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2010-07-28up

雨宮処凛がゆく!

第154回

「新卒」至上主義って変じゃない? 〜「就活」不条理劇場〜 その2。の巻

 さて、前回の続きだが、その前に、とてもショックな出来事があったので少し触れたい。それは作家の村崎百郎氏が読者を名乗る男性に殺されたこと。90年代「鬼畜ブーム」にどっぷり浸かっていた私は、彼の本を熱心に読んでいた。サイン会でサインしてもらったこともある。なんていうと「相当病んでた」と思われるだろうが、物書きになる数年前の当時の私には、村崎氏の本とその世界はとても必要なもので、ある種の「救い」になっていた。そのショックもあるが、もうひとつのショックは「騙された」という犯人の言い分だ。「騙された」とは、一体何を指すのかわからないが、私自身も以前かなり思い込みの激しい読者(?)につきまとわれ、「殺してやる!」と長らく脅され、なぜか相手は私の電話や住所を知っていて、「今から家に殺しに行く」と宣言されて本当に数十分後にチャイムが鳴らされたことがあった。恐ろしくて確認していないのでその人なのかどうかはわからない。ただただ、電気を消して息をひそめていることしかできなかった。しかし、本を読んだことで逆恨みされ、殺されてしまったという今回の事件は、すべての書き手にとてつもない恐怖を感じさせるものだ。

 村崎さんとは一読者としてサイン会で会ったことしかないけれど、「鬼畜」キャラのイメージを裏切って、とても丁寧な人だったことが印象に残っている。

 ということで、ここからが前回の続きだ。いきなり「就活」の話になるので頭を切り替えてほしい。

 今回話を聞かせてくれた増澤さんは、「大手百貨店に内定決まってます」というと誰もが納得するような「好青年」だ。出身は甲信越の某県で、現在、早稲田の4年生。就活は「中の上くらい」頑張ったという彼は、見事第一希望の企業の内定をゲット。が、その道のりは決して平坦ではなかったようだ。そんな増澤さんは「人と話すのが好き」ということで、大学生の就活にまつわるモロモロについて何もわかってない私に、ものすごくわかりやすく、そして論理的にレクチャーしてくれた。ということで、これを読んでいる人の中にも「今、就活が大変って言うけど、どこがどんなふうに大変なの?」という人も多いと思うので、就活の基本的なことについて語ってもらおう。まずはいつ、どうやって始めるものなの?

 「今、就活を始める時期が早まってるって言われてるんですけど、ちょっと前までは4年生になってかららしかったんですね。で、僕たちは2011年新卒組って言われてるんですけど、だいたいみんな3年生の9〜11月あたりから始めてるんです。で、僕の一個下の子たち、今3年生の子たちはもうこの時期(7月)から始めてる。3年生の夏休み前から始まってるんですよ。で、だいたい最初にすることは、説明会に行くことですね。ビッグサイトとか東京ドームとかで合同説明会があるんですよ」

 いきなり規模が大きいが、そういうところではマイナビ、リクナビなどの就職情報サイト主催の合同説明会が開かれているのだという。企業ごとにブースがあり、「行くともう、1時間前とかから200人くらいの行列ができててすごい異様」な光景だという。

 さて、その説明会で気になる企業があれば「プレエントリー」。もうこの時点でよくわからないが、「プレエントリー」とは企業に自分の名前やアドレス、大学名などを教えること。そうすれば「今度こういう説明会がありますよ」という情報が貰えるのだという。これとは別に「本エントリー」というのもあり、こちらは「履歴書、エントリーシートとか出して選考が始まる」こと。ちなみに就活中の学生は、「本エントリーはみんな30〜40社で、プレエントリーは100社超えてるのが普通」だというからこの時点で私は気が遠くなった。増澤さん自身はなんとプレエントリーは「300くらい」していたというからすごい。

 ちなみにこういった合同説明会を主催しているマイナビ、リクナビといった就職情報サイトは「周りで入ってない人はいない」くらい利用されているようで、「いろいろ言われてますけど学生からしたらものすごく便利です」ということだ。早速私もこれらのサイトを見てみたが、なんだか情報がありすぎて何をどう見ていいかすらわからず、動画ではうさん臭い大人が「大切なのは自己分析!」と偉そうに力説してたりで、サイトを見るだけでも相当の精神力が必要とされることを痛感したのだった。

 そういった就職情報サイトで情報を集めながら、学生たちは3年生の9月頃からは「説明会回り」を始めるわけである。説明会は基本的に土日。ということで、9月以降、土日はすべて説明会で埋まっているような状態。

 さて、その説明会だが、合同説明会のあとは企業ごとの説明会となる。が、この「企業ごとの説明会」に行くだけでも難関が待ち受けている。そもそも人気企業だと「予約が取れない」というのだ。ただの説明会なのに。

 「予約の受付を企業が始めるとみんなが企業のホームページにアクセスして、サーバーがパンクしてアクセスできなくなったりするんです。ただの説明会でも行った方がいいっていうのがみんなあるんで。行った方が志望度が高いってアピールできますから。でも人気企業になると基本的に行けないことが多いですね」

 何か早くも「争奪戦」の様相を呈しているが、そんな中でも増澤さんは12月から2月にかけて、3日に一度はいろいろな企業の説明会に通っていたというからすごい。彼は就活中の手帳も見せてくれたのだが、そこには月に9日は説明会に行き(しかも1日に3個の日とかもある)、3月になると9回の面接、という感じでもう日常が「就活」に埋め尽くされているのだ。

 それだけならまだいい。2月に入り、本エントリーが始まってからは「エントリーシート」を書かなくてはならない。というか、「エントリーシート」など私は書いたことがない。それは何? どんなことを書けばいいの?

 「自己紹介っていうか、自己アピールを400字くらいとか、強みとか挫折体験とか志望理由とか書くのが多いですね。僕の場合は、『チャレンジ精神は人には負けません』みたいな(笑)。あと自分の小学校からの経歴並べて、こういうことやってきたのはこういう理由だとか。そういうエントリーシートのための自己分析のハウツー本とかすごい出てますよ。時系列で小学校から今の自分で共通してること、自分の軸はなんだろう、とか自己分析してから書くんです。でも軸なんてないじゃないですか基本的に(笑)」

 そんなものを書かされたら、私だったら1日で心が折れる自信に満ち溢れている。ある意味、「本気で自分と向き合う」「本気で自己分析する」のならいい。しかし、企業の営利活動に役立つ人間だと思ってもらうための「自己アピール」だ。嘘で塗り固めなきゃ書けないに決まってる。なんだか自分が嫌いになりそうな行為ではないか。しかもまだ20年ちょっとしか生きてない人間が何をアピールできるというのだろう。もし自分が20代前半で経歴を書くとしたら「いじめられてリストカットして追っかけしてました」しかない。すごい。アピールする部分がひとつもない。ここから何をひねり出せばいいのだろう。

 「この作業は一番辛いかもしれませんね。で、たまにエントリーシートにも変化球みたいのがあったりして、例えばマスコミとか広告だと真っ白な紙1枚で、『自分を自由に表現して下さい』って。絵使う人とか写真使う人とかいて、好きな人は好きなんでしょうけど大変だったり。あと、読書感想文みたいなものを求める企業もありました。そこの社長が出してる本を読んで。なんかいやらしいですよね(笑)。本を買わせて」

 ちなみにその本は社長による「精神論」みたいなものだったという。それは就活を隠れ蓑にした悪徳商法なのでは? と思ったのは私だけではないはずだ。

 このように、エントリーシートを書くだけでもかなりの時間をとられる。1社2社の話ならいいが、30〜40社である。しかも、2月の中旬から下旬にかけてはエントリーシートの〆切が重なる。それを突破したら、次に待っているのはSPIテストだ。

 さて、長い就活の道のり、まだまだここからが本番である。

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なんだか読んでいるだけでげっそり疲れてしまいそう! ですが、
よくよく考えてみれば、まだまだこれは就活の「前哨戦」…。
現代学生を取り巻く「就活」の現実、次回もご期待ください。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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