鈴木邦男の愛国問答

 気鋭の憲法学者・木村草太さんに会った。やっと会えた。前から会って話を聞きたい、話し合いたいと思っていたが機会がなかった。それが、やっと実現した。それも2日続けて会えたのだ。2月28日(日)、兵庫県西宮市まで行って木村草太さんの話を聞いた。翌2月29日(月)は、東京の首都大学東京に行って、草太さんと対談した。

 まず、西宮の話だ。月刊『紙の爆弾』を発行している鹿砦社は、2カ月に1度、地元・西宮で講演会をやっている。僕も前にやったことがあるが、今は「前田日明ゼミin西宮」が行われている。前田さんは元プロレスラー。もの凄い読書家で、勉強家だ。そして理論家だ。いろんな分野の人を呼んで、日本のこれからを考える。今までは山口二郎さん(法政大学教授)や田原総一朗さんなどを呼んできた。今回は草太さんだ。草太さんは憲法学者であり、首都大学東京の准教授。それに、テレビ朝日「報道ステーション」のコメンテイターとして有名だ。この「西宮ゼミ」、以前は駅前のレストランを借り切ってやっていたが、人が多くなり、入りきれなくて、今は「ノボテル甲子園」の大ホールでやっている。この日も200人近くの人が集まった。関西だけでなく、東京や九州などからも聞きに来る人がいる。それだけの価値があるのだ。

 午後2時に開始。はじめに草太さんが40分ほど講演。その後、草太さんと前田さんとのトーク。さらに会場からの質問を受ける。休憩をはさんで、第2部は懇親会。
 この日のテーマは「日米安全保障の重大問題~メディアが伝えない憲法の話~」。日米安保の何が問題なのか。憲法改正の必要はあるのか。と話をする。語り口は静かだが、説得力がある。僕らが気づかない問題点を指摘してくれる。前田さんとの討論も面白かった。2人のトークの前に、僕も挨拶をさせられた。東京からわざわざ聞きに来たからだ。僕は3年前、草太さんの『憲法の創造力』(NHK出版新書)を読み、衝撃を受けた。その話をした。
 このゼミの前に、2人に挨拶したら、「あの時はありがとうございました」と草太さんにお礼を言われた。『憲法の創造力』の書評を、週刊『アエラ』に書いた。そのことを言ってたのだ。その前から活躍していたが、僕はこの本で初めて草太さんの存在を知った。実は、憲法のことなら全て知ってるよと思っていた。擁護論も改憲論も、言い分は全て分かっている。いまさら新しい発見もないし、学ぶこともないと思っていた。でも、この本を読んで驚いた。全く新しい分析があるし、新しい問題提起がある。そうか、こう考えるべきか。と頷くことが多かった。「君が代不起立」「一人一票」「裁判員制度」などについても新しい分析で語る。一番、衝撃的だったのは「多数派」と「少数派」の問題だ。
 
 「少数派の意見も尊重しなくてはならない」とは言うが、大体、尊重されるのは常に「多数派」だ。選挙も票を多くとった人が当選するし、国会でも多数派が支配する。多数決で決まることが多い。そして、我々一人ひとりも「自分は多数派」だと思っている。普通の日本人だし、だから「多数派」だろう。と思っている。でも、それは違う。と草太さんはこの本の中で言っている。
 政治は多数派の支持の上に行われる。だから〈「少数派の弾圧」は、多数派の支持を受けるために、統治者にとって非常に魅力的な選択肢だった。(中略)しかし、長期的に見ると、個人の権利保障は統治者にとっても必要である〉
 なぜなのか。少数派を無視し、あるいは弾圧すると、「多数派の横暴だ」と批判されるからか。それもあるが、その本当の理由はこうだと言う。

 〈人間は、みな異なる個性を有するが故に、誰しもが何らかの意味で少数派である。したがって少数派の弾圧を頻繁に行う国家は、結局、どの国民からも信頼されない〉

 そうか、と思った。「私は普通の日本人だ。だから多数派だ」と思っている人が多い。ところが、「多数派」だと思っていても、「夫婦別姓」「死刑」…などの問題については「少数派」かもしれない。「日本人だから」「保守派だから」…と、一括りにはできない。できないのに無理に括っている。そこに問題がある。人には各々の個性がある。だから、「多数派」だと思っていても、その中でも違いはあるし、人は皆、内部に「少数派」を抱えているという。これは説得力がある。

 又、草太さんは、奥平康弘氏の『憲法を生きる』(日本評論社)を引用し、第9条は〈日本国の非武装を要求しているのではなく、日本国が非武装を選択できる世界の創造を要求している〉と読み解く。
 草太さんは、これを「世代を越えて、受け継がなければならない仕事」だという。「護り」の憲法論ではなく、「攻め」の護憲論だ。「護憲」というと、「自分だけよければいいのか」と批判されることが多い。でも草太さんのは、攻めの護憲論だ。この9条をもって世界に訴える。武器を持たなくても平和は守れる。日本はそのテストケースとして日本国憲法を持った。「日本は武器をすてた。だから他の国々も続いてほしい」と言うべきなんだ。その大事な「道具」を捨てようとしている。勿体ない話だ。

 翌2月29日は、首都大学東京に行き、草太さんの研究室で2時間、対談した。「週刊金曜日」の対談だ。勿論「少数派の権利」について、さらに「君が代不起立」などについて話を聞いた。2日連続して草太さんの「講義」を聞いた感じだった。贅沢な2日間だった。

 

  

※コメントは承認制です。
第194回木村草太さんに、やっと会えた」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    自分は「多数派」だと思っていても、実は思わぬところで「少数派」にまわることもある。そんな想像力が必要かもしれません。まだまだ気づいていないことがある、という姿勢で学び続ける鈴木さんの姿勢も、本当にすごいことだと思います。

  2. 多賀恭一 より:

    少数派を守ることは、社会の多様性を守ること。
    即ち、社会の豊かさを守ることだ。
    少数派を弾圧する国は、例外なく貧しい。
    この事実が証拠である。
    ただし、治安面が悪化する点も考慮しなければいけない。

  3. d56 より:

    多数決は,合意を形成する手段だ。と考えないから、多数による横暴や弾圧が跋扈します。
    9条は、9条という仕掛けによって,この国の安全を守ろうという戦略です。捨ててしまうのは全く惜しいという意見に賛成です。
    何故なら,9条があるから,日米安保条約が維持できます。又自衛隊も軍隊としてではなく存在できます。
    9条があったから,軽武装、経済優先でこの国は生きて来れたのです。世界2位の経済力を獲得できたのです。
    9条止めて,20兆円の防衛費を費やしますか。何とも愚かなことです。
    自衛権も正当防衛権も,自然権として存在します。正当防衛権は,防衛して生き延びるから成立します。生き延びられなければ防衛権が成立しません。つまり9条は全く支障がないのです。9条は、生存権も,自衛権も,防衛権も全く否定していません。禁じているのは防衛に名を借りた侵略です。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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