柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 日本は三権分立の国だったはずである。司法、立法、行政が互いにチェックし合って健全さを保つという仕組みであると、中学校で習ったことをずっと信じてきた。もちろんその後、三権とはいっても行政の力が強すぎて司法や立法のチェックが弱すぎると感じたことは何度もあったが、それでも三権分立の建前は維持されていると思ってきた。
 それが、7月14日の沖縄密約の情報公開を求めた訴訟に対する最高裁判決を見て、「日本は三権分立の国ではないな」と感じ、やや大げさな表現をすれば「日本人であることが恥ずかしい」ような感慨さえ覚えたのである。
 沖縄密約訴訟というのは、沖縄返還時に日米両国の間で秘かに結ばれた密約についての裁判。日本政府は「そんなものはない」と言い続けていたが、米国から公文書が出てきたことや密約にサインした元外務省欧米局長、吉野文六氏の証言などもあって、明るみに出た。
 そこで学者やジャーナリスト27人が原告となって「密約の文書を公開せよ」という訴訟を起こし、一審の東京地裁では原告側の全面勝訴の判決を得た。
 ところが、二審の東京高裁で、「文書はあったはずだが、捨ててしまったらしい。ないものは出せないから」と一審判決を取消す原告敗訴の判決を下した。そこで原告側が上告したのに対して、最高裁が上告棄却の判決を下し、原告の敗訴が確定したのである。
 しかも、文書があるのかどうかは原告側が立証しなければならないというのだから、あきれてものも言えないような判決なのだ。
 最初に誤解がないように断っておくと、私はこの訴訟の原告代表に名を連ねている。原告の一人が敗訴に腹を立てて文句を言っていると思われたら、説得力がなくなるので、そのことを頭に入れて、以下の解説を読んでほしい。
 私が原告団に加わったのは、政府が国民に内緒で密約を結んだ時、それが国民のためにならないものなら暴くのがメディアの使命であり、まして、それが何年経っても明るみに出ないのでは歴史の検証さえできなくなる、という危機感を抱いたからだ。
 一審判決は、米国の公文書や吉野氏の法廷での証言などから、文書は確かにあったはずと認定して、政府に公開するよう命じた極めて常識的なものだった。それが二審では、文書の性格から特別の場所に保管されていた可能性が高く、廃棄したとしても政府の高官が関わっていたに違いないというところまで認定していながら、「ないものは仕方がない」という判決だったのである。
 その二審判決から今度の最高裁判決までざっと2年半の歳月が流れた。一般に、最高裁で「ただ上告棄却」となるだけなら2年半もかかるケースはめったになく、たとえ判決はひっくり返らなくとも、「政府は、廃棄したのなら、いつ、だれが命じたのかを明示しなさい」くらいのことは言ってくれるのではないかと原告団では期待していたのである。
 ところが、それどころではなく、「公開を請求するなら文書があるということを原告側が立証しなさい」というのだから驚く。政府がこっそり捨てたかもしれないものを、捨てていないと国民が立証できるわけがないではないか。
 一般に民事訴訟では、原告側が立証責任を負うことになっているが、情報公開を求める文書の存在まで原告側に立証を求めたら、情報公開制度は、実質的にないも同然になってしまう。政府が「そんな文書はない。あるというなら証明してみろ」といえば済んでしまうからだ。
 つまり最高裁は、政府の「文書がないから公開できない」という言い分をそのまま認めてしまったわけで、行政に対するチェックの姿勢をまったく放棄したことになる。
 それだけではない。米国をはじめ先進諸国では25年とか30年とか年限を決めて、秘密だった文書も公開する制度を持っているのに、日本はこっそり捨ててしまって「ないものはない」で済んでしまうのだ。それでは歴史の検証はできない。日本は、とても文明国とはいえない国になってしまったのである。
 しかも、この重大な意味を持つ最高裁の判決が、裁判官4人の全員一致の決定なのである。最高裁の判決では、難しい問題ではしばしば「少数意見」という判決の主文とは異なる意見が付けられることが珍しくないが、これには少数意見さえ出なかったのだ。
 最高裁に勤めたこともある裁判官出身の瀬木比呂志氏(現在、明治大学教授)が書いた『絶望の裁判所』(講談社現代新書)という書物がある。日本の裁判官がいかにダメになっているかを内部告発した本だ。それを読んでそんなにひどいのかと半信半疑だったが、今回の判決をみてなるほどと納得した。
 この最高裁判決について、メディアはどこも批判的な論評を掲げた。しかし、この判決に関わる密約の事実は、米国の公文書などからすでに明らかになっているものばかりなので、どのメディアも「昔の話だ」と、それほど重大視はしていないような印象だった。
 しかし、冒頭に記したように、司法による行政のチェックを放棄してしまったかのような、日本の三権分立が崩れてしまうような重要な部分があり、日本が近代国家である資格がなくなるかもしれない内容をはらんでいることをメディアはもっと重視すべきなのではないか。
 特定秘密保護法が制定され、国民の知る権利が脅かされているときだけに、メディアのチェック機能はもっと研ぎ澄まされる必要があろう。

滋賀県知事選、「卒原発」派が勝利、
11月の沖縄知事選が最大のヤマに

 福島事故後、原発訴訟に対する初の判決として、福井地裁が「大飯原発の運転差し止め」の判決を出し、まだ一審ではあるが、司法の姿勢も変わったのかな、という期待を抱かせた矢先、今度は原発をなくしていくべきかどうか、を最大の争点として争われた滋賀県知事選で、「卒原発」派の候補が予想を覆して勝利した。
 事前の各種調査では、自民党と公明党が推す小鑓隆史氏が断然有利な状況にあったが、投票の結果は、前民主党衆院議員で嘉田由紀子滋賀県知事らが推す無所属の三日月大造氏が1万票以上の差をつけて勝利した。
 滋賀県は原発が林立する福井県に隣接し、30キロ圏内にも広がる「原発周辺地域」であり、嘉田知事も「卒原発」を掲げて国政にも乗り出した人である。三日月氏も、選挙中から電力会社に対して地元自治体並みの安全協定の締結を求めており、三日月氏の勝利で原発立地の「地元」の範囲をめぐる議論が再燃するかもしれないといわれている。
 また、三日月氏の勝利には、原発問題だけでなく、直前にあった安倍政権による集団的自衛権の行使を容認する閣議決定に対する批判が影響したという見方も出ている。とくに、集団的自衛権の行使に反対していた公明党が、自民党の説得に屈したことに対して、公明党支持層の反発は大きく、公明党支持層が投票に行かなかったことが滋賀県知事選の勝敗を左右した原因の一つだという出口調査の分析なども報じられている。
 そうだとすれば、滋賀知事選は、安倍首相がいま、がむしゃらに進めようとしている路線に対する国民の「待った」の声の具体的な表れだともみられよう。
 11月には福島県知事選、沖縄県知事選がある。なかでも沖縄県知事選は、普天間基地の辺野古移転の是非が争点となる選挙で、安倍政権の今後を占う最大のヤマだといっても過言ではない。
 沖縄県知事選は、現職の仲井真弘多知事と翁長雄志・那覇市長の保守同士の一騎打ちになりそうな気配だ。翁長氏は元自民党県連幹事長として仲井真知事の再選を支えた人だが、仲井真知事が辺野古の埋め立て承認へと変節したことから袂を分かち、野党の各党も翁長氏支持に一本化するようだ。
 沖縄県民の民意は、沖縄にこれ以上さらに新たな米軍基地を造ることには反対の意見が多く、公明党県連の意向も仲井真氏支持に難色を示しており、仲井真氏が3選できるかどうかは予断を許さない。
 辺野古を抱える名護市の市長選につづき、知事選でも反対派が勝利すれば、辺野古移転は事実上不可能となるので、安倍政権も自民党もあらゆる手段を使って仲井真氏の3選に全力を投入するだろうから、激しい選挙戦になりそうだ。

マレーシア航空機の撃墜事件、
ガザ地区へのイスラエル軍の侵攻

 今月のニュースとしては、乗客・乗員298人を乗せたマレーシア航空機がウクライナ東部上空でミサイルにより撃墜された事件を取り上げないわけにはいかない。ウクライナ東部では、ウクライナ軍と親ロシア派の武装集団が武力紛争を展開しており、どちらが撃ち落としたのか、最初は互いに相手側だと主張していたが、時間が経つにしたがって、親ロシア派のミサイルだという疑いが濃くなってきた。
 マレーシア機が墜落した場所は、親ロシア派の武装集団が実効支配しているところなので、遺体の収容作業やフライトレコーダーやボイスレコーダーの捜索活動なども難航したが、ようやくフライトレコーダーなどはマレーシア政府に、収容された遺体は最も死者の多かったオランダに送られて、それぞれ調査が行われている。
 最終的な結論が出るまでにはなお時間がかかりそうだが、どうやら撃墜したのは、ロシアが親ロシア派武装集団に供与した地対空ミサイル「ブーク」だったようで、世界中から批判の目を浴びてロシアが苦境に立たされつつある。
 民間航空機の撃墜事件といえば思い出すのは、1983年にサハリン上空でソ連の戦闘機が乗客・乗員269人を乗せた大韓航空機を撃墜した事件だ。このときもフライトレコーダーなどの争奪戦が展開されたが、ソ連側が秘かに手に入れていたことがあとで分かった。
 マレーシア航空機と言えば、先にインド洋の南方で行方不明になったまま残骸さえ見つかっていない事件があり、ナゾの事件になったままになっている。乗客・乗員239人を乗せた航空機がまるごと姿を消して、墜落した場所さえ分かっていない事件なんて、かつてあっただろうか。
 ところで、マレーシア航空機撃墜事件の陰に隠れた形で、世界の注目からややそらされた感じだが、イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザヘの侵攻で、子どもを含む一般市民たちの死者が1000人を超えたという悲劇にも心が痛む。
 これもイスラム過激派組織ハマスとイスラエルとの武力紛争のとばっちりという形ではある。もともと武力紛争に正義などあるはずはないが、今回の「ガザの悲劇」は、正規の軍隊が一般市民の生活している場に侵攻して虐殺を繰り返しているのだから、どちらがより悪いのかははっきりしている。
 国際社会の力でやめさせることができないものかとつくづく思うが、米国が常にイスラエルを支持しているため、米国が言わないと止められないという状況は今回も変わらない。
 マレーシア航空機撃墜事件で米国がロシアに求めているような姿勢でイスラエルに忠告すれば、悲劇は止められるはずだ。中東紛争で米国がいつも同じ態度をとって悲劇が繰り返されていれば、それはいつか、米国にも跳ね返ってくるに違いない。
 米国の同盟国として、日本が強く米国へ忠告すべきではないか。

 

  

※コメントは承認制です。
第68回 日本は三権分立の国か?情報公開めぐる最高裁判決で思う」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    マレーシア機墜落事件、パレスチナへのイスラエル侵攻と、世界はいったいどうなってしまうんだろう? との思いを抱かされる大事件が続いた7月。特に後者は、現政権がイスラエルとの経済関係を強化し、武器輸出などを進めようとしている状況を思えば、まったく「よその国」のできごとではありません。先日国連人権理事会がイスラエルに対する非難決議を採択した際にも、日本は(唯一の反対票を投じた米国を慮ってか)棄権票を投じました。
    そして、11月に知事選を控えた沖縄では、政府が名護市辺野古への基地建設工事を、「闇に乗じて」強行。反対する住民たちが、抵抗を続けています。今週スタートの三上智恵さんのコラムも、あわせてぜひお読みください。

  2. ピースメーカー より:

    >マレーシア航空機撃墜事件で米国がロシアに求めているような姿勢でイスラエルに忠告
    >すれば、悲劇は止められるはずだ。

     いえ、嘘ですね。
     もし、米国がイスラエルに忠告したとしてもイスラエルは聞き入れないし、それが分かっているから敗戦国で暗黙の国際的地位が歴然とした同盟国である日本が仮に強く忠告したとしても、その忠告を聞き入れることはありえません。
     同じく敗戦国であるドイツやイタリアを有するEUは日本と比べて基本的には多少は米国とマシなやりとりができるかもしれませんが、同じくイスラエルが米国の忠告を聞き入れることはないことは理解していると共に、かつてホロコーストによってユダヤ人の絶滅をヨーロッパ全体で実行した過去を「反省」し、現在ではホロコーストを否定する発言をするEU諸国内の国民を厳罰に処する(事で日本のラディカルな反ヘイト運動家が理想とする)ほどの「反省」をしているEUは、逆説的に言えば、イスラエルが生存権確保の為に実行する行為の全てを黙認している(が故に、イスラエルに対する非難決議を採択した際にも、日本と同様に棄権票を投じた)為、米国に対して、あるいは独自にイスラエルに対して忠告をすることはありません。
     現状を考えるならば、基本的にはパレスチナのユダヤ人とアラブ人との勝負が決まり、一方がもう一方に対して相応の謝罪や賠償(これらは望み薄)、や領土などの権利(これは基本的)を勝ち取るまで、悲劇は続くでしょう。

     さて、マキアヴェッリが生きていたら第一の研究対象としていたであろうイスラエルの国民は、ホロコーストという民族的トラウマを抱えているとともに、中東全体からすればユダヤ人は圧倒的なマイノリティであり、したがって単純な死傷者数ではアラブ人と非対称であっても、人種的な比率的には「犠牲率」は拮抗し、ユダヤ人に攻撃されて憎悪を募らせるアラブ人と、アラブ人のテロリストに攻撃されて恐怖心と憎悪を募らせるユダヤ人は拮抗しているといえるでしょう。
     勿論、パレスチナのアラブ人もイスラエル建国以降の数々の戦争や戦闘行為により犠牲者を出し続け、被害者やその遺族はユダヤ人に恐怖心の憎悪を募らせ、双方は「憎悪の連鎖」に陥っているのです。
     そして、イスラエルは「全世界に同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回して戦ってでも生き残る」ということを国是にしているそうです。
     仮に、100歩譲って仮に米国がイスラエルに国交断絶を覚悟してまで「強い忠告」をしたとします。
     その場合、イスラエルが米国を捨てて、ロシアや中国と手を結ばないとは誰が言いきれるでしょうか?
     もし、歴史的なしがらみがほとんどないイスラエルと中国が手を結び、今まで通りパレスチナで悲劇を起こし続けていたとしたら、とりわけ今までイスラエルを通じて米国、日本批判をしていた平和主義を貴ぶ知識人の多くは、これまで通り、イスラエルを批判し続けることができるのでしょうか?
     独善的な見方で「どちらがより悪い」というのを断定し、一方のみを制裁し断罪すれば「憎悪の連鎖」は消滅すると考えている人権活動家や平和主義者では、パレスチナで「あいつらが悪い!」と憎悪を抱き続けるユダヤ人やアラブ人とメンタリティが同じであり、「憎悪の連鎖」を止めるどころか、ますます悪化させるだけでしょう。

     とはいえ、長々と書きましたが問題解決は極めてシンプルです。
     双方の「生存権」を認め、双方が双方を尊重する環境を創り出すことが唯一無二の解決法です。
     もし、日本が「平和主義国家」として当該の問題を解決するのならば、米国という存在に依存するのではなく、国際社会の力を使うにしても主体的にその力のハンドルを握り、双方の信頼醸成を如何にして達成するかを考えらえる知性と実行力が日本の平和主義者には必要でしょう……、という本質は、柴田鉄治さんもマガジン9を愛読されている多くの方々も、とっくの昔に気付いているのではないのでしょうか?

  3. hiroshi より:

    特定秘密保護法の強行採決、集団的自衛権行使容認(解釈改憲)の閣議決定等<日本が近代国家である資格がなくなるかもしれない>事が続いている様に思います。
    まずは出来る事からやっていこうと思いました。
    【パブコメ】「特定秘密の保護に関する法律施行令(案)」に対する意見募集の実施について
    http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=060072401&Mode=0 … …
    【秘密法関連のパブコメ】
    「特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し統一的な運用を
    図るための基準(仮称)(案)」に対する意見募集の実施について
    http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=060072402&Mode=0 … …
    【秘密法関連のパブコメ】
    「内閣府本府組織令の一部を改正する政令(案)」に対する意見募集の実施について(特定秘密保護法関連)
    http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=060072403&Mode=0 … …
    秘密保護法の運用基準についての
    パブコメの参考資料】
    http://fujisawa.boy.jp

  4. miya より:

    司法に独立した権力が無いのが問題点だろう。行政と司法が表裏一体で、
    どちらかと言えば、行政のほうが力が強い。法の支配を奨めるべきだな。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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