鈴木邦男の愛国問答

 前回、「大杉栄メモリアル2015」のことを書いた。2月21日(土)、新潟県新発田市での集会だ。その時、挨拶をした栗原康さんから衝撃的な話を聞いた。それがずっと頭の中に残っている。栗原さんは大杉栄の研究者で、『大杉栄伝―永遠のアナキズム』(夜光社)という著書がある。とてもいい本だ。2014年度の「いける本」大賞を受賞した。今、東北芸術工科大学の講師をしている。36才だ。他にも何冊か本がある。一番新しい本は、変わったタイトルだ。『学生に賃金を』(新評論)だ。これだけだと、あれ? 何だ。と思ってしまう。でも、栗原さんから新発田で、学生時代の苦しい生活を聞いていたので、「あっ、あのことか」と分かった。この本の帯には、こう書かれている。

 〈ありえないほどの高学費。奨学金という名の借金。バイト・就活漬けの日々。…学生生活はなぜここまで破壊されてしまったのか!?〉

 ここで違和感を覚えたのは、「奨学金という名の借金」だ。貧乏で、でも勉学意欲に燃えてる人のために奨学金はある。僕らの時代にも、多くの人が奨学金をもらっていた。卒業して就職してから少しずつ返せばいい。催促なんかない。それに、学校の先生になれば、もう返さなくてもいい。とてもいい制度ではないか。新発田でも、栗原さんにそう聞いた。ところが今は全く違うという。まず「先生になったら返さなくていい」というのはなくなった。それに取りたてが厳しい。さらに、今は就職も厳しいし、決まらない人もいる。フリーターもいる。でも、取りたてはガンガンと来る。

 「自分は大学を卒業し、社会に出た時、600万の借金がありました」と言う。奨学金だ。仕事はなかなか見つからない。大学院を出た人などは、1000万近い借金になるという。大学の講師になろうと思っても、なかなかなれない。どうしても返せない人には猶予の制度もあるが、それも数年で切れる。日本学生支援機構の返済取りたてはハンパなものではなく、「財産差し押さえの裁判」も急増したという。6年前、年間5件くらいだった裁判が、今は年間6000件を越えてるという。怖すぎる話だ。巨額の借金を抱えたまま社会に放り出される若者が多いのだ。
 「そんな借金を抱え込む奨学金なら、いらない」と思う学生もいるだろう。「そんな学生は学校にほとんど行かないで、バイトばかりしているんです」と言う。これじゃ、何のために大学に行くのか分からない。

 若者に厳しい社会だ。昔の奨学金の方がずっとよかった。又、県人会の寮もあって、安く生活できた。地方の企業なども支援していた。前に、出光佐三さんの甥に会った時、言っていた。出光は石油で随分と金を儲けたけど、随分と社会に還元してるんです。美術館を作ったし、学生を留学させたり…と。国家がやれないことをやっていた。しかし、今は出来ない。「そんな金があるなら社員に回せ。株主に回せ」と言われる。学生、若者を応援しようという気持ちがないのかもしれない。国にも、社会全体にも。

 「今は月に1冊も本を読まない学生が4割以上いる」と新聞に出ていて、憤慨したことがある。学生の〈仕事〉は本を読み、勉強することだ。本を読まない学生ならばクビにしてしまえと思った。でも、栗原さんの本を読むと、今の学生にも同情してしまう。本なんか読んでいられないんだ。必死にバイトしないと。そうでないと、巨額の借金を抱えて社会に放り出されてしまう。金持ちの子供しか大学に行けないのでは、日本の将来も危うい。栗原さんは言う。

 〈ひとを負い目でしばりつけ、はたらくことに必死にさせるのが学費(授業料+生活費)と借金である。大学の学費をタダにして、返さなくてもいい奨学金を創設しよう。大学の無償化は、真の自由を手にするのとおなじことだ〉
 
 ちょっと極論かな、と思うが、そこまで切羽詰まっているのだろう。僕らが学生の頃は、県人会の寮や親類の家に下宿という人が多かった。アパートは3畳一間というのが普通だった。電話も風呂も、テレビもない。メシは食わなくても本を読む。そんな学生が多かった。大学に入る学力はありながら、お金がないので2年間働いて、お金を貯めてから入学したという学生もいた。入れる時に入って、あとはバイトするか奨学金をもらう。と、普通なら考えるだろう。それに、居酒屋もなかったし、携帯もなかった。金も使わなかったと思う。

 でも、そんな昔に戻ることは出来ない。じゃ、「大学の無償化」と「返さなくていい奨学金」で問題は全て解決するのだろうか。ますます勉強しない学生が増えるかもしれない。そんな危惧もある。ただ、問題は切実だ。少なくとも、勉強したい学生が勉強できる環境、条件を作ることは必要だ。そうでないと、大学はもう「学問の府」とは言えなくなる。「学の自由」も「学の独立」もなくなってしまう。

 新発田から帰ってきて、またもや衝撃的な本を読んだ。鈴木大介『老人喰い―高齢者を狙う詐欺の正体』(ちくま新書)という本だ。オレオレ詐欺、振り込め詐欺をする人間たちのことを取材した本だ。弱い老人から金を騙し取るなんて許せない。どうやったら防げるか。それを書いた本だと思った。ところが違う。犯罪者たちを取材した著者も驚き、戸惑っている。犯人たちは「優秀で、努力家で、モチベーションも高い」という。そんな馬鹿な、と思った。でも、格差社会にあって、才能、努力を生かすには他の手段がないのか。「なんという才能の消費・浪費なのか」と著者は言う。そして、こんな極論まで言う。

 〈そうした世の中に、若い彼らを放置し、押し込めて、そうした日本を作り上げてきたのは、まさにいま犯罪のターゲットになっている高齢者自身に他ならないのだから〉
 
 凄いことを言う。「加害者」「被害者」の概念を逆転させてしまう。ドストエフスキーの『罪と罰』のラスコーリニコフの心境になってるのではないか、全員が。こんなに優秀な若者がいる。でも生活できなくて苦しんでいる。一方、大金を持ったまま何もしないで、そのまま死んでゆく老人たちもいる。その金をとって、若者に回す。日本の経済も回る…そう考えているようだ。次の世代のことを考え、そのために金と手間をかけるべきなのだ。それを老人たちはやってこなかった。「奪われる前に与えていれば、こんなことにならなかった」とまで言う。いくら何でも、言いすぎだろう。そう思いながらも、頭が混乱した。そして、週刊「AERA」(3月16日号)に書評を書いた。勿論、これが学生や若者を代表するものではない。極端な例だろう。だが、貧しくて、でも勉強したい学生は、巨額の借金を抱えて社会に放り出される。一方、そんな社会をつくった老人たちに逆襲する若者もいる。これは、真剣に考える必要のある問題だ。

 

  

※コメントは承認制です。
第171回「ラスコーリニコフの社会」について考えた」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    卒業後、借金として重くのしかかってくる有利子の奨学金。大学進学率が上がるなか、就職するためには進学が必須となりつつあり、しかし大学を卒業しても正社員として就職できるとは限らないのがいまの社会です。ブラック企業で使い捨て人材のように扱われても、借金返済があれば辞めることもできません。もはや「若いからなんとかなる」時代とは違います。格差問題に真剣に取り組み、社会の担い手となる若者を育てていかないと、あとで困るのは大人である私たちなのだと思うのですが…。

  2. 多賀恭一 より:

    ジム・ロジャーズ
    「12歳以上だったら、即刻、日本から移住を考えた方がいいと思います。」
    お勧めしないが、
    奨学金を踏み倒して海外逃亡は有りかもしれない。
    お勧めしないが・・・。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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