映画作家・想田和弘の観察する日々

『選挙』『精神』などの「観察映画シリーズ」で知られる映画作家、
想田和弘さんによるコラム連載です。
ニューヨーク在住の想田さんが日々「観察」する、
社会のこと、日本のこと、そして映画や芸術のこと…。
月1回の連載でお届けします。

第10回

牛窓、台湾、秘密保護法案

 2週間あまり、夢中でカメラを回していたら、もう撤収の日である。

 カメラや身の回りの品の片付けはだいたい済んだ。階下では妻の柏木規与子がゴーッという音を立てて掃除機をかけている。

 いま僕らは、岡山県瀬戸内市の牛窓にいる。漁港に面した築150年の日本家屋の2階で、波と風と掃除機の音を聞きながら、この原稿を書いている。今日の牛窓は風が強い。そのため海には漁師の姿をほとんどみかけない。昔ながらの木組みの窓からは、冷たいすきま風が入り込む。すぐそこまで冬が来ている。

 牛窓に滞在するのは今回で3度目である。柏木の母の同級生のお宅がたまたま空いているというので、去年この家に滞在させてもらって、すっかり気に入ってしまった。だから今年の夏は、思い切って1か月の休暇をここで過ごした。そのうちに、ここで観察映画を撮りたいと思い始めた。

 と、書いたところで、聞き慣れた車のエンジン音が聞こえた。窓から外を覗くと、拙作『Peace』にも登場した軽四輪の福祉車両「喫茶去号」が見える。柏木の父が僕らを迎えに来てくれたのだ。荷物を車に積まなくてはならない…。今夜は岡山市にある柏木の実家に泊めてもらう。この文章の続きは、また後だ。

 場所と日付が変わって、新幹線の中である。早朝、岡山の柏木家を出発し、関空を経て台湾に向かう。台南で『演劇1・2』の上映後質疑と、観察映画の方法論についてのレクチャーを頼まれたのだ。

 時計を見ると、午前6時25分。日の出前である。新幹線は閑散としている。僕が乗り込んだ車両には乗客が4、5人しかいない。

 日の出が6時35分頃であることは、改めて調べなくても分かっている。牛窓では、主に漁師たちの日常に密着していた。漁師の朝は早い。だから普段は宵っ張りの朝寝坊の僕らも、夜9時頃には寝て毎朝5時頃に起きていた。暗いうちにカメラを回していると空が白み始め、やがて朝日が昇る。牛窓の海が黄金に輝く。

 いつものことだが、牛窓の漁師たちを映画に撮りたいと思った発端は、ふとした気づきや疑問である。
 去年の秋、家の2階から外を眺めていると、漁船らしき舟が港を出入りするのをよくみかけた。2、3人しか乗れなそうな小舟ばかりだ。

 「みんな後継者がいないんだって」

 規与子の報告によれば、漁に出ている漁師たちのほとんどは70代から80代の高齢者である。彼女は毎日、浜で太極拳をしているので、いつの間にか漁師たちと顔見知りになっていた。時には獲れたチヌだのグチだのをいただいてきたりした。

 「昔に比べて、魚が全然獲れないらしいよ」

 僕は生来の出不精なのであまり外に出ないが、規与子を通じて浜の漁師たちの世界に触れ、関心を抱き始めた。

 継ぐ人がいない上に、魚が減り続けているということは、牛窓から漁師はいなくなるのだろうか。いや、もしそれが全国的な傾向だとするならば、日本の漁業はどうなるのだろうか。漁師たちの日常を、一度じっくり観察させてもらいたいものだ…。そう思った瞬間に、僕の脳内に映画の種が宿った。

 ここまでパソコンのキーボードを打ってふと見上げると、新幹線の車中に備えられた電光掲示板にニュース速報が流れた。秘密保護法案に反対する集会が東京で開かれ、1万人が集結したらしい。

 「そういえば、秘密保護法案も山場だな」

 牛窓にこもって撮影に励んでいた間、きちんとニュースを読む時間がなかった。ツイッターにもフェイスブックにも、ほとんどログインできなかった。そのうちに、あれほど懸念していた法案なのに、どこか遠い国の出来事のように感じられ、その行く末を見守らなければという意欲が薄れかけていた。だから電光掲示板でニュース速報を目にしたときは、突然「娑婆」に引き戻されるような感覚を憶えた。

 急に法案のことが気になり出したので、携帯を通じてパソコンをネットにつなぎ、ニュースをチェックする。すると、日本維新の会が与党との法案修正に合意したという記事が飛び込んできた。数日前は、みんなの党が「首相を第三者的な機関とする」という馬鹿げた修正案を飲んだことが報じられたばかりだ。映画作りに専念している間に、日本の民主主義の危機が深まっていく。

 牛窓では、島倉千代子が亡くなったこととか、キャロライン・ケネディが駐日大使として来日したことなどは、時おりみんなの話題に上っていた。しかし秘密保護法案のことは、ついに一度も法案名すら聞かなかった、カー・ラジオから流れてくるニュースを除いては。

 実際、カメラごしに漁師たちの世界に自分の意識を重ね合わせ、自分も漁師になったような気分で生活していると、はるか離れた東京でスーツを着た国会議員があれこれ騒いでいる法案などよりも、「今朝獲れたメバルの大きさ」とか、「今日は何キロ牡蠣がむけるか」とかの方が、よほど切実で重大事に思える。

 これは別に批判でも皮肉でもない。人間の生活とは、基本的にそういうものだ。抽象よりも具体、なのだ。

 にもかかわらず、秘密保護法案が通れば、その影響はいずれ確実に牛窓の漁師の生活にも及ぶはずだと思う。彼らに後継者がいなかったり、瀬戸内海の魚が減ったりしているのだって、多分かつて中央で決められた方針や政策が遠因となっているはずなのだ。

 しかし、その因果関係は複雑すぎてみえにくい。だから関心も維持しにくい。生活が忙しければ、政治について調べたり考えたりする時間もない。ここに民主主義というシステムの本質的な難しさがある。

 と、書いている間に、新大阪に辿りついた。関空へ向かう「はるか」に乗り換えなければ。続きは、また後で…。

 いま僕は台北へ向かう機内にいる。

 四国上空に差し掛かると、瀬戸の青い海が眼下に広がる。あの海の片隅で、今日もワイちゃんたちが魚を獲っているのだろうと思うと胸が熱くなる。昨日まで僕もそこにいたということが、なんだか夢の中の出来事のようで、信じられない。

 ワイちゃんというのは、僕らがカメラを向けさせてもらった86歳の漁師である。腰を曲げて丘の上をよぼよぼ歩いている姿を見ていると、あんな調子で舟に乗るのは危険なんじゃないかと余計な心配をしたが、撮影のために舟に乗せてもらって酷く反省した。70年も漁師をやってきたワイちゃんは、いったん海に出ると別人のごとくキビキビ、シャキッとしている。全く危なげない。危ないのは僕ら「海の素人」の方なのだ。

 おっと、そろそろ着陸か。台湾って近いな。パソコンを閉じなければ…。

 台北空港に着いた。

 張若涵さんが、僕の名前を書いたボードを持って迎えにきてくれていた。彼女は、台湾のドキュメンタリー作家を支援するNPO、CNEXのスタッフである。メールではずっとやりとりしていたが、会うのは初めて。CNEXと仕事をするのも初めてである。僕は張さんのことを(なぜか)男性だと思い込んでいたので、彼女が大学を出たばかりの若い女性であることに軽い衝撃を覚えた。

 新幹線にそっくりな台湾高速鉄道に張さんと乗り込み、台南へ向かう。混雑のため続きの席が取れなかったので、張さんとは離れた席に座る。

 さて、原稿の続きを書くとするか…。

 外国で新しい人々と仕事をするたびに不思議に思うのは、なぜ僕は初対面にもかかわらず彼らを信用し、安心して一緒に仕事をしたりできるのか、ということだ。今だって、もし張さんが詐欺師か何かだったら、右も左も分からぬ異国の地で変なところに連れていかれて、僕の運命は万事休すであろう。

 でも、僕には「そうはならない」という変な確信がある。それは張さんがどうみても詐欺師にみえないからというのもあるが、理由はたぶんそれだけではない。おそらく僕は、基本的に他者や人間社会のルールやシステムを信頼しているのだと思う。だからこそ、「大丈夫」と思える。

 いや、そういう信頼を抱いているのは僕だけではない。例えば、初めて入るレストランで食事をするとする。そのとき、なぜ僕らは「出てくる食事には、たぶん毒は入っていない」と思えるのだろうか?それはやはり、人間や社会システムに対する信頼がベースにあるからであろう。

 逆に言うと、そういう信頼関係が成立しにくい社会では、とても暮らしにくい。人に会うたびに、外出するたびに、食事をするたびに、「殺されないだろうか」「騙されないだろうか」と警戒しなければならない生活は不幸だ。効率も悪く、世の中が回りにくい。

 そこまで考えて、ふと思った。

 安倍晋三首相が悪用しているのも、日本人が他者や社会システムに抱いている「基本的な信頼感」なのではないか。

 「TPPも秘密保護法案も自民党改憲案も、たしかに危険な感じもするけど、日本の政府がそう悪いようにはしないはずだ」

 日本の主権者の多くには、そういう「なんとなくの信頼」があるような気がする。東日本大震災や福島原発事故を経ても、まだそれはある。そのこと自体は、決して悪いことではない。

 だが問題は、TPPも秘密保護法案も自民党改憲案も、掛け値無しに危険だということだ。日本の民主主義は本当に終了しかねない。

 張さんを「大丈夫な人」と信頼し、彼女に導かれるままに高速鉄道に乗った僕と同じように、日本の主権者たちは安倍氏らを信頼して、彼が運転手を務める列車に乗り込んでしまったのではないか。

 そして列車の舵取りを託されたのをいいことに、安倍氏は日本人をとんでもないところに連れて行こうとしている。物凄いスピードで。乗客たちが日々の生活に忙殺され、列車の行き先を確かめることを怠っている間に。

 だが、安倍自民党が目指す目的地に着いた後で「それ」に気づいても、手遅れなのである。

 

  

※コメントは承認制です。
第10回 牛窓、台湾、秘密保護法案」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    秘密保護法、TPP、集団的自衛権行使の容認…安倍自民党が私たちを連れて行こうとしているのは、どんな国なのか? 「なんとなくの信頼」をベースに生きていける社会はすばらしいけれど、その結果が「なんとなくの信頼」に頼れない、生きづらい社会だとしたら。「列車の行き先を確かめる」こ とを怠り続けたツケは、あまりにも大きい、のかもしれません。

  2. アメリカでもリベラル勢力と、強固なプロテスタント(カルバン派)やユダヤ系が綱引きしてるんだと、よく思います。安倍氏とはオバマは一回も会ってくれてないけど、TPPは何とかしようとしている。世界の頂点に君臨しなければならないくらい、予定説に振り回されて、この世でのお金という成果を追い続ける方々がたくさんいるアメリカ。イスラエルが再建されたので、まもなくキリストが再臨すると固く信じている方がかなりいるアメリカ。日本のキリスト教徒だって、「イスラエルが再建された=キリストが再臨する」という牧師の話は話しはよくされているのではと思います。自身が一応プロテスタントなので、それはどうなんだろうと思いつつ、熱心なキリスト教徒はそれを信じている事実を知っています。それを言ったら、キリスト教原理主義も、イスラム系原理主義も変わらないなと思いつつ、自身の救いを感じながら信仰を持つ。とても不思議な世界ですよね。リーマン・ショックのあとに沢山出た、倫理的に新自由主義を批判する本や、新自由主義を非難する、自由主義経済学やマルクス経済学の本、震災直後の惨事便乗型資本主義を非難する本などなど、どこ吹く風で、反省しないんだと思う。どちらも相当な惨事だったのにね。

  3. 「基本的な信頼感」に納得しました。秘密保護法案のことを職場のおばちゃんに「ひどいよね 前の日に福島で公聴会して 全員が反対だったのに次の日に強行採決なんて。」「治安維持法再来だよ。戦前に逆戻りだよね。」と言ったら 共感的に聞いてくれたものの どこか人事でいるのは (ひどいことになるはずがない)という 信頼感があるのだと思いました。 それを責めることはできないけれど 今まさに 「戦争が廊下の奥に立っていた」という俳句(渡辺 白泉) が 現実になりつつある そんな不安を覚えます。 この 地獄行きのジェットコースターを止めることはできないのかしら。

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想田和弘

想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。
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