映画作家・想田和弘の観察する日々

『選挙』『精神』などの「観察映画シリーズ」で知られる映画作家、
想田和弘さんによるコラム連載です。
ニューヨーク在住の想田さんが日々「観察」する、
社会のこと、日本のこと、そして映画や芸術のこと…。
月1回の連載でお届けします。

第16回

苦手なもの

 あの“話題の”映画『永遠の0』を観に行った。

 すでに685万人を動員したといわれる大ヒット作である。しかし、僕が「観に行こう」という気になったときにはすでに公開から約5か月を経ていたので、さすがに都内でも上映館は限られ、しかも1日1回。僕はなんとかスケジュールを調整し、渋谷の映画館へ滑り込むことになった。

 僕は正直、原作者の百田尚樹氏が苦手である。彼の本を読んだことはないが、ツイッターなどでの発言に甚だしい違和を感じるからだ。だいたい、彼が安倍晋三首相のお友達で、そのお陰でNHKの経営委員に起用されたというのも、僕にとってはあまりよい兆候ではない。僕は安倍首相も(大の)苦手だからである。

 その安倍首相が公開時にいち早く鑑賞し、「感動した」と述べた映画『永遠の0』。それだけで僕にとっては「苦手そうな映画」決定である。だから「観たい」とは全然思えなかった。

 たぶん人間はだれしも、「苦手そうなもの」を知らず知らずのうちに避けながら生活している。いや、避けるというよりも、おそらく視界に入っても、無意識のうちに目がとまらないようにしている。目がとまると、「苦手そうなもの」は何らかの不快な気分や感情を巻き起こし、自らの心の平穏を損なう可能性があるからだ。

 苦手なものを敏感に察知し、無意識に避けるのは、生き物の生存戦略としては、たぶん正しい。何かを不快と感じれば感情が乱されるだろうし、その分、免疫力も下がる。それが続けば病気にもなりかねない(パワハラだのイジメだので心の病気になってしまうのは、そういう原理ですよね)。

 だから、そういうものを視界から排除しようとするのは、当然の防衛機制(自分の心を守るための心理的作用)だと思うのだ。僕にとって、映画『永遠の0』は、防衛規制が作動して避けていた映画の典型であった。

 しかし、である。

 近頃の僕はそういう「本能」にしたがっているだけでは、まずいのではないかと感じている。なぜなら、最近は「苦手なもの」や「できれば避けたいもの」が社会の主流を占め、自分が心地よく感じる世界がどんどん侵蝕されていっているようにも感じるからだ。

 例えば、安倍晋三首相。

 先ほどから申し上げているように、率直に申し上げて、僕は彼のことが(大の)苦手である。

 苦手な理由を自己分析してみると、それは安倍氏の言うことなすことに納得できず嫌な気持ちになるからだ。実際、あの滑舌の悪い、論理性の欠けたしゃべりを聞くだけで、気分が萎えてしまう(こないだの「集団的自衛権」を巡る記者会見は特に酷かったな)。テレビで彼の顔を見るだけで「防衛機制」が働き、思わずチャンネルを変えたくなってしまう。それでも彼が単なるタレントか何かなら、一向に構わないと思う。

 だが、困ったことに、安倍氏は日本の総理大臣である。しかも今のところ支持率が高い。日本の主権者のマジョリティは、彼に対して「防衛機制」が働くどころか、むしろ好ましく思っているのである。そして、彼はその支持率を後ろ盾にして、解釈改憲やら、秘密保護法やら、TPPやら、原発再稼働やら、僕に言わせれば「私たちの社会や共同体を破壊するような政策」を次々に実現しようとしている。

 ならば、いくら苦手だとしても、じっくりと目を凝らして観て吟味することを、避けて通ることはできまい。こちらが無視している間に好き放題をされ、いつの間にか手遅れになることも考えられるからである。

 僕が『永遠の0』をあえて観に行ったのは、そういう理由による。

 正直に告白すれば、映画館の窓口で「エーエンノゼロ、1枚」と発音する自分が自分でないように思えたし、背筋にゾゾゾッっと悪寒が走ったが!(観たくない映画にお金を払うことがこんなに気分の悪いものだとは知らなかったよ→これは新たな発見)

 のみならず、僕はその翌日、安倍晋三著『新しい国』、安倍晋三&百田尚樹著『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』、百田尚樹著『永遠の0』をまとめて購入した。「防衛機制」のせいで、書店に並んでいてもいままでその存在に気づきもしなかった本たちである。3冊をまとめて書店員さんに差し出す際には、やはり覆面か何かで顔を覆いたい衝動にかられたが、とにかく“ヤンキー”を見習い「気合い」でその場を乗り切ったのである。

 まあ、苦手なものを凝視するのも、身体を壊さない程度に、ほどほどにしますけどね。

 ちなみに、悪寒とお金の元を取るためにも、映画や本の分析や感想はいずれ改めてきちんと書くつもりなので、どうかご期待? ください。

 

  

※コメントは承認制です。
第16回 苦手なもの」 に1件のコメント

  1. 林 克彦 より:

    想田さん こんにちわ 全く 意見が同じです 頭の悪い安倍の顔を見たらすぐにチャネルを変えます、あの ノベーとした顔と舌たらずの話し方。全く知性が感じられない。アメリカの要人から 嫌われているのがわかっているのでしょうか?近頃はやたらと ジェスチャーを使うのも気持ち悪いですね。醜いものを見て、、嫌な気持ちを起こす自分のこころが嫌です。
    嫌なものから 目を背けることは 小生も同じです ある意味 美学の一種だと思っています。嫌なものの裏側を見ることも、アリ とも思いますが。おっしゃる通り、体を壊さないように。。。ですね。。。
    いつも 拝見しています。

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想田和弘

想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。
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