鈴木邦男の愛国問答

 教会に行った。本当に久しぶりだ。実に清々しいし、心が洗われるようだ。2月5日(日)の午前中、名古屋の聖マルコ教会に行ったのだ。2月4日から5日にかけて大阪、名古屋で集会があった。4日は大阪で、「和歌山カレー事件」の集会だ。5日は午後から名古屋で読書会だ。5日の午前中は空いている。「じゃ、聖マルコ教会に来ませんか」と牛嶋さんに言われた。「私がオルガンを弾きますし、鈴木さんの後輩の後藤さんが司会・説教します」と言う。牛嶋さんは名古屋の読書会の主催者で、午前中は教会に出てオルガンを弾く。「ぜひ、出席したいです」と返事して、ミサに出た。

 僕は、高校は仙台の東北学院榴ヶ岡高等学校だ。そこの一回生だ。ミッションスクールで3年間、宗教づけの毎日だった。後藤さんはそこの後輩なのだ。「何回生ですか?」と聞いたら、「23回生」だと言う。そんなに年が離れているのか。「でも鈴木先輩の武勇伝は聞いていましたから」と言う。何十年経っても伝説は残っているようだ。ともかく厳しい高校だった。「神の愛」だと言いながら、教師は生徒を殴る。遅刻したからと言って、宿題を忘れたと言って、服装が乱れていると言って……。退学になった人も多い。街で女性と話をした、という理由だけで退学になった人もいた。

 じゃ、何故、そんな厳しい高校に入ったのか。一高、二高といった県立高校を落ちたら、他にいい私立高校はなかったのだ。ミッションスクールだが、ここに入るしかない。入学式で校長は言っていた。「自分から好きで入ってきた人はいないだろう。公立高校を落ちて悔しい思いでここに入ってきたはずだ。だったら必死に勉強し、3年後にその悔しさを晴らせ!」と言う。東北大学や、いい大学に入って、うらみを晴らせと言うのだ。皆、その気になる。先生たちも張り切る。出来たばかりの高校だし、どれだけ東北大学に入れるか、それで評価が決まる。あとは、必死で勉強するだけだ。
 
 だから、「聖書」の授業はあるが、真面目に聞いていない。毎朝、礼拝があるが、ウワの空だ。そんなことよりも大学受験だ。僕も英語の聖書を買って、礼拝中も勉強していた。「神の愛」を説きながら殴る先生には随分と反論したし、抵抗した。何かというと対立していた。そして卒業間際に先生を殴り、退学になった。それが武勇伝だ。しかし、1年近く教会に通い、懺悔の生活。1年近く後にやっと復学を許され、早稲田を受験して合格。初めての受験なのに、一浪生扱いだった。高校ではしばらく経ってから同窓会にも出られるようになった。これは嬉しかった。

 卒業して10年位経って、沖縄の喜納昌吉さんに呼ばれて、集会に出た。その時、後輩だという人に声をかけられた。僕の10歳ほど下だ。そして沖縄で牧師をしているという。エッ? と驚いた。だって「大学受験」のためだけに学校に行っていたはずだ。キリスト教なんか、誰も関心がないと思っていた。それなのに牧師になっていた人がいたなんて。その後、同窓会に行って聞いてみると、何人かいるようだ。あんなに嫌で嫌でたまらなかったのに、何故、キリスト教をさらに学び、そして牧師になったのか。不思議だ。少なくとも僕らのまわりでは、誰もキリスト教の話などしなかった。それなのに、実はひっそりと聖書研究会があったという。一学年から10人位が出ていたようだ。他の生徒には一切分からないように集まって勉強し、祈っていた。「まるで隠れキリシタンですね」と言っちゃった。言ってから、これは変な表現だと思った。何も隠れる理由がない。でも堂々とはやれない。その中から、何人かは牧師になった人も出た。

 名古屋の聖マルコ教会で司祭をしている後藤さんにも、しつこく聞いた。なぜ牧師になったかを詳しく話してくれた。当時は男子校だ。それなのに、今は後藤香織さんという、女性になっている。今は性的マイノリティのための運動をしているという。日本だけでなく、世界的な運動をしている。ミサの時は司祭として説教をしていたし、「今日は、私の高校の先輩の鈴木さんが来てくれました」と紹介された。終わって後藤さんに聞いてみた。「じゃ、後藤さんも県立高を落ちたの?」「二高を落ちました」。じゃ、僕と同じだ。でも、合格していたら、「普通の高校生活を送り、東北大に入り、卒業して、父親の跡を継いで、自民党の政治家になったと思います」と言う。だから「落ちてよかったんです」と言う。これは僕も同じだ。ここに入ったおかげで、喧嘩し、悩み、とてもいい勉強になった。キリスト教だって、今となってはとても役立っている。世界の文学、芸術、音楽などもキリスト教の理解なくしては分からない。3年間、日の丸、君が代がなかったのもいい。あったら、反抗期の高校生のうらみをかう。

 又、今まで6千人以上の卒業生がいるが、病気で亡くなった人はいても、自殺した人は一人もいない。「自殺はいけない。罪だ」ということを教わっていた。この体は神からいただいたものだ。自分勝手に処分してはいけないのだと教えられた。そんな教えが生きている。それにしても僕などは、何十年も経ってからいいこともあったな、と思い出しているだけだ。それなのに、あんな劣悪な環境の中で、神の愛に目覚め、キリスト教を真剣に勉強しようとした人がいたなんて、不思議だ。さらに、その真理を人に伝えようとしている。とても出来ることではない。又、ゆっくり話を聞いてみたい。

 

  

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第216回名古屋の教会で、後輩と出会った」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    1959年に設立された東北学院榴ヶ岡高等学校の一回生だった鈴木さん。当時は男子校だったそうですが、95年に共学化。当時といまでは雰囲気もだいぶ変わっているかもしれません。このコラムでも、高校の同窓会に出かけた話がよく出てきますが、卒業から何十年たっても、先輩、後輩がつながり続けている校風は羨ましくもあります。「県立に落ちてよかった」と鈴木さんも後藤さんも振り返っていますが、人生の出来事はどんな風に転ぶのか本当にわからないものです。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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