マガ9対談

その1その2その3


昨年26日、鳩山首相は「地方と国とのあり方を大逆転させる地域主権という意味の(憲法)改正をしたい」と発言しました。内閣ではなく、まずは民主党が中心となって「しっかり議論」していくことになるようですが、この憲法論議、私たち国民はそこに関わるのか、国民不在のまま進んでいくのか? 注目の年になりそうです。

伊藤真●いとう・まこと伊藤塾塾長・法学館憲法研究所所長。1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『憲法の力』(集英社新書)、『なりたくない人のための裁判員入門』(幻冬舎新書)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)など多数。

小林節●こばやし・せつ慶應義塾大学教授・弁護士。1949年生まれ。元ハーバード大学研究員、元北京大学招聘教授。テレビの討論番組でも改憲派の論客としてお馴染み。共著に『憲法改正』(中央公論新社)、『憲法危篤!』(KKベストセラーズ)、『憲法』(南窓社)、『対論!戦争、軍隊、この国の行方』(青木書店)など多数。「大阪日日新聞」にてコラム「一刀両断」を連載中。

●「憲法審査会」は凍結ではなく、有効利用するべき

編集部 (その1)では、立憲主義について正しい理解をマニフェストに明記した民主党が政権をとり、小林節先生と憲法論議をした経験もおありになる鳩山さんが首相になったという、前政権から比べると「正反対」なほど、憲法状況がよくなっているというお話をお聞きしました。さて、そういう現状を踏まえた上で、2010年5月には憲法改正のための手続き法、国民投票法がいよいよ施行されるわけですが、憲法審査会は凍結されたままです。連立を組んでいる社民党の福島瑞穂さんは、「憲法集会」で、「憲法審査会凍結のためにがんばる」と発言しているという報道もありました。こういった状況を、先生たちはどうご覧になっていますか?

伊藤 私は、参議院の付帯決議事項などまだまだこの憲法改正、国民投票法には問題があると思っていますから、その問題点をきちんと審議することが必要だと思っています。特に、この国民投票をよりよくする審議はやはり進めるべきだと思います。

 改悪の危険があるから、一切、手をつけないということを今、言っていると、もっと危ない時期に、勢いで、さらに悪い手続法に変えられてしまったり、または、今の不十分な法案のまま進んでしまう危険性があると思っています。今は、憲法改憲の中身についての議論は置いておいて、中立的に手続きの公正さ、適正さという観点で冷静に議論ができる時期じゃないかと思うんですね。
 安倍政権下においては、自民党のとんでもない新憲法草案を無理やり押し通そうという意図で、この手続法が強行採決されたようなところがありました。その目的とするところに反対であれば、その手前の入口のところで、こういった手続法自体の制定に反対するということは意味のあることだったと考えます。私も大反対でした。ですが、今、そのようなとんでもない憲法案に改悪される危険性がやや遠のいているときだからこそ、国民投票法をより良くするための議論は、可能だし必要だと思います。例えば、公務員や教育者の地位利用の規定を削除することや、国民投票運動期間の有料広告の禁止をきちんと設けることなど。これらは、もともと提出された民主党案には書かれていたことだったわけです。また、組織的多数人の買収の罪の構成要件が非常に不明確などと、いくつもの問題があります。ですから、そこを明確にするためにも議論はきちんとしておくべきではないかと思います。このように国民投票法の不備を補う上でも、憲法審査会の始動は重要だろうと思っています。

 また、これは小林先生が新聞のコラムにも書いていたことですが、政権交代があったわけですから、前の政権下での憲法違反を洗い出すということを、憲法審査会を開いて、公開の場の議論でしっかり行うべきです。
 少し前に平野官房長官が、イラク特措法に基づいて派遣した自衛隊の活動について、「違憲だとは考えていない」と述べました。要するに、活動場所は非戦闘地域だったという認識を示したというのです。野党時代には「違憲だ」と批判していたところです。それから小沢幹事長も、インド洋での補給活動についても、当時は「違憲だ」と言っていたはずなのですけれども、今になったら「憲法違反ではないと認識している」と述べるなど、さきの政権のやってきたことをこうして追認してしまうべきではありません。本当にそれは正しかったのかということをきちんと検証する場というのは、やはりどうしても必要だと考えます。そういう場として、憲法審査会を有効活用すれば良いのでは、と思っています。

 それから、もうひとつ。国民に対する憲法教育、立憲主義教育をどう進めていくのかが重要です。小学校、中学校、高校などの子供たちにどういう立憲主義教育を進めていけば、この国は10年後、20年後に真の立憲民主主義の国になっていくのかということを、きちんと議論する、そういう憲法の本質を議論する場というのが、本当に今、どこにもないんですね。そういう場としても、この憲法審査会を有効活用できる可能性だってある。それなのに「改憲の危険性があるからといって、一切活動させない」というのはすごくもったいないという気がしているんです。ここは、いわゆる護憲派と言われる人たちとは、意見が異なるのかもしれませんが、私はこのように考えています。

小林 以前、国民投票法についてのシンポジウムで福島瑞穂さんと一緒になった時、彼女は「夜中に隣で包丁を研いでいる人がいて、“何してるんだ?”と聞いたら、“うん? あんたを殺そうと思ってるの”と言われて、“どうぞ”と答える人はいませんよね」というようなことを、国民投票法の成立を阻む理由として述べていたと記憶しています。だけど、憲法審査会など手続きを整備するというのは、外科手術のためにメスを研いで薬品その他も整えているし、この国をより良きものにしようという動きであったと、私は見ています。もちろん、安倍晋三元総理とか小泉純一郎元総理のしていたことは、(内容的には)まさに憲法という「良き人」を刺し殺そうという刀研ぎであったのは間違いないですが。
 しかし、福島さんが勘違いしているのは、社民党は万年野党だったから、議論することの可能性を、議論すれば負けるものとずっと思い込んでいることです。福島さんにしてみたら、議論には勝っても議決に負けるという体験があるからでしょう。だけど僕から見たら、なぜ議決に負けるかというと、議論にまず勝ってないという面がかなりありますよ。
 衆参の憲法審査会に、伊藤先生と僕が参考人として呼ばれて、現に、僕らは少数派の民主党に賛成する意見を言ったんです。そして自公案が、私や伊藤先生がしゃべったことによって修正されて、民主党案に近づいていったという経緯があります。ただし、最後には、安倍さんが焦ってぶっ壊しちゃったんだけど。
 というような経験から言って、私は、議論することをあきらめていないんです。逆に言えば、ずっと僕は体制派としていたから、議論が通った経験が多いという体験の差でもあるとは、思うんですね。

 そこで話を戻すと、今、福島さんは自分が与党に入ったことを忘れています。以前は、彼女が言う意見は少数意見として無視された。今回、社民党は民主党と国民新党と連立を組んで政権与党なわけです。自らも大臣になっている福島さんが、内閣の意見を形成できれば、少なくとも内閣の意見に影響を与えることができれば、それは国会の多数派の意思になるんですよ。そういう前提で今の政権下でできる憲法審査会というのは、実は自民党と公明党が社民党を襲うものではなくて、民主党と社民党と国民新党が自民党と公明党を襲う場に変わっているわけです。なのになぜ、これを利用しないのか?

●自民党政権下の違憲行為を審査するべき

小林 さっき、伊藤先生も触れたけれども、自衛隊のイラクへの海外派兵なんて、明らかに戦争参加ですから憲法違反に決まっているんですよ。そして、僧侶が共産党のビラを、出入りできるマンションに配って捕まって有罪になりましたが、このようなことも含めて、自公政権下、あるいは自民党の50何年の治世における憲法破壊というものを、どこかで審査しなきゃいかん、でしょう。

 国家は、日本国憲法によって、「立法」と「行政」と「司法」と3つの独立した権力を持っていますが、国会はその三本柱の一つである立法権の最高機関です。憲法審査会というのは国会に置かれますから、国権の最高機関における違憲審査機関になります。そこを、戦後の自民党による憲法破壊を全部精査する良き場にするべきです。

 そしてこれも伊藤先生と考えが一致するのですが、それは、国民に立憲主義教育をするためにも、非常に有効な機関になりうるのです。憲法がどういうものか? 憲法を道具として、主権者・国民と権力者の関係はどういうものであるべきなのか? そしてその関係を、自民党がいかにだまくらかしてきたのか? ということを、はっきりとさせる。そして、今後は二度とそういうことにならないように、自民党や公明党に同じことをさせないようにしなくてはいけない。それと同時に、伊藤先生が指摘されたように、民主党も政権を取った途端に、自民党政権がしてきた憲法違反を追認する発言がありますが、こんなことを民主党にさせてもいけないんです。

 結局は、主権者・国民がしっかりしていなきゃ、憲法はどうにでもされてしまいます。だから、憲法審査会を今開いたら、そういう国民の憲法教育のいい教材になるということです。手続法の議論は一応終わっています。むしろ審査会は、はっきり言って、改憲に向けて憲法の論点整理をする場なのですよ。それは、憲法の論点を各論的に議論する場であるからこそ、それをまさに民主党と社民党のイニシアティブで、自民党悪政下における権力による違憲行為の審査会にしちゃえばいいのです。何で、こんないい体制でやらないのかな?

編集部 確かにそうですね。社民党は今与党なのですから、そんなに懐疑的にならずに、前政権の憲法違反を徹底して追及できる機関の設置として、憲法審査会を前向きにとらえてもいいように思いますが・・・。

小林 少しでも動いたら負け、みたいな一種の強迫観念にとらわれているのでしょう。

編集部 一方民主党はどうなんでしょうか? 国民投票法の民主党案が最後にひっくり返されたという経緯があるので、そこをまたひっくり返すということのためにも、憲法審査会を開き審議し直す必要があるように思いますが。

小林 今の民主党には、社民党に対して、説得する知恵も勇気も時間もない。むしろ、目先の政策課題を片づけることに忙しいだろうし、そのためには今、内閣の連帯を維持することがよろしかろうという一つの政治判断があるのでしょう。
 それからもう1つは、自民党と民主党というのは、実に第一自民党と第二自民党なんです。民主党は基本的には社民党でも共産党でも公明党でもない。アメリカの民主党と共和党と同じです。資本主義体制を前提とし、自分は権力者としてそれなりの生きがいと利益があればという人々の集まりですから、政局事情で、たまたま自民で出ていたり、民主で出ている、といった人の集まりです。自民は、既得権を維持した世襲議員が多いだけで、それで入れなかった優秀な若手は民主党に行ったというような構図ですから、民主党には右から左までいるわけです。特に、参議院民主党は旧社会党的な人がいっぱいいるから、案外、福島さんなんかに共感を持つ人が多いわけです。
 党内野党を黙らせてまでやるほど、憲法は票にもお金にもならないですからね。そこが、民主党の第二自民党的なところです。憲法のことは、できる時になったらやればいい、という考えなんです。

●今こそ冷静に議論ができる時ではないのか

伊藤 私は、その「できる時」というのが、とても危険だと思うんです。政治家たちが「憲法論議をやろう、改憲だ」と言い出す時というのは、非常にきな臭い時ではないかなと思う。だからこそ今のような時期に、もし憲法を変えるならば、この条文のここが原因でこうだから変えたほうがいい。でも、ここを変えるとこういうリスクもあるから、やっぱりやめたほうがいいという議論を、冷静にする場がどうしても必要だとは思うんですけれどもね。

 そうでないと、本当にまたいつか改憲の論議がうわっと流れてきて、そして護憲派は、感情でそれをただ押しとどめようとするだけ。勢いと感情のぶつかり合いで、全く知性的な、冷静な議論がなされないまま、とんでもない方向に転がり込んでいく危険性があるように思います。

小林 例えば、追い詰められた北朝鮮が核兵器を保有したままで、ひょっと日本海の島に上陸したとしましょう。アメリカだったら、ドンパチって追い出しちゃうけれども、おそらく日本じゃそれはやらないでしょう。「島の日本人住民の犠牲を増やさないために」、といってにらみ合いがずっと続いていく中で、北朝鮮によるさまざまな犠牲が見えてくる。簡単に言うと一般市民が殺されたり、女性が強姦されたり子供が傷つけられたり・・・そういうことが起きているらしいという情報が流れてくると、国民は興奮して、「やっちまえ」ってことになる。そうすると、「9条がいけないんだ」と。こういう時こそが、安倍晋三的憲法改正(改悪)のチャンスです。日本人は思考停止になりますから。気づいてみたら、明治憲法に戻ってしまったと。

編集部 前回の対談のときは、そのときは政権交代の前だったんですけれども、小林先生は、このままだと必ず施行されるときに自民党はまた改憲案を出してくるだろうとおっしゃっていました。今、自民党は野党ですが、今年5月になったときに、何か新しい改憲案が出るということはあるんですか。自民党だけでなく、民主党も改憲派の議員はいると思いますし。

小林 まず、自民党が政権を失った以上、多数を持っていませんから、出すことはしないでしょう。ただ、自民党内的にはもう党議決定していますから、新憲法草案と称する、明治憲法に戻ろうという露骨な改悪案ですけど、あれを自民党は出してくるのが筋ですよ。
 民主党の中では、改憲についての具体的な議論は進んでいなくて、鳩山さんが前の代表のときに要綱案みたいなものをつくりましたが、――あれは、完全に鳩山さんが下書きをして、私が全面真っ赤っかに直したやつですが、――それは、鳩山レベルでは持っているけど、民主党の中では、何も決まってない。
 要するに、今、憲法は旬じゃないんです。アウト・オブ・シーズンなんです。

編集部 国民投票法が5月に施行されても、政治のほうも盛り上がらないし、世論も盛り上がらない。またしばらく凪状態が続くというのは、あまりよくない状況ですよね。

小林 そうそう。右翼は「ちくしょう、悔しい」。左翼は「何もされない、ほっとした」。しかし、立憲主義が忘れられている、伊藤先生や僕には、心配な状態に入っていくんじゃないですか。だから、あなた方みたいな、この日本の中で、悪趣味と言われようが、奇特と言われようが、少数派の憲法マニアが集うところが、立憲主義を身につけて、民主党をきちんと教育して、よりよき憲法状況をつくるように、民主党を使いこなすべきではないですか。その認識を持って、今後の振る舞いを考えるべきだと思いますよ。

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