森永卓郎の戦争と平和講座

安倍政権が絶好調だ。内閣支持率は7割を超え、参議院選挙後まで封印する予定だった憲法改定を明確に打ち出すようになった。次期参議院選挙では憲法改正の発議に必要な3分の2を、改定に賛同する自民党、日本維新の会、みんなの党の3党で獲得するのはむずかしいのではないかという見方もある。
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 確かに参議院で改憲派が3分の2を確保するためには、改選される121議席のうち99議席を3党で確保しなければならない。しかし、私は参院選後に96条改定が行われてしまう可能性はかなり高いと考えている。まず、与党から転落するのを恐れる公明党が賛成に回る可能性がある。そして、仮に公明党が護憲で頑張ったとしても、改憲に前向きとみられる民主党の前原グループや野田グループが党を離脱して、賛成に回るだろう。

 そうなったら、憲法の全面改定に向けた動きが一気に加速していく。憲法が改定されたら、日本がどのような国になるのかは、自民党の憲法草案をみれば明らかだ。
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 憲法9条を改定し自衛隊を国防軍にする。そして、侵略戦争は放棄するが、自衛のための戦争はやる。これが自民党改憲案の基本的な理念だ。だが、自民党憲法草案に書かれている日本改造は、それだけにとどまらない。まずは、憲法21条の改定だ。草案では、21条の「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する」という現行規定の後に、「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない」という項目を加えている。戦後日本の一番素晴らしかったことは、表現の自由があったということだ。私のように政府批判を繰り返していても、出版が差し止められたり、逮捕されたり、拷問を受けたりすることは一切なかった。しかし、自民党憲法草案によれば、表現の自由が認められるのは、「公益及び公の秩序」を守る場合だけになる。それでは、公の秩序とは何か。秩序というのは自然に存在するものではない。人為的に作られるものだ。秩序を作るのは権力だ。つまり、公の秩序を乱さない表現の自由というのは、権力を批判しないという条件付きでの表現の自由ということになるのだ。
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 公の秩序優先は、表現の自由にとどまらない。自民党憲法草案第十二条には、こう書かれている。「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」。公の秩序は、人権より優先されるのだ。
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 さらに憲法草案では、第9条5項で、「国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない」との規定を新たに設けている。軍事裁判所の創設だ。なぜ通常の裁判制度の他に軍事裁判所を作らないといけないのかと言えば、軍人が犯罪行為を行ったときに、それを隠蔽し、あるいは刑を軽減するためだ。司法の枠組みの外で、仲間内だけの論理で司法を支配し、軍によるやりたい放題を可能にするための道具が軍事裁判所なのだ。もちろん国防軍の最高指揮官は内閣総理大臣だ。

 もし、自民党の憲法草案がこのままの形で成立すれば、日本は治安維持法の暗黒時代に逆戻りしてしまう。

 大部分の国民は、そんな日本を作ることを望んではいないだろう。しかし、いまそうなる可能性が極めて高くなっているのだ。

 なぜ、こんなことになってしまったのか。わずか3年半前にはリベラル勢力の民主党が政権を獲得し、明るい未来を多くの国民が確信していたのだ。それが、見事にひっくり返ってしまったのは、民主党政権時代にもたらされた経済不振であり、いまの安倍政権の圧倒的支持をもたらしているのも、深刻な不況からの脱却なのだ。
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 私は民主党政権の最大の誤りは、財政出動や金融緩和を否定した経済政策にあると考えている。世間で「アベノミクス」と呼ばれている財政出動や金融緩和は、景気対策として大学一年生がマクロ経済学で真っ先に学ぶごく普通の経済政策だし、先進国が100年近く使い続けてきたオーソドックスな不況対策だった。

 それを日銀や財務省が流布したオカルト経済学に惑わされて否定してしまったことが、民主党政権の最大の失敗だったのだ。ところが、民主党は、いまに至ってもそれを全く反省していない。社民党や日本共産党も同じだ。

 衣食足りて礼節を知る。貧すれば鈍する。国民がまともな生活ができるということが、冷静な判断をするために、もっとも重要なことなのだ。いまからでは遅いが、それでもやらないよりずっといい。リベラル勢力は、自分たちの唱えてきたマクロ経済政策の過ちを素直に認め、そのうえで拡大し始めた経済成長の成果が庶民に分配されるようなミクロ政策を打ち出していくべきだろう。時間はない。早くしないと、発言することが許されない軍事政権が誕生してしまうからだ。

 

  

※コメントは承認制です。
第59回日本は軍事政権が支配する国になる」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    ほんの少し前までなら、
    「そんなことあるわけない」と笑い飛ばせたかもしれない、
    日本の「軍事政権」化。
    それが今、恐ろしいくらいの現実感を持って迫ってきています。
    森永さんの言うとおり「時間はない」。
    私たちは、どうする?

  2. 匿名希望 より:

    一番怖いのは、日本のリベラルが現実的な防衛政策を考えてないことでしょう。
    台湾では、リベラルな民進党政権時代、最も急進リベラルと言われた游錫堃行政院長がこう言っています。
    「中国に台湾を侵略させないためには、恐怖の均衡が必要である」
    そういって、軍が中国を攻撃できる巡航ミサイルを開発するのを支持したんです。
    そして、アメリカのオバマ大統領も上院議員時代、最も急進的なリベラルと言われ、
    大統領就任後はアメリカ大統領として、核兵器廃絶が目標だと宣言。
    しかし、核兵器廃絶のために、空軍に一撃必殺の秘密兵器「通常型即時グローバルストライク」させてますよね。
    本当に軍事政権、軍国主義が嫌なら、中国や北朝鮮から日本、日本国民をどう守るか考えないとダメ。
    少なくとも外交や国防について言えば、日本のリベラルは不真面目な人が多いと思います。

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森永卓郎

もりなが たくろう:経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

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