鈴木邦男の愛国問答

 異色の落語家・立川談慶さんに会った。久しぶりだ。それも、長野県上田市で会ったのだ。12月4日(日)、上田映劇で行われた「立川談慶独演会」を聞きに行ったのだ。長野には、故・見沢知廉(作家)の弟子だった平田竜二君がいる。地元出身の落語家・立川談慶さんと僕の講演会をやりたいと言う。その前に一度会ってくださいと平田君に言われたので、上田まで行ったのだ。談慶さんとの付き合いは古い。ただ、最近はずっと会ってなかった。上田までは2時間近くかかるが、落語会の前には上田城やNHKの大河ドラマ館も案内してくれると言う。これはいい、ぜひ見たい。

 12月4日は昼頃、上田に着いた。「真田丸」人気で、今は観光客が多い。平田君が迎えに来ていた。まず「信州上田真田丸大河ドラマ館」を見る。なかなかよく出来ている。それから上田城を見る。さらに、池波正太郎真田太平記念館などを見て、上田映劇に行く。午後4時から始まる。初めに映画の上映がある。「談慶の出来るまで」を紹介する映画だ。落語の前にちょっと「自己紹介」「近況報告」をやるんだろう。10分位のものだろう。と思っていたが違う。1時間近くあった。まるでメインが映画上映で、その後、「解説」の落語がある、という形になった。

 談慶さんは上田出身で、勉強も出来た。さらに努力して慶応大学に入り、落研(落語研究会)に入った。子どもの時から落語が好きだったという。立川談志に憧れていた。大学4年で卒業し、すぐ入門したわけではない。まず就職した。ワコールに勤めた。でも、諦めた。どうも向いていない。子どもの頃からの夢を実現したい。そう思って立川談志の門を叩く。ここでの前座時代は長かった。9年半だ。後輩にもどんどん抜かれる。普通なら3年位で二つ目になれる。9年半も待たされたら、普通なら諦めてしまう。それに初めのうちは名前もなかった。数ヵ月してやっとつけてくれた。それが「立川ワコール」だ。

 「紹介映画」は、11年前に真打になった時から始まる。真打披露パーティだ。あっ、この時、僕もいたな、と思った。この時、「立川ワコール」から「立川談慶」になっていた。談志の弟子だから「談」だ。そして慶応を出たから「慶」で、「談慶」だ。この時、終わりの挨拶で「どうもありがとうございます」と言ったら、談志が「バカヤロー、そういう時には、“ダンケシェーン”と言うんだよ!」と怒鳴っていた。「ありがとう」をドイツ語で「ダンケシェーン」と言う。それと談慶をかけたのだ。実は、その11年前の真打披露パーティの時、思いがけない人に会った。小林節さんだ。その時、慶応大学教授、改憲派の第一人者だった。自民党の改憲案なども作ったりしていた。読売新聞の改憲案作りも、小林先生が指導していた。ところが、その小林さんが、この頃から改憲派に疑問を持ち始めた。そして「改憲は危ない」「改憲の必要はない」と言いだして、もっともご本人は「護憲的改憲派」と言っているが、今では完全な「護憲派」だし、リベラルの代表だ。

 その前に、どうして談慶さんのパーティに出ているのか。だから、「小林先生、どうして?」と聞いた。「談慶は僕の教え子です」と言う。そうか、慶応で小林先生の授業をとっていたのか。せっかくの機会なので、小林先生に聞いた。「どうして改憲派をやめたんですか?」と。「自民党が愛国心を憲法に入れようとしているからだよ」と言う。国旗・国歌の規定だけでなく、「愛国心を持て!」と書こうとしている。自分は反対しているが、どうも押し切られそうだ。こんな馬鹿なことを考える自民党とはもう一緒にやっていられない、と言う。でも、日本人なんだから「愛国心」を持つのは当然じゃないか、そう思う人が多いだろう。「いや、国民が愛せるような国にする。それが政治家の仕事です。それをやらないで、国民に愛国心を強制する。これは許せない」と言う。驚いた。でも正論だ。

 小林先生は授業もゼミも常に厳しい。ゼミの合宿に呼ばれて僕も講師で行ったことがある。棒を持って講義し、机を棒で叩きながら話す。恐ろしい。小林ゼミの卒業生は就職がすぐ決まる。それどころか、企業が殺到して「ぜひ入ってほしい」と言う。こんな厳しいゼミを耐え抜いたんだ。企業に勤めても大丈夫だ、という保証があるようだ。

 そんなことを思い出しながら、談慶さんの落語を聞いていた。会場は満員だった。独演会が終わって、談慶さんが立ち上がり、「今日は、東京から鈴木邦男さんが来てくれました。ぜひ壇上へ」と言う。だから、真打披露パーティのこと、小林先生のこと、憲法改正のことなどを話した。終わって、「このあとは打ち上げがありますので、ぜひ」と言う。近所の居酒屋で10人か20人で飲むのだろう、と思っていたら違う。パーティ会場に200人以上が集まっている。それだけ、地元の人たちから愛されているのだろう。

 お母さんにも会った。弟さんにも、いとこの人にも。家族、親族、同級生が、この談慶さんを支えている。お母さんは、独演会の時、「前座」で歌ったりしている。弟さんは、談慶さんのマネジメントや講演会などを企画している。本人は東京に住んでいるが、故郷・上田では、よく独演会をやっている。地元を愛し、地元の人に愛されている。これは、なかなか出来ないことだ。僕は、右や左の人、市民運動の人たちにも友達は多いが、故郷でこれだけ愛されている人は他に知らない。家族や故郷の人から嫌われ、「でも俺は国を愛している」などと言う人が多い。「予言者、故郷にいれられず」だよ、と言う人もいるが、活動家は別に「予言者」ではない。その点でも談慶さんはすごい。

 打ち上げでは乾杯の音頭をさせられた。ここでも二人で憲法の話をした。落語の話は全くしないで、憲法の話、天皇陛下の生前退位の話などをした。上田映劇での独演会、打ち上げの会でも、熱く憲法の話をした。上田まで行って、憲法トークをしてきたのだ。じゃ、今度は小林節先生も呼んだらいい。他に改憲に賛成の人、反対の人を含めて、いろんな人を呼んで憲法を考える集会をやったらいい。そう思った。

 

  

※コメントは承認制です。
第212回立川談慶さんと憲法の話」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    小林節さんの教え子で、エリートサラリーマンを経て落語家…という面白いバックグラウンドをもつ立川談慶さん。Twitter(@dankeitatekawa)でも政治にからめた風刺をつぶやいているようです。鈴木さん、小林節さん、立川談慶さんの集会が実現したら、一体どんな話が交わされるのか、興味をそそられます。

  2. 樋口 隆史 より:

    「感動ポルノ」という言葉がありますが、現在の状況は「改憲レイプ」とでもいうべきでしょうか。

  3. 多賀恭一 より:

    日本の政党には親米と親中しかない。
    親日がない。
    だから、真の右翼はマガジン9に集まるのだろう。
    9条が日本国民を外国のために戦わせないからだ。

  4. PUNKちぇべ より:

    小林節氏といえば、かの竹田某に慶応大講師の肩書きを与えて営業に使われたり、先の参院選で野党の票を少なからず食って落選したりと、あまりスマートな印象はなかったのですが、「国民が愛せるような国にする。それが政治家の仕事です。それをやらないで、国民に愛国心を強制する。これは許せない」とは至言です。例えば今上天皇が国民に愛されているのはそのお人柄からであり、近年の似非愛国教育が奏功しているのではないでしょう。てなことを我らが首相に申し上げても、母校の学生たちから非難声明出されるような人望のなさでは、到底理解できますまい…。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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