鈴木邦男の愛国問答

 12月13日(日)、千葉県浦安市に行ってきた。でもディズニーランドではない。フランスで作られたドキュメンタリー『天皇と軍隊』の上映会が行われ、その後にトークが行われた。それに呼ばれたのだ。今年の夏もポレポレ東中野で1週間上映され、満員だった。その時は高橋哲哉さんなどがトークをした。僕も出た。そして半年後、今度は浦安で上映されたのだ。ここでは社会的な映画を選んで年に数回、上映とトークの集いを行っている。今年で10年になるという。場所は浦安市民プラザWave101の中ホール。なかなかおしゃれな建物で、きれいだ。

 映画は天皇を中心とした日本の近現代の歴史を描く。きわめて客観的だし、バランス感覚がある。ところが「天皇」を扱っているということで、日本ではずっと上映されなかった。怖かったのだろう。6年ほど前に映画は完成され、世界中で上映されたのに、当の日本ではずっと上映されなかった。敗戦後も、なぜ天皇は残ったのか。そして憲法、自衛隊の問題についても、きちんと歴史として描いてゆく。自民党は今、憲法を改正しようとしている。だったら憲法はどのようにして生まれたか、天皇を憲法でどう書くのか。大いに考え、議論すべきだ。その為の「教科書」にもなるだろう。そう思える映画だ。

 それに日本のいろんな分野の人たちが登場し、映画の中で発言している。憲法24条を書いたベアテ・シロタ・ゴードンさん。社民党の福島みずほさん。政治学者の高橋哲哉さん。一水会代表の木村三浩氏。神道に詳しい葦津泰國さん。そして僕も出ている。フランス人のスタッフが日本に来て、多くの人たちに取材したのだ。これだけでも貴重なドキュメンタリーになっている。
 「とてもいい映画だった。考えさせられた」と当日、見た人は皆、言っていた。イデオロギーや偏見を持った映画ではない。客観的でいい映画だった。でも『天皇と軍隊』というタイトルだけで怖がって映画館は上映しなかったのか。これは不幸なことだ。新聞社の記者が言っていたが、「天皇」とつくと新聞で紹介しづらいという。左右のどちらかから(時には両方から)抗議される。それが嫌で紹介しない。

 日本の監督も、天皇の出る映画は撮らない。撮っているのは外国の監督だけだ。最近、上映されたのは多分この3本だ。アレクサドル・ソクーロフ監督の『太陽』。アメリカで作られた『終戦のエンペラー』。そしてこの『天皇と軍隊』だ。勇気のある映画だと思う。『終戦のエンペラー』は、トミー・リー・ジョーンズがマッカーサーの役をやり、昭和天皇は片岡孝太郎だ。二人の会談を中心に撮る。どんな話をしたのか。会談が終わり、個人になった時、昭和天皇はどんな話をし、どんな行動をするのか。僕らは全く知らない。「神としての天皇」と「人間としての天皇」を追い、撮る。これはとても日本では撮れなかったと思う。

 ソクーロフ監督の『太陽』は、僕にとってとても思い入れがある。撮影の前に、ソクーロフさんは日本の政治家、学者、評論家などに聞いてまわった。何を、どう撮ったらいいのか。何から撮り始めたらいいのか。そんなことを相談した。しかし、相談どころではない。皆に「そんなことはやめろ!」と言われた。「そんな映画をとったら、命がない」「作っても、どこも上映しない」と言われた。15人以上に相談したが「賛成したのは鈴木さん一人です」と言う。みんな萎縮しているんだ、日本人は。監督も、大学の先生も、評論家も。

 ソクーロフ監督は、20世紀を代表する人物を描きたいという。ヒトラー、レーニンなどは大きな河のはじで鳴くカエルだ。しかし、昭和天皇は中央の大きな川だ。堂々と流れる大河だ。と、ソクーロフ監督は言う。驚いた。こんなに日本を愛し、その中心にいる天皇を描いた。素晴らしい映画になった。でも、天皇を撮ったというだけで、上映するところはあまりない。残念だ。若松孝二監督が生きていたら「じゃ、俺がやってやる」と言っただろう。「次は七三一部隊を撮りたい」と言っていたし、沖縄戦も撮りたいと言っていた。今、日本でそうした問題に取り組む監督がいない。上映する映画館がない。自主上映をする小さな集まりがあるだけだ。これは何とも悲しい。

 客観的に撮った映画ですら、なかなか上映できない。ましてや靖国、戦争、慰安婦を真っ正面から扱った映画は、なおのこと上映できない。初めは上映するといいながら、右翼の街宣車が来ると、すぐに上映中止にしてしまう。そんなことが多い。イルカ漁を扱った『ザ・コーヴ』もそうだった。表現が、言論の自由が、どんどん壊されてゆく。抗議が来たら、公開討論をし、反論する。そんな気概がない。「こんな映画を上映して、抗議が来たら怖い」「文句を言われそうだから」。…だから、やめようとなる。企画の前の段階でつぶれているのだ。自主規制ばっかりだ。

 そんな中で、浦安でやっている自主上映会「うらやすドキュメンタリーテーク」は立派だし、偉いと思う。来年の1月17日(日)には、やはり浦安市民プラザで、足立力也さんの講演会がある。タイトルが凄い。「丸腰国家に学ぶ平和のつくりかた」。コスタリカの話だ。ちょっと聞いたことがあるが、よく知らない。こう書かれている。

 〈1948年の軍隊廃止宣言以来、平和主義国家として名高いコスタリカ。単に軍隊を持たないというだけではなく、非武装を利用し、内政と外交のコンビネーションで積極的に平和をつくりだしています。その実態と実像を解説します〉

 これはぜひ聞いてみたい。
 そして、2月13日(土)は、同じ場所で二本の外国映画が上映される。一本目は『壊された5つのカメラ〜パレスチナ・ビリンの叫び』。二本目は『それでも僕は帰る〜シリア 若者たちが求め続けたふるさと』。
 これも、知らない世界だ。ぜひ映画を見て、トークを聞きたい。

 

  

※コメントは承認制です。
第189回日本で、なかなか上映されない映画のこと」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    抗議があったら、というよりも抗議がある前から、さっさと自主規制してしまう傾向が段々強くなっているように感じます。「面倒なことには触らないようにしよう」と、表現の自由を自ら放棄してしまえば、いざというときにそれを取り戻すことは一層困難になってしまうのではないでしょうか。自主上映会の広がりは市民のひとつの手段だと思いますが、「表現」を扱う映画館にもぜひがんばってもらいたいものです。

  2. 「憲法改正には天皇を持ち出して刺し違える覚悟で」ということは、前から私も言ってたことなんだけど、本当に刺される危険性大ですからね。でも鈴木さんなら出来るかもしれない!

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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