鈴木邦男の愛国問答

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 安倍首相によると今年は「挑戦の年」だ。夏の参院選の争点に憲法改正を掲げる考えを表明した。1月4日に通常国会が召集されたが、開会式に先立ち首相官邸で行った年頭の記者会見で発表した。

〈首相は会見で憲法改正について「しっかりと訴え、国民的な議論を深めていきたい」と述べた〉(産経新聞・1月5日)

 参院選では「連立政権で安定した政治を進めるため、自民、公明両党で過半数を確保したい」と強調した。その公明党だが、改憲については余り積極的ではなく、自民党に引っぱられている感じだ。でも、「改憲の流れ」に乗りながらも、自分たちの存在感を訴えるのに必死だ。そして、「加憲」といっている。今の憲法のいいところは守る。しかし、これでは不十分なので、いくつかを加え、補足しなくてはならない。そう言う。かなり苦しい主張だ。平和憲法を守った上で、さらに福祉や人権などをもっと大幅に取り入れる。ということだろう。しかし、自民党にしたら、憲法を見直し、議論をするのだから、これも「改憲論」だ。と思っている。憲法には少しでも手をつけてはダメだ。という野党とは違う。と思っていたら、野党のほうでも、自民党の「誘い」に乗ってくる人が出てきた。おおさか維新だ。

〈おおさか維新の会代表の松井一郎大阪府知事は4日、夏の参院選に向け、同党として「憲法改正案をつくる」と明言した。党法律政策顧問の橋下徹前代表や憲法学者が加わって今月中に「戦略本部会議」を設置し、中旬をめどに1回目の会議を開く考えも示した〉

 これでは、「与党」だ。野党ではない。連立政権の公明党よりもずっと自民党的だ。自民党の中の一派閥のようだ。

〈憲法改正について、「安倍晋三首相にしかできない」と主張してきた橋下氏は法律政策顧問として改憲案策定に深く関与する見通しで、再び影響力を発揮することになりそうだ〉

 そうか。このために大阪市長を辞めたのか。もっと大きな維新に向かって、いわば薩長連合のような気持ちで、自民と協力して、改憲を実行するつもりなのだろう。前から言っていた「地方分権」で憲法を改め、それを基に大阪都構想もやるつもりなのだろう。松井氏も「参院選で堂々と憲法改正の発議(のため)の3分の2(の議席)を目指す」と述べた。これに続く野党も出てくるだろう。では、どこを変えたいか。防衛、教育、外交もあるが、まずは「地方分権」の部分だと言う。具体的な改正対象としては、

〈「今のところ地方分権の部分だ」と語り、地方自治体の組織運営などに関する記述がある92条と94条を挙げた〉

 自民党の中にも昔はリベラル勢力がいたが、いまはほとんどいない。「改憲だ!」「中国、韓国になめられるな!」と強硬なことを言う人だけが中心だ。そんな人でないと党は公認しない。小選挙区制になってから、みな、そうだ。安倍首相と「ミニ安倍」しかいない。野党もほとんどいない。民主、社民、共産は野党だが、苦しい。他の野党は分裂ばかりで、さらに、自民にくっつくことしか考えていない。一党多弱なのだ。

 そして夏の参院選。自民が圧勝したら、いよいよ憲法改正になる。何十年か経って、「あの時の国民は何をしてたのだ」と我々は批判されるだろう。国政選挙だけでなく、地方自治体の選挙も改憲を打ち出して闘う者も出るだろう。その方が「改革」勢力だと思われ、優位になると思えばやるだろう。又、県議会、市議会でも、改憲を願う決議が出るだろう。

 僕が学生の頃、岡山県奈義町の町議会で「明治憲法復元改正決議」が通ったことがある。あれには驚いた。岡山県では戦前から右翼運動をやっていた人が沢山いて、町議会などにも影響力を持っていた。今の憲法は日本が占領中にアメリカから押しつけられたものだ。だから、これを変えよう。あるいは廃棄しようという考えがあった。占領憲法を廃棄したら、そこには大日本帝国憲法(明治憲法)が生きているのだ。これに帰り、これを改憲したらいいという。これは法律論的には一番筋が通っていると思った。
 僕が属していた「生長の家」の学生たちも、これを正当だと認め、「明治憲法復元改正決議」運動をやっていた。しかし、「一度は明治憲法に戻る」なんて、古くさくて、いやだ。そう思われ、運動は拡がらなかった。それなのに岡山県の奈義町議会では「明治憲法復元改正」決議が通った。奇跡が起こったと思った。どこの新聞も大きく取り上げていた。評価するものはない。皆、批判し、驚いていた。住民の声も紹介されていた。「こんな所に住んでいるのが恥ずかしい」という主婦の声が印象に残っている。

 「明治憲法復元改正」などという、古くさい、時代錯誤の議決だって通ったんだ。今、「憲法改正」は、まさに変革であり、維新だと思われている。〈流れ〉に遅れまいとして、議会に出てくるだろう。そして、(いつになるか分らないが)通るだろう。そして50年後、「どうしてあんなことを」と思うだろう。50年前の新聞を見ると、「こんな国に住んでいることが恥ずかしい」と言ってる人もいたっけ。そう思われるだろう。
 愚かな過ちを繰り返してはならない。

 

  

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第190回「あの時の国民は何をしてたのだ」」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    50年後、どうかそんな未来が待っていませんようにと願います。先日、内田樹さんが「いま、私たちに必要なのは『乗り遅れるな』と急がされていろいろなものを変えることではなく、立ち止まってじっくり考えることだ」という趣旨のことを、街頭スピーチで述べていたのを思い出します。暴走を止めるブレーキをかけるのか、アクセルが踏まれてしまうのか、今度の参院選が大きな鍵になっています。

  2. @kazenosaburou より:

    私も立ち止まって考えるの賛成です。
    イケイケは絶対に危険です。後悔がきっと残ります。

  3. 多賀恭一 より:

    憲法9条は、日本や日本国民のの安全を外国から守っているモノではない。
    軍と政治、軍と国民の信用を守っているのである。
    1960年代前半、キューバ危機後の米ソ宥和を妨害したのは両国の軍であった。
    即ち、フルシチョフは失脚し、ケネディは暗殺された。
    欧米はシビリアンコントロールを自慢する。
    しかしアメリカのどこにシビリアンコントロールが有ったと言うのか?
    「本来、軍隊は必要ないのだ。」(自衛隊は暫定的に設置されているだけ)
    と明文化されている日本国憲法9条こそ、究極のシビリアンコントロールなのである。
    9条では国を守れない?→もともと守っているモノが違うのだ。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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