柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 2017年は、第45代米大統領に就任したトランプ氏が巻き起こした巨大な旋風に、全世界が翻弄されるかのような異常な年明けとなった。選挙戦で米国が分断された状況を、1月20日の就任演説で修復を図るのではないかという米国や日本のメディアの期待感もあっさり覆され、就任演説も「アメリカ第一」と叫び続ける異様な展開となったのだ。
 演説だけではない。就任と同時にTPPから離脱する、移民を受け入れないとする大統領令に署名し、メキシコとの間の巨大な壁の建設作業に着手することを宣言し、日本や中国との貿易で「米国は損をしている。二国間協定で是正する」と名指しで非難するなど、具体的な行動にも移しはじめたのである。
 しかも、それが受けて、史上初めて2万ドルを超えたという株価があと押しをしているのだから、何といったらいいのか。
 とはいえ、就任式に招待された民主党議員の多数が欠席し、式場外ではトランプ大統領の就任に反対する大規模なデモが各地で行われ、200人以上が逮捕されるという騒ぎに発展、こんな就任式は米国史上かつてなかったと報じられている。
 米国メディアとの対立もますます激しさを増している。新大統領の報道官は、180万人は集まったといわれるオバマ大統領の就任式と、その半数にも満たないことが一目瞭然の空撮写真が報じられたことを見ながら「150万人は集まった」と強弁し、「メディアは平気でウソを報じる」と非難したのである。
 こんな報道官で、これからメディアとの間がうまくいくのかどうか、他国のことながら心配になる。
 アメリカの大統領が「アメリカ第一主義」を主張することは、まだ分からないことではない。世界を見渡せば、ロシアのプーチン大統領は「ロシア第一主義」を、中国の習近平主席も「中国第一主義」を主張しており、似たようなものである。
 ところが、アメリカ以外の国で「アメリカ第一」と叫んでいるリーダーが一人いる。日本の安倍首相だ。奇妙に思われるかもしれないが、こう説明したら分かるだろう。
 日米同盟によって日本が他国から侵略されたら米国が助けに来てくれるが、米国の戦争には日本は助けに行かないことになっている。その代わり、日本は、米国のアジア戦略の一環として広大な米軍基地を提供し、他の同盟国の米軍基地とは比較にならないほど多額の費用を出している。
 それでバランスはとれているのに、戦後一貫して集団的自衛権の行使は憲法違反だとしてきた政府見解を閣議決定で引っくり返し、安保法制を強行採決して、米国の戦争に自衛隊を出す道を開いた。まさに「アメリカ第一」の政策で、米国は大喜びだ。
 もう一つ、沖縄もそうだ。人口密集地帯のど真ん中にある普天間基地の返還が決まってから20年経つというのに、いまだに実現していない。軍事的には沖縄に海兵隊の基地がある必要はないといわれているのに、日本政府は県民の猛反対を無視して辺野古に新しい基地をつくろうとしている。
 国土の0.6%の面積しかない沖縄に、米軍基地の74%が集中しているところへ、さらに新しい基地をつくるなんて「アメリカ第一主義」でなければ,所詮無理な話なのである。トランプ大統領も選挙中には「もっとカネを出さなければ米軍を引き揚げる」といっていたのだから、「どうぞ引き揚げてください」といえるような政府ならいいのだが……。
 安保法制にはどの世論調査でも反対が圧倒的に多く、また、沖縄県民の意向も明確なのに、安倍首相の「アメリカ第一主義」に対するメディアの批判は、極めて弱いといわざるを得ない。「ジャーナリズムの使命は権力の監視にある」という原点を、もっと大事にしたいものだ。

「和解と寛容」の精神は韓国には適用しないのか

 安倍首相は昨年末に、オバマ大統領と一緒にハワイの真珠湾を訪れ、「和解と寛容の精神が大事だ」と演説した。この和解と寛容の精神は、アメリカ向けのもので、韓国には適用しないのか。
 というのは、日韓合意でソウルの日本大使館前の少女像について韓国政府が撤去に努力すると約束したのに対し、新たに釜山にも像が出現したことに怒った安倍首相が「日本は10億円も出したのに」という談話を発表。そんな言い方をしていいのかなと思ったら、案の定「日本政府に10億円を返そう!」という声が韓国内に渦巻いた。
 それだけではない。日本政府は駐韓大使を一時帰国させたうえ、1月16日「韓国側に動きがないので帰任を先送りする」と発表した。少女像の撤去は努力目標なのだから、大使の一時帰国でさえ大げさな、と思ったが、このまま動きがなかったら日本政府は大使の帰任をどうするつもりなのか。
 日本は朝鮮半島を35年間にわたり植民地にした加害者の立場である。「足を踏んだ側は踏まれた側の痛みが分からない」という言葉があるが、和解と寛容の精神は、米国に対してより韓国に対してこそ大事にしなくてはならないのではあるまいか。韓国はいま、大統領弾劾の真っただ中にあるのだから、なおさらで配慮が必要だろう。
 安倍外交は、米国とはよくても、近隣の韓国や中国とよくなくては、とても成功とはいえない。日韓が対立すれば米国にとっても困る状況だ。「和解と寛容」の精神は、韓国に対してこそ発揮すべきものだと、メディアも日本政府の寛容の精神のなさを厳しく批判すべきなのではあるまいか。

西日本新聞のスクープをメディアはなぜ追わないのか

 新聞記者にとって元日の1面トップをスクープで飾りたいというのは夢だろう。しかし、今年の元日のトップ記事は、各社とも企画記事ばかりで、その種のスクープは1紙もなかった。これでは新聞の凋落は早まるばかりだと、がっかりしていたところ、1月3日の西日本新聞の1面トップに立派なスクープ記事が載っていると教えてくれた人があった。
 米国では政府の機密文書でも30年経てば公開されることになっているのに対し、日本の外務省が1987年に米政府に対して「核持ち込みの密約など50年代の日米交渉の結果を公開しないでほしい」と要請し、米政府も一部それに応じていたことを、同紙のワシントン特派員が情報自由法に基づく資料請求によって明らかにしたものだ。
 当時の米側の担当官が「米国の情報公開制度が外国からの要請でゆがめられていいのか」と不快感を示したことなども報じられており、日本の外務省の隠蔽体質をあらわにした見事なスクープだった。
 それで思い出すのは、私も原告団の一員に名を連ねていた「沖縄密約情報公開請求訴訟」のことだ。1972年の沖縄返還に絡んで日米間でさまざまな密約が結ばれていたことが、30年経って米国から公文書が公開され、密約を結んだ当時の外務省高官も「私がサインした」と証言までしたのに、日本政府は「そんなものはない」と言い張るので、裁判を起こしたものだ。
 1審では原告側が勝訴したが、高裁、最高裁で引っくり返され、「政府は機密文書を捨ててしまったようだが、ないものは仕方がない」というひどい判決理由で2007年に敗訴が確定してしまった。司法が政府の過ちをチェックもしない、日本は三権分立の国ではないな、と嘆いたものである。
 西日本新聞のスクープは、この沖縄密約問題より20年近くも前の話である。そんな昔から日本政府は米政府に情報公開しないよう要請し、米政府もそれに一部応じていたことは、明らかにニュースだろう。他のメディアはなぜ西日本新聞のスクープを追わなかったのか。他紙のスクープのあと追いはつらいものだが、「抜いた、抜かれた」はメディアの常、抜かれたらあとを追うのがジャーナリストの使命なのである。

高級官僚の天下り、メディアは監視してきたのか

 今月のニュースではもう一つ、文部科学省の高等教育局長が早稲田大学の教授に天下りしたケースが国家公務員法違反に問われ、文部科学省のОBによる天下り斡旋の組織があることや、受け入れ側との口裏合わせや想定問答集まで作られていたことなど、次々と明るみに出て大騒ぎとなった。
 高級官僚の天下りは珍しいことではないが、国家公務員の再就職を監視するため内閣府に置かれた第三者機関、再就職等監視委員会が初めて摘発したものだということで、ひときわ関心を呼んだものだ。
 国会で厳しく追及された安倍首相は「今回、再就職等監視委員会が機能したことが、政府が違法な天下りの防止に力を入れてきた表れだ」と答弁していたが、本当にそうなのだろうか。
 恥ずかしながら、私は再就職等監視委員会なるものの存在をまったく知らなかった。今回報じられたところによると、国家公務員法の改正に伴い、2008年12月に設置されたもので、元裁判官の委員長と大学教授2人、弁護士、元新聞記者の計5人で構成されている。
 5人もの委員を任命して生まれた新組織が8年間もの間、1件の摘発もしていなかったとは、いったい何をしていたのだろう。その間に高級官僚の天下りは、それこそ何百人といただろうに……。
 メディアも、再就職等監視委員会についての『監視』をしていなかったのであろうか。文部科学省の高等教育局長が予算配分先の大学に天下りするのは分かりやすい図式だが、高級官僚の天下りとしては、財務省や経産省の天下りこそもっと問題であることは、誰もが知っていることだ。
 国会中継を見ていて知ったことだが、再就職等監視委員会は、いわゆる内部告発、当事者からの通報がなければなかなか摘発はできない、と答弁していた。そうかもしれないが、メディアの監視の目が働けば、摘発もしやすくなるに違いない。
 メディアも有力官庁の高級官僚の天下り先、一覧表といったものを時々報じるくらいのことはやったらいい。

南極観測60周年、南極条約の素晴らしさを世界に広げよう

 今年は、1957年1月29日に昭和基地が生まれてから60周年になる。それを記念して1月22日に東京・一橋講堂で記念講演会、29日に立川市の国立極地研究所で記念行事が行われた。
 南極大陸は、南極条約によって地球上で唯一の「国境もなければ軍事基地もない」人類の共有財産ともいうべき理想の地である。南極条約をモデルに地球を一つの国家にすれば、世界中から戦争をなくすことが可能になろう。
 憲法9条というもう一つの人類の理想を実現した日本が、南極条約を世界に広げる活動の先頭に立てば、日本の存在感も重みを増すに違いない。「そんな現実離れしたことを言っても」という批判もあろうが、あまりにも生臭い世の中だからこそ、時にはそうした夢を追ってみたいものである。

 

  

※コメントは承認制です。
第98回 「アメリカ第一」と叫び続けるトランプ氏と安倍首相」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    トランプ大統領の命令による移民・難民の入国制限によって、米国各地の空港で多くの人が拘束される──とのニュースに息をのみました。連邦裁判所が大統領令の一部停止命令を出したことには少しほっとしましたが、ここからどんな世界になっていくのかと、不安は尽きません。
    最後に触れていただいた「南極条約」については、二度にわたり南極を訪れた経験をもつ柴田さんの著書『世界中を「南極」にしよう』(集英社新書)に詳しく解説されています。こんな世の中だからこそ、ときには夢を追いたい、同感です。

  2. 鳴井 勝敏 より:

    > 和解と寛容の精神は、米国に対してより韓国に対してこそ大事にしなくてはならないのではあるまいか。 その通りである。ではなぜ出来ないのか。自分流に分析してみた。
    人間は弱い。とかく 強い者に擦り寄り、弱いものに強がりをみせたがるもの。理由は、自分の弱さに対する恐怖である。弱点を突かれると益々強がりを見せるのもその為である。つまり、弱点を長所に転換する業を持ち合わせていないのだ。その必要性もなかったのかも知れない。 世間ではこういうタイプの人間を「傲慢」という。「数」に頼らなければ何も出来ないタイプ等はその典型例である。
      「傲慢」な人間には「寛容な精神」は無縁である。まさか、トランプ大統領に「寛容な精神」を説く積もりではないだろう。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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