柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 2015年も間もなく終わろうとしている。この1年を振り返ってみると、今年は「テロと異常気象の年」だったといえようか。テロは、年明けのフランス・パリの新聞社「シャルリー・エブド」襲撃に始まって、日本のジャーナリストら2人の殺害、先月のパリ同時多発テロなどIS(「イスラム国」)がらみのテロが世界中の各地で頻発した。
 一方、異常気象によって、各地で集中豪雨や異常な干ばつなどによる災害が続発し、その被災者も膨大な数に上っている。異常気象は、年々進んでいる地球温暖化によるものだといわれており、地球温暖化の防止策を協議するCOP21(第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議)が今月フランスで開かれたことも、今年を象徴する出来事だといえよう。
 どちらも国家を超えた事柄なのに、対策のほうは相変わらず国家単位にやらざるを得ないところが大きな矛盾で、それだけに有効な防止策がなかなか見つからないという共通点がある。つまり、テロや地球温暖化といった国家を超えた問題が多発したことで、「国家って何だろう?」という疑問を、あらためて浮かび上がらせた年だったといえようか。

ISは国家ではない、空爆下、難民400万人のシリアも?

 イラク戦争が生んだ『鬼っ子』だといわれているISは、いま、イラクとシリアの半分近い地域を勢力下に置いているが、国家の体はなしていない。したがって「国民」が誰かも明確ではなく、ただ、同調者が世界中に広がっているという変な存在なのだ。
 先月のパリ同時多発テロでも明らかなように、フランスやベルギーの国籍を持つ人たちがテロの実施者なのだから、国境警備をいくら厳重にしたところで防げるものではない。そのすぐあと米国で起こった銃の乱射事件も、ISに同調する米国人によるもので、しかも裕福な上流階級だというのだから驚く。
 テロに対して、フランスのオランド大統領が「これは戦争だ」と叫んで、空母まで出して空爆を強化したが、ISは国家ではないのだから「降伏する」はずもなく、逆に空爆下の住民たちの憎悪をかきたてて、ISの同調者を増やしているだけだろう。
 「これは戦争だ」というフランスにしても、「宣戦布告」をしたわけでもなく、また、シリアの領空を勝手に侵犯しているのだから、ひどいものだ。
 ロシアの爆撃機がトルコの領空を17秒間侵犯しただけで撃墜されたのも、ひどい話だ。ひと昔前なら戦争になっていてもおかしくないケースだろう。
 とにかくフランスをはじめ、米国などの有志連合、さらにはロシアまで加わっての空爆によって、どんな地獄絵が生まれているのか、恐らく無差別テロの何倍もの無実の住民が被害にあっているに違いない。空爆下からの報道がないので、想像するほかないが、想像はできよう。
 テロ対空爆という『憎悪の連鎖』を断ち切らない限り、世界の悲劇は止まらない。少なくとも日本が、この憎悪の連鎖に加わることだけは何としても避けたい。年初めの安倍首相の中東歴訪によって2人の日本人が殺されたような『外交の大失敗』だけは繰り返さないよう願うばかりだ。

COP21は「成功だった」といえるのだろうか

 一方の地球温暖化のほうは、パリで開かれていたCOP21が、会期を1日延長して日本時間の12月14日に参加196カ国・地域の全員合意で妥結したことは、まずまずだった。合意ができなかった場合に比べれば、よかったとはいえるが、日本のメディアが総じて「成功だった」というトーンで報じていたのは、それでよかったのだろうか。
 というのは、中国と米国と、2国で世界中の温室効果ガスの40%を排出している国が、早くから排出規制の義務化を避けたいと希望しており、その通りの線でまとまったのだから、いわば努力目標を決めただけで、成功とは言えないのではないかと私は思う。
 もちろん、先進国と途上国との間で意見の隔たりが大きく、決裂の危機もあっただけに、産業革命のときからの気温の上昇を2度以内に抑えることを、さらに1.5度以内に抑える努力目標も合意できたのだから、メディアが「成功」と言いたい気持ちは分からないでもないが…。
 しかし、各国が目標を5年ごとに見直すと決めたことをもって、ほとんどのメディアが「義務化」という見出しをとっていたのは、間違いというか、誤解を招く表記だといえよう。5年ごとに見直すことを『義務化』しただけで、目標値は各国でそれぞれ決めるのだから、強制力は働かないのだ。
 思えば、1997年のCOP3で決まった京都議定書は、先進国だけではあったが、厳しく義務づけをしたものだった。それを、政権が代わってブッシュ米大統領が離脱を宣言しただけでなく、温暖化を疑問視する科学者を集めて「温暖化なんて大した問題ではない」と発表させて、せっかくの京都議定書をぶち壊してしまったのである。
 あれから18年ぶりに温室効果ガスの規制策が成立したわけだが、その間の変化としては、途上国の排出量の急激な増加である。とくに米国を抜いてトップに躍り出た中国の排出量は際立っており、COP21の会期中にも「最悪の大気汚染状況」を示す赤色警戒信号が出たほどである。
 また、京都議定書をまとめあげた日本が、その後、温暖化問題に熱意を失ったかのような状況なのも、気になるところだ。
 空気には国境がないのだから、各国が「国益」を主張していたら解決はしない。少なくとも今回の合意を生かして、今世紀の後半には温室効果ガスの増加分を森林などの吸収によってゼロにする、という目標だけでも実現したいものである。
 京都議定書をぶち壊したのも、イラク戦争を起こしてISという『鬼っ子』を生んだのもブッシュ大統領なのだから、大国の指導者の責任は重大だ。次期大統領選の共和党候補のトップを走っているトランプ氏が「イスラム教徒は入国を認めない」といった過激な主張をしながら支持率が落ちないのだから、不気味である。移民の国、自由の国であるはずのアメリカが心配だ。

政府・与党のメディアへの介入が目立った年

 今年の漢字が「安」と決まった。安保法案の安、安倍首相の安、というなら分かるが、安全・安心の安でないことは確かで、いうならば不安の安だろう。
 安倍首相の『暴走』は、特定秘密保護法の制定から集団的自衛権の行使容認の閣議決定、憲法違反の安保法案の強行採決、と続いたが、その狙いをひと言でいえば、日本を戦前の社会に戻そうということだろう。
 国家と国民との関係が、「お国のために命を捧げよ」の戦前から、戦後の新憲法で国民主権、基本的人権は国家といえども侵してはならない、と逆転したのに、それをもう一度、国家を国民の上位に置きたいと考えているように思えてならないのだ。
 そう考えると、安倍首相の選挙ポスター「日本を、取り戻す。」という標語の意味も分かってくるし、自民党の改憲案をみると、憲法の遵守を政府にではなく国民に義務付けていることにも表れている。
 戦前の日本が国民を戦争へ誘導するために力を入れたのは教育とメディアだった。安保法案によって日本を「戦争のできる国」に変えようとしているせいか、今年は、政府・与党のメディアへの介入が目立った年だった。安倍首相とメディアのトップとの会食が続いているだけでなく、とくに、テレビに対する政府・与党の圧力は、表面化したものだけでも少なくない。
 NHKの「クローズアップ現代」の過剰演出問題やテレビ朝日の「報道ステーション」でのコメンテータ―の発言問題をめぐって、自民党がテレビ局の幹部を呼び出して事情聴取したことは、個別の番組に対してのことだけに極めて異例のことだった。
 また、自民党の若手議員の勉強会で、「マスコミを懲らしめるには広告収入をなくすことが一番」とか「沖縄の新聞をつぶせ」といった発言が飛び交ったのも今年のことだ。
 NHKの「クローズアップ現代」の問題に対しては、放送倫理・番組向上機構(BPO)が厳しい勧告を出したが、同時に、総務相や自民党が注意したり事情聴取したりしたことをも、厳しく批判した。
 そのBPOの政府・与党批判に対しても、安倍首相や高市総務相が反発するなど、政府・与党のかつてないほどの高姿勢が続いている。

意見広告でテレビキャスターを個人攻撃

 政府・与党のメディアへの介入とは別に、TBSの「NEWS23」のメイン・キャスター、岸井成格氏を名指しで攻撃する意見広告を産経新聞と読売新聞が11月14,15日に相次いで載せるという、新たなメディア批判の登場にも驚かされた。
 新聞1ページ大のカラー広告で、大きな目玉の写真と「私達は、違法な報道を見逃しません」という大見出しが躍っている。岸井氏が9月16日の放送で「メディアとしても(安保法案の)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」と発言したのは、放送法第4条の「政治的に中立であること」に違反するというのである。
 放送法の第4条は「政府の言い分だけでなく、反対する意見も報じなさいよ」という主旨の倫理規定だというのが学界の定説であり、それに、テレビキャスターが自分の意見を述べてはいけないなんて、およそナンセンスな主張だから無視すればよいのかもしれないが、意見広告とはいえ新聞1ページ大の名指しの攻撃なのだから、テレビ局や当のキャスターも心穏やかではないだろう。
 読売新聞の全国版、産経新聞の東京・大阪版に載っているのだから、1ページ大のカラー広告といえば巨額の費用も必要だろう。「この意見広告は賛同者の皆様からの寄付により出稿しております」と書かれているが、こんな意見広告にそれほど寄付が集まるものなのかどうか。
 広告の出稿者は「放送法遵守を求める視聴者の会」という新しくつくった組織で、呼びかけ人には、すぎやまこういち氏、渡部昇一氏、小川榮太郞氏といった名前が並んでおり、広告が出たあと、記者会見を開いて「これから署名運動と寄付集めに乗り出す」と発表しているのだから、いい加減な団体ではなさそうだ。
 ただ、「ジャーナリズムの使命は権力の監視にある」ことを考えると、政府に批判的なメディアに目を光らせようという市民運動というのは、そもそもどんなものなのか。さっそく、この意見広告に対して日本ジャーナリスト会議や放送を語る会などから抗議声明が出された。
 安保法案に賛成する小さなデモがあり、NHKや読売新聞が反対のデモと写真をならべて「賛否両方のデモ」と報じているのに違和感があったが、その賛成者のデモのような役割を果たそうというのではあるまいか。

読売新聞の10大ニュース、報道の歪みを象徴して?

 読売新聞は、毎年12月に「今年の10大ニュース」を読者からの投票によって決めており、「日本の10大ニュース」を20日付の朝刊紙面で発表した。1位がノーベル賞に大村、梶田両氏、2位にラグビーのW杯で日本は3勝の歴史的快挙、3位は「イスラム国」が日本人2人を拘束、殺害映像を公開、4位はマイナンバー制度がスタート、5位が関東・東北豪雨、茨城などで8人死亡、となった。
 読売新聞の10大ニュースを、私は毎年注目して見てきたが、読者は明るいニュースを選びがちだという傾向はあるにせよ、それほど違和感のある選択はこれまでなかった。ところが、今年の10大ニュースはどうだろう。私は、まったくおかしいと言わざるを得ない気持である。
 それは、今年の日本国内ニュースの1位は、誰もが「安保法案の強行採決による成立」を挙げると思うからだ。私なら、2位にも、関連ニュースではあるが別建てにして「安保法案への反対運動が盛り上がる」を挙げたい、という思いだ。
 これが、5位までにも入らないとは、どうしたことだろう。やっと6位に「安全保障関連法が成立」が出てくるのだ。それに、もう一つ、10大ニュースに入らないはずのない「辺野古移設巡り、国と沖縄県の対立激化」が、なんと23位なのである。
 この二つの判断ミスは、読売新聞の読者だからこそ起こった間違いだといえよう。読売新聞は、安保法案にも賛成し、また、国と沖縄県の対立にも国側に立って沖縄の民意は無視する立場からの報道を続けてきたため、読者も大ニュースではないような受け止め方をしてしまったのだろう。
 恐らく全国民が投票すれば、こんな結果は出なかったに違いない。報道の『歪み』がこんなところにも表れるのかと思うと、メディアの報道姿勢の大切さがあらためて浮かび上がったといえようか。

軽減税率をめぐる自−公の折衝は出来レース?

 軽減税率をめぐる自民党と公明党の折衝がまとまったのは12月12日で、読売新聞の10大ニュースの「応募の手引き」掲載後だったため、番外編とされたが、今月のニュースとしては連日のように、「生鮮食品に限るべきだ」「いや、加工食品も入れるべきだ」「外食や持ち帰りはどうする?」といった大見出しが躍った。
 自民党と公明党とのそうしたやり取りが連日、報じられるのを見ていて、「前にどこかで見たような」という、いわゆる既視感にとらわれた人も多かったに違いない。昨年、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をする前に、自公の折衝がおこなわれたときとそっくりなのである。
 あのときは、「どこまでもついて行きます下駄の雪だろう」といわれていた公明党が、「いや、下駄の鼻緒になる」というので期待していたら、やっぱり「平和の党ではなく、下駄の雪だった」で終わったのだ。
 しかし、自公の折衝が連日のようにメディアに大きく報じられることによって、慎重な審議がなされているような錯覚を国民に抱かせたのである。
 それと同じことが、軽減税率でも繰り返されたのだ。そもそも軽減税率という言葉自体、税金が下がるかのような錯覚を生むが、実体は現状に据え置くというだけで、軽減するわけではないのである。
 その据え置く対象食品の範囲を「広げよ」という公明党と、「狭めよ」と渋る自民党という対立の構図を描きつづけ、連日のように報道が繰り返されたうえ、最後に自民党が公明党の主張を飲んで決着するという図式をたどった。前の集団的自衛権で公明党が譲ったお返しに、今度は自民党が譲るという形をとって、同時に参院選対策にも利用しようとしたのである。私は、すべて出来レースだったの思うのだが、どうだろうか。
 軽減税率といえば、すべてが決まった最後に新聞にも適用されるということが出てきて、新聞各社はそれを付けたりのように報じた。軽減税率適用の是非とは別に、その報じ方は、新聞に対する信頼感を損じたように思うのだが、その点も読者はどう思われただろうか。
 それはともかく、軽減税率をはじめ最近の政府・与党の打ち出す政策は、すべて参院選目当てのような気がする。財政再建の財源がないと言いながら、来年度の予算案で、またまた国の借金を増やして、ばら撒きをやろうとしているようにも見えるのだ。
 安保法案で急速に落ち込んだ内閣支持率も、このところ持ち直しているようにも見えるのだが、日本国民はそんなに甘くはないと信じたい。沖縄の宜野湾市長選の応援に、政府がディズニーリゾートの誘致をちらつかせるというような、なりふり構わぬ対応にも、そのあとにつづく参院選にも、盛り上がった市民運動の成果として、それなりの結果を示してくれるものと期待している。

 

  

※コメントは承認制です。
第85回 2015年は、テロと異常気象の年、「国家とは何か」を浮き彫りに」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    年明けのパリでの襲撃事件にはじまり、つらいニュースの多い1年でした。そんな中、国内を見回せば、メディアによる政府批判への圧力がじわじわとつつあることに強い危機感を覚えます。それを止めるには、受け手である私たちがきちんと声をあげ、おかしいと思うものにはおかしいと、そしていいと思った報道には応援の声を送っていくこと。来年も引き続き、しっかりとウォッチしていきたいと思います。

  2. オジロワシ より:

    柴田哲治氏の投稿で気になる点が2つ。その1つはCOP21に関する部分で、多くのマスメディア同様、氏は地球温暖化=CO2犯人説の立場に立っているが、その論拠が示されていない。地球は寒冷化に向かっていると唱える学者やCO2犯人説を否定する学者も多数いる中で、世論をミスリードする可能性がある。
    2つ目は、軽減税率問題だ。自公による綱引きが連日報道されたことが世論操作の意味合いを含むものであるとの指摘には賛成だが、そもそも「軽減税率」という言葉を大きく報道したのは、「いま」よりもむしろ野田政権時代の朝日・読売を先頭とする新聞協会(業界)だった。「社会保障と税」「財政再建」を前面に押し立て、消費増税に道を開く世論操作をしつつ、新聞にだけは軽減税率をと叫んでいたのは、氏の出身母体である朝日新聞であるという事実から、故意に目をそらそうとしてはいまいか。増税分が社会保障や財政再建と無縁の使われ方をしようとしていることの責任の一端は、こうしたマスメディアにもある。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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