映画作家・想田和弘の観察する日々

『選挙』『精神』などの「観察映画シリーズ」で知られる映画作家、
想田和弘さんによるコラム連載です。
ニューヨーク在住の想田さんが日々「観察」する、
社会のこと、日本のこと、そして映画や芸術のこと…。
月1回の連載でお届けします。

第22回

「GDP解散」で僕が深いため息をつく理由

 内閣府は11月17日、今年7~9月期のGDP(国内総生産)速報値が年率1.6%減のマイナス成長であると発表した。それを受けて、にわかに「アベノミクス失敗説」が大手マスコミでも飛び交う事態になり、安倍首相は衆議院を解散するにいたった。アレヨアレヨという間に、来月は衆議院総選挙である。

 僕はそのドタバタ騒ぎを遠くニューヨークで眺めながら、深いため息をついている。

 理由は何にせよ、安倍政権が追い込まれている。そのこと自体は結構なことである。本欄で繰り返し述べてきたように、安倍政権は日本の主権者の大多数にとって極めて危険な政策の数々を押し進めてきた。だから彼らの凋落は歓迎すべきことである。

 しかし、彼らにいま大打撃を与えているのが、特定秘密保護法でも、TPP交渉参加でも、原発再稼働問題でも、辺野古移設強行問題でも、生活保護の切り捨てでも、集団的自衛権行使容認でもなく、GDPの数値ひとつであるというこの事実。僕はそのことに複雑な思いを抱いている。それは、安倍政権が「アベノミクス」ひとつで日本人を浮足立たせ、期待と人気を維持し、悪政に対する免罪符を得てきたことと、表裏一体の関係にあるからである。

 要は、経済成長策への期待が安倍政権をもてはやし、経済成長策の失敗が安倍政権を追い込んでいる。日本の主権者が政府や政治家に最も期待することは、経済成長を成し遂げることであり、それ以外は二の次である。

 安倍政権誕生から解散までの顛末は、そのことを僕に告げているのだ。

 だが、周知のように、そもそも日本の資本主義はすでに十分成長し、成熟しているので、原理的にこれ以上の成長はしにくい。人間の人生段階でいえば「中年」のようなものである。

 私たちはつい、急速な経済成長をしている中国を羨んだり、日本の高度経済成長期を「かつての栄光」として懐かしがったりして、停滞した(ようにみえる)現在の日本を卑下しがちだ。だが、それは中年のオジさんが、育ち盛りの中学生と自分を比べて、「ああ、なんで俺は背が伸びないんだ」と嘆くようなものである。合理的とはいえない。

 実際、経済成長率というのは、「前に比べてどれだけ経済の規模が拡大したか」を示すだけであり、成長率が高いからといって社会が豊かで住みやすいというわけではない。
 その証拠に、内田樹『街場の戦争論』(ミシマ社)が指摘するように、2013年の経済成長率世界第1位は、国境紛争などで政情が不安定な南スーダン。第2位は内戦が続くシエラレオネ。そして前年の第1位はカダフィ大佐殺害後のリビアである。

 これらの国は、戦乱などで社会のインフラが滅茶苦茶に破壊されたがゆえに生活必需品への需要が高まり、経済が急速に「成長」しているのであろう。日本は2013年の時点で第138位だが、だからといって「南スーダンやシエラレオネに負けてる! やばい!」と焦ることが理にかなっているだろうか。

 もちろん、GDPが大きくなるということは、それだけパイが増えることだから、減るよりはよいのかもしれない。
 しかし、パイが大きくなったところで、それを少数の人たちが独り占めするのなら、それにありつけない大多数の人にとっては意味がない。いや、パイが大きくなっても、逆に自分の取り分は減る可能性すらある。つまり私たちが経済的に豊かになるかどうかは、パイの分け方によるのである。

 事実、「しんぶん赤旗」」(2014年11月19日付)によれば、安倍政権下、富んだのは富裕層ばかりで、庶民の暮らしはますます厳しくなっている。2014年の正規雇用の労働者数は、安倍政権が始まる以前に比べて、22万人も減少。逆に非正規雇用の労働者数は123万人も増えている。雇用者報酬(実質)は4320億円減少したし、年収200万円以下のワーキングプアは29万9千人も増加した。その一方で、100万ドル以上の富を持つ富裕層は2014年に前年より9万1千人も増えているのである。

 どうせ数字の推移に一喜一憂するなら、GDPだけではなく、こうした数字にも目を向けるべきであろう。少なくとも、GDPの数値だけに踊らされて、それ以外の大事なことを忘れてしまうのは、悲劇というよりも喜劇である。私たちは、そろそろ無理矢理に経済規模の拡大を追い求めるよりも、経済の中身の充実や、限られたパイの分配の公正性こそを目指すよう、方向転換すべきなのである。

 それなのに相も変らず経済成長に固執し、新しいビジョンを示そうとしない安倍政権の責任は、もちろん重い。しかし、この期に及んでも成長神話を信じ、アベノミクスに浮かれ、それが失敗したらまるで自分が浮かれていたことはなかったかのように批判に回る私たち主権者の責任も、同じように重い。
 けれども、そのことを反省する言葉は、政治家や官僚の間からも、エコノミストの間からも、私たちの間からも、ほとんど聞こえてこないのである。

 

  

※コメントは承認制です。
第22回 「GDP解散」で僕が深いため息をつく理由」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    非正規雇用の増加、雇用者報酬の減少など、安倍政権が目指してきたのは、どんな社会なのだろうかと不安になります。想田さんいわく、「中年」にさしかかった日本。過去にしがみつくのではなく、成熟した社会のビジョンを描ける政治家に投票したいのですが・・・。

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想田和弘

想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。
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