鈴木邦男の愛国問答

 今年も随分とデモに出ている。「右から考える脱原発デモ」や、ツイッターデモや、官邸デモや。5月6日(日)の杉並デモも凄かった。「全ての原発がとまった!」と集会で喜んでいたが、デモに移るやいなや、ドシャ降りの雨だった。反原発運動にも暗雲が立ち込めるような予兆の雨だった。実際、大飯原発は再稼働された。5月6日は、雨だけでなく、雹すら降ってきた。「卑怯な! そこまでやるのか!」と怒ってた人もいた。と言っても、政府や電力会社が降らせたわけじゃないのに。
 でも、7月16日(月)の「さようなら原発10万人集会」に比べたら、杉並デモなんて…と思ってしまう。今まで1000回位、デモには出てるが、最も大変だし、キツかった。「10万人集会」と呼びかけたのに、何と、17万人も集まった。炎天下、代々木サッカー場で、地面に座り込んで話を聞いた。暑い。ともかく暑かった。呼びかけ人の7人は、ずっと壇上に座っている。何時間も。坂本龍一、鎌田慧、内橋克人、大江健三郎、落合恵子、澤地久枝、瀬戸内寂聴…の7人だ。そのうち、5人ほどは70代以上だ。瀬戸内さんなんて90歳だ。参加すると言ったら周りの人たちに止められたという。当然だ。でも、「冥土のみやげに、どうしても参加したかった」という。すごいですね。
 でも暑かった。集会も暑かったし、デモも暑かった。5月6日の「雨のデモ」の方がまだましだ。<雨ぐらい降れよ。雹だって降っていいぞ>と祈ったが、ダメだった。そんな時、プシュッと冷たい液体をかけられた。な、なんだと思ったら、スプレー式の冷たい霧を吹きつけるやつだ。何というのかは分からないが、ともかく、スプレーだ。まわりの人に吹きつけて、サービスしてくれた。これはいい。
 「でも、お巡りさんに見つかったら逮捕されるよ。変な液体を吹きつけてる人がいるって…」「そうだよ。オウムと思われるよ」と言われて、慌ててスプレーを鞄に入れてしまった。余計なことを言う人がいるもんだ。
 再び、暑さでボーっとしながら歩く。暑さで意識が遠のく。自分が何をしてるのか。どこにいるのかも分からなくなる。ここは日本じゃないような気がする。
 そして、ハッと気がついた。そうだ、今、北朝鮮にいるんだ、と思った。いや、本当は北朝鮮にいるはずだったんだ。他の人達は皆、行っている。それなのに、僕だけ、何故か日本にいる。そして炎天下、デモをしている。
 実は7月13日(金)から19日(木)まで、北朝鮮に行く予定だった。でも僕だけビザが下りないで、行けなかった。4月の金日成主席生誕100年の時には行けたのに。あんな歴史的な大祭典には出れたのに。金正恩さんは間近で3回も見たし、軍事パレードも見た。金正恩さんを見た日本人なんて80人もいない。その中に入っている。アントニオ猪木さんやデヴィ夫人もいた。その人たちと一緒に招待されたんだ。それなのに、3カ月後の一般の、普通の訪朝は断られた。僕だけが。おかしい。
 どうも分からない国だ。歴史的な記念行事のある4月に行けたんだ。あとは、自由に行けると思ったのに。よく分からない。北朝鮮には、長い間入れず、20回ほどビザの申請をした。3年前に、やっとビザが下りて、4回行った。42年前、「よど号」をハイジャックして北朝鮮に渡った赤軍派の人たちと話し合った。
 彼らは望郷の念、やみがたく、日本に帰りたいという。何年、刑務所に入ってもいいから帰りたいという。「じゃ、その前に本を作りましょうよ」と僕は提案した。日本に帰ったら、すぐに逮捕され、ゆっくり話も聞けない。だから、編集者、記者、カメラマンを連れてきますよ。思いのたけを話して下さい。ハイジャック事件のこと。さらに、ヨーロッパで日本人留学生を誘拐し、北朝鮮に拉致してきたという疑惑をかけられている。「それはデッチ上げだ。我々は関係ない」と、よど号グループは言う。僕も、彼らはやってないと思う。ではなぜそんな疑いがかけられたのか、その点も聞いてみたい。
 又、彼らは、42年間、北朝鮮で何をしていたのか。何を思って42年間、生きてきたのか。又、結婚し、子供もいる。その子供達には、自ら手製の「教科書」で教えてきた。「美しい、素晴らしい祖国日本」について教えて来た。「愛国教育」だ。そのことも詳しく聞いてみたい。
 さらに、42年間、ずっと北朝鮮にいたわけではない。ロシア、東欧にも頻繁に行き、リビアにも行っている。「世界の反戦運動と連帯するために行った」と言ってるが、その実態がよく分からない。よく分からないから、「日本人留学生拉致」の疑惑も出てくる。その辺のことも、じっくり聞いてみたい。そのために訪朝を計画したのに、計画した僕は行けない。僕が声をかけた編集者、記者、カメラマンは、「仕方ないから、僕らだけで行きます」。
 今回の訪朝には、他にサプライズがある。連合赤軍事件に参加し、27年間獄中にいて今は静岡でスナックをやっている植垣康博さんも行ったのだ。「こんな前科のある人は無理だろう」と思われていたが、すんなりとビザが下りた。「よど号」赤軍派と連合赤軍の再会だ。感動的なシーンになるだろう。そして、何を語るのか。それも活字にして、本に入れたらいい。その場面に僕は立ち会えなかった。残念だ。そして炎天下、歩いている。
 7月19日(木)、訪朝団は帰ってきた。「よど号」の話はじっくり聞いてきたようだ。赤軍派と連合赤軍の歴史的再会の記録もとったという。ほとんどの人が初めての訪朝なので、観光もしたという。金日成主席の生家。金日成主席、金正日総書記の銅像…などを見た。「ジェットコースターにも乗りました」と喜んでいた。北朝鮮には、いくつも遊園地がある。そこには、ジェットコースターや、上から急降下する「絶叫マシーン」がある。世界一スリリングな国で、スリリングなジェットコースターに乗る。なかなか出来ない体験だ。じゃ、それも本に入れたらいいだろう。
 そうだ。8月4日(土)の午後1時から、阿佐ヶ谷ロフトで、僕の「生誕100年記念イベント」をやる。四捨五入したら100歳だから、そんなアバウトな生誕祭だ。森達也さん、斎藤貴男さんも来てくれる。一緒にトークをする。そして、訪朝団の報告もある。ビデオを長時間とってきたカメラマンがいるので、当日、上映してくれる。新しい北朝鮮の様子。「よど号」赤軍派と連合赤軍の感動の再会。スリリングな国でのスリリングなジェットコースター体験…と。興味深い映像が見られるでしょう。ぜひ、いらして下さい。

 

  

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第104回 北朝鮮に行かずに17万人デモに出た!」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    あちこちのデモへ、そして北朝鮮へと、
    飛び回り続ける鈴木さん。
    今回は北朝鮮には(なぜか)行けなかったようですが、
    現地の様子は8月のイベントでたっぷりと?
    ちなみに「第3回」生誕100周年祭、なんだそうです。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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