柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 第五福竜丸事件の「3・1」から60年、東京大空襲の「3・10」から69年、東日本大震災の「3・11」から3年。今年の3月は、各メディアともひときわ大きく、それぞれの日にその事件を振り返る報道を展開した。3つの事件に重なり合う部分があることと、歴史の検証がメディアの大事な役割であることが強く認識されたからであろう。
 静岡県焼津市の漁船「第五福竜丸」が南太平洋で米国の水爆実験の死の灰を浴びた事件は、読売新聞の特ダネだったことはよく知られている。日本発のニュースが世界中に衝撃を与えたという点で、日本の報道史上「戦後最大のスクープだった」といっても過言ではない。
 今年は60周年ということもあって読売新聞は、そのスクープの生まれた経緯からその後の波紋、さらには最近のマーシャル諸島の現況まで連載の形にして大きく報じた。日本の原水爆禁止運動は、この第五福竜丸事件をきっかけに生まれ、世界に広がっていったのである。ヒロシマ・ナガサキからではないのだ。
 一方、第五福竜丸が死の灰を浴びた奇しくも同じ日に、国会で初の原子力予算2億3500万円が通り、日本の原子力開発が始まったのである。そして初代の原子力委員長は、読売新聞社主の正力松太郎氏で、原子力の父と呼ばれた。
 当時の国民は、核技術の「軍事利用は悪、平和利用は善」と割り切って、その同時スタートを不思議とも何とも思っていなかったようだが、読売新聞はその両方のスタートに深くかかわっていたわけである。
 福島原発事故のあと、原発をめぐる新聞論調の二極分化が起こり、いま読売新聞は推進派の先頭に立っているが、エネルギー政策論からならともかく、原子力を放棄してはならない理由として「潜在的な核抑止力のために」と社説で堂々と主張するのだから驚く。
 せめて第五福竜丸事件をスクープして原水禁運動を立ち上げた新聞社としての原点に立ち戻って、核廃絶の主張だけはしっかりと持ち続けてもらいたいものだ。
 3・10東京大空襲に関連する報道が今年目立った理由は、安倍政権が「戦前の日本」に戻そうとしていることに対する警鐘の意味合いも多少あるのではなかろうか。
 東京大空襲は、最初から計画的に無辜の市民の大量虐殺を狙った戦略爆撃で、指揮を執ったルメイ司令官が「戦争に負けていたら戦争犯罪に問われていただろう」と語ったといわれる、一夜にして10万人の命を奪った惨劇である。
 どのメディアもさまざまな工夫を凝らして報道していたが、とくにNHKが力を入れていたように感じた。3月10日前後のニュースや報道番組もよかったが、なかでも15日夜のゴールデンタイムにNHKスペシャルとして放映されたドラマ「東京が戦場になった日」はなかなかのものだった。
 ドラマとはいえ、ルメイ司令官の言葉も織り込んで、戦争犯罪の実態を赤裸々に描き出していた。NHKは朝の連ドラ「ごちそうさん」でも戦時中の姿を生々しく伝えており、戦争を知らない世代への立派な教材になっている。
 恐らく、従軍慰安婦問題や南京大虐殺なんてなかったと主張するような会長や経営委員が次々と送り込まれてきたNHKの現場が、いっそう力を込めて戦争や歴史の実相を伝えようとしているのかもしれない。
 3・10にはもう一つ、フィリピンのルバング島のジャングルの中で、終戦後30年近くもたった一人で戦争を続けていた小野田寛郎少尉が「投降」したのが40年前のこの日なのだ。小野田氏は今年1月に91歳で亡くなったこともあって、この日にちなんで朝日新聞などが特集記事を組んでいた。これも「戦争の不条理や悲惨さ」を示す歴史の一つだろう。
 3・11報道は、3年目とあって各メディアの競作となり、あふれかえるような量だった。そのすべてに目を通したわけではないが、全体の印象は、被災者に寄り添ったというか、情緒的な報道が多かったような感じである。3年目の総括として、思わずハッとするような斬新な視点からの分析や論評はあまり目に留まらなかった。
 そうしたなかでは、朝日新聞の一面に載った仙台総局長の「東北を『植民地』にするな」という指摘に「なるほど」と思わせるものがあった。原発事故とからめて福島と沖縄の類似性を論じた視点は前にもあったが、津波の被災地を含めて東北全域が東京の『植民地』のような扱いを受けている、というのである。
 沖縄問題などで日本の主要メディアの論評は「東京の目線」が強すぎるとしばしば批判されるが、日本は中央集権がひどすぎる国だけに、メディアまでそうならないよう心したいものである。

ロシアのクリミヤ併合で、世界はどう動く?

 国際ニュースでは、ウクライナの政変で親欧州派の政権が生まれたことで、ロシアがウクライナ南部のクリミヤ半島を併合するという大事件が起こった。クリミヤ半島にはロシアの海軍基地があり、もともとロシア系住民の多いところだが、住民投票でロシアへの帰属を求めてロシアがそれに応ずる形で編入しようとしているのだ。
 クリミヤ半島といえば、作家のトルストイや看護婦のナイチンゲールが参戦した19世紀のクリミヤ戦争や、第2次世界大戦の末期にソ連の対日参戦を求める秘密協定の結ばれたヤルタ会談など、戦争がらみの歴史の数々が思い浮かぶ。
 また、東西対決の時代に東側で民主化を求めた国にソ連が軍隊を送り込んで踏みにじったハンガリー事件や「プラハの春」なども、頭の片隅をよぎった。
 そんな場所だけに、すわ戦争か、とメディアも連日、大きく報じて危機感が広がったが、どうやら武力衝突には発展せずに推移しそうである。ロシアは、ロシア系住民の保護を大義名分として軍事介入の構えを見せていたが、国際世論を意識してか、公然と軍隊を送り込むことは思いとどまったようだ。
 一方、欧米諸国は、ウクライナの憲法にも違反し、国連憲章にも反すると激しくロシアを非難しているが、具体的には打つ手もなく、形だけのような制裁措置をとりながら推移を見守っている。
 曲がりなりにも武力衝突がなかったことはよかったが、「住民の意向で国の帰属が変えられる」ということになったら国際的な波紋は極めて大きいだろう。中国のチベットなどはどうなるのだろうか。もちろん中国政府は住民投票など許さないだろうが…。
 メディアの論評には「また冷戦時代に戻るのか」といった解説が多かったが、新聞の時事川柳に「ロシアはソ連化、日本は戦前化」とあったのを見て「うまいなあ!」と感嘆してしまった。
 ウクライナのなかのクリミヤの位置づけとして「日本のなかの沖縄のようなもの」との解説を見て、「沖縄も住民投票で日本から独立したいと表明したら、政府の態度も少しは変わるかもしれない」といった連想まで広がった。
 そんななかで毎日新聞に載った元外務省主任分析官の作家・評論家、佐藤優氏の北方領土にからめての解説には、思わず「うーん」とうなってしまった。佐藤氏は、クリミヤのロシア併合が国際的に認められたら、北方領土が日本に帰ってきても住民が不満を訴えたら「ロシア系住民の保護」の名目でロシアに取り返されてしまう恐れがある、というのだ。
 国際問題の報道には、メディアは、ときには大胆な比喩なども用いてさまざまな見方を示してもらいたいものである。

夢と消えたか? STAP細胞

 このほか今月のニュースで触れないわけにはいかないのは、理化学研究所の小保方晴子さんをリーダーとするSTAP細胞の成果が、本当なのかどうか怪しくなったことである。
 これまでにも韓国でノーベル賞確実といわれていたES細胞の研究者がデータを捏造していたことが分かった事件などいろいろあるが、今回は日本を代表する研究所の理研が全面的にバックアップし、論文の執筆者に14人もの名前が並ぶ成果だっただけに、もしこれが撤回されることになったら、日本の科学研究への影響は計り知れないものがあろう。
 なにしろ「割烹着のリケジョがノーベル賞ものの大発見」と日本中のメディアが大騒ぎをしてから僅か1か月余りしか経っていないため、「メディアの騒ぎすぎではなかったか」という批判も渦巻いたが、このメディア批判は酷なのではあるまいか。
 割烹着とかピンク色の研究室とか理研の広報戦略の巧みさにメディアがまんまと乗せられたことが責められるなら、甘んじて受けるほかないが、メディアがあの発表の内容をその場で疑えというのはとても無理な要求である。
 メディアとしては、今後、理研の調査結果を注意深く見守ることと同時に、科学研究にすぐに成果を期待しすぎる日本の研究機関や予算の配分方式の仕方にこそ批判の目を向けていくことが大事だろう。
 基礎科学の研究には、成果が何年後かにやっと検証されるケースも珍しくはなく、一見ムダのように見える研究にも十分な配慮が必要なのである。

 

  

※コメントは承認制です。
第64回 「3・1」「3・10」「3・11」報道から見えてくるもの」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    第五福竜丸事件、東京大空襲、そして東日本大震災。どれも「過去の出来事」と片付けていい問題ではありません。特に、そこからの教訓をまったく生かしていない――どころか、逆行する方向に行こうとしているようにも見える今の政治を思えば、何度振り返って検証しなおしても足りない、気がします。

  2. ピースメーカー より:

    >ウクライナのなかのクリミヤの位置づけとして「日本のなかの沖縄のようなもの」との
    >解説を見て、「沖縄も住民投票で日本から独立したいと表明したら、政府の態度も
    >少しは変わるかもしれない」といった連想まで広がった。
    :
    > 国際問題の報道には、メディアは、ときには大胆な比喩なども用いてさまざまな
    >見方を示してもらいたいものである。
    :
    もし沖縄が独立したら、今回のロシアにとってのクリミアと同様に地政学的に極めて重要な位置にある以上、中国に奪取されるでしょうし、その場合には奄美諸島を挟んで日本や米国との軍事的緊張が激しくなるでしょう。
    しかし、仮に何か「魔法」のような手段で軍事力を一切用いずに中国とも米国とも対等な独立を保持できるのでしたら、その「魔法」は日本こそが用いて憲法の平和主義を準則とした平和国家になるべきであり、その場合には沖縄が独立するメリットなどは一切無くなるでしょう。 とはいえ今回のロシアのクリミヤ併合はそんな夢想をする余裕もない程の、マキアヴェッリの思想に準則的な事件であり、世界の野蛮化の先鞭を着けるかもしれません。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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