではない、朝鮮人と同じだ、日本から出ていけ! と思っていたのだろう。そんな排外主義的な日本に大杉は怒っていたのだろうか。

 そんなことを思い、講演の時もそれを話した。大杉は何よりも〈自由〉を求めた人だ。『ぼくは精神が好きだ』の中で言っている。
 〈思想に自由あれ。しかしまた行為に自由あれ。さらにまた動機にも自由あれ〉
 大杉は、人間にレッテルを貼付けて、罵倒するような人間ではなかった。どんな人間にもあたたかく接し、相互の「自由」を認める。あくまでも「自由」を尊重する。
 それに大杉はこうも言った。「今は左右を弁別すべからざる状況だ」と。さらに「愛国者」にも期待をした。「こいつは極左だ!」とレッテルを貼り、「日本から出ていけ!」などと言う人間がいる。デモもやられている。今も同じだ。そして、「中国は終わった」「韓国とは断交しろ」と叫ぶ人々も多い。大出版社でさえ、売れるとなれば民族差別的な本も出す。沢山出している。それを読んで「気分が晴れた」「スッキリした」と思う人間も多いのだ。なさけない。

 「何も自分の社が1冊出したために、中国と戦争することはないだろう」と大出版社は思っているのだ。読んで、スッキリした読者も「面白そうだから買ってみただけだ」「僕らは何も悪いことをしていない」と言うだろう。でも憎しみや差別が充満した状況は危ない。恐ろしい。何かあったらすぐに火がつく。気をつけなくてなならない。

 

  

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第170回大杉栄が生きた時代と今」 に5件のコメント

  1. magazine9 より:

    歴史はくり返すと言うけれど、大杉栄が生きた90年前と今とを比べてみると、大災害の後に広がった排外主義的な言動や空気に、驚くほど似たものを感じます。しかし、歴史から私たちは学ぶこともできるはずです。

  2. 多賀恭一 より:

    中国も韓国も、国内で反日教育を行っている。
    ゆえに、彼らを敵として認識するのは間違っていない。
    しかし、
    敵を罵って気分良くなるのは愚かであり、
    敵を蔑んで優越感に浸るのは破滅の始まりである。
    歴史における、
    厳然たる事実。
    「敵に学ぶ民族は滅びない。」
    敵性国家である中国と韓国からこそ、多くを学ぶべきである。
    それに、TPPを押し付けるアメリカこそ真の敵である可能性が有る。

  3. 大杉栄的なものの可能性は、荒岱介さんが亡くなって、ある意味終わったのでは?
    性格的な問題とか、方法論の微調整は可能だけど、あの人がほぼ一人でやりきってしまったでしょう。
    だからそれ以上のものは、ここからは当面出て来ないと思います。

  4. ピースメーカー より:

    >大杉は、人間にレッテルを貼付けて、罵倒するような人間ではなかった。

     このような大杉栄的な立場を尊敬し、日本に広めたいのならば、「ヘイト」というレッテルを安易に使う事もどうかと思います。
     例えば、在沖米海兵隊のロバート・エルドリッジ政務外交部次長は、米軍普天間飛行場の周辺で繰り広げられている抗議行動を「ヘイトスピーチ」と批判したそうですが、これで「ヘイトスピーチ」という言葉は批判された側を怒り心頭にさせてしまう言葉であるという事が、元来「ヘイト」という言葉を頻繁に使っていた人々にもよく理解できるでしょう。
    http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-239002-storytopic-271.html
     同様に、「ネトウヨ」「ファシスト」「レイシスト」という言葉も、使う側はそれらのレッテルを貼られる人間の由来、そして、その人権を考慮しない事を正当化でき、貼られた人間は使う側に対して感情的にさせる言葉です。
     ところで、先述のエルドリッジ氏は「海兵隊と日本国民、特に沖縄県民の懸け橋になればいいと思っていて、それを通じて相互理解、信頼関係(を築き)、最終的には平和につながる」と述べました。
     「僕の立場から言うと、日米戦争デモ始まって、米国に占領征服されて其の属領となった方が、幾何か幸福か知れない。思想発表の自由を憧憬して止まない。平民新聞を廃刊するに就いて、つくづく之を思う。」という言葉を遺した大杉が、米国の実質的属領となった日本に対して何を思うのか知りたいものです。

  5. Shunichi Ueno より:

    中国・韓国の政策への批判ならばまだ分かるが、なぜそれが民族や人へ向けられるのか理解できない。
    ネットの書き込みも隣国の悪口や侮辱の言葉をならべて悦に入ってるものが多いのにあきれる。
    政治や歴史の話を、暗いとか重いとか言ってる内に、精神の退行まで起こってしまっのか?

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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