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2010-08-11up

雨宮処凛がゆく!

第156回

「新卒」至上主義って変じゃない? 〜「就活」不条理劇場〜 最終回。の巻

親友・ヴィンセントと久々にV系カラオケ大会を開催。

 そんな就活を経験してきた増澤さんがもっとも疑問を持っているのは、現在の「新卒採用」のあり方だ。

「今、大学生全体では41%しか内定貰えてないってデータがあるんですね。ここが一番問題で、新卒採用って、卒業すぐじゃないと枠に入ってないんですよ。なので僕の同学年で決まってない人は留年しないと、もう中途採用しかない。でも、そのために留年するってすごいお金と時間の無駄ですよね。早稲田だと学費は年間100万近くしますし、生活費だってものすごい額になる。この辺(高田馬場)だったら家賃8万とかしますし。家計に余裕がない家の子であれば留年もできないじゃないですか。あと、自分の大学のレベルが低いから留年してもしょうがないって子は、もうフリーターになるって言っちゃうんですね。僕はこれってものすごくおかしいと思ってるんです。卒業後すぐじゃなくて、例えば何年間かはまだ新卒枠だよって言ってもらえれば留年する必要もありませんし、フリーターになるしかないと思ってる子にもチャンスは増えますよね。次の年も受けられることになるんで」

 増澤さんがもっとも疑問を感じるのは、一生を左右しかねない「就活」が、かなりの部分「運」で左右されることだ。

「やっぱり就活って運がすごくあって、景気が悪いと社会全体で新卒採用の枠がすごい狭いじゃないですか。例えば能力がないから内定を取れないんだっていうのは間違ってはいないと思うんですけど、景気がいい時には能力がない人も受かったっていう現象があるじゃないですか。今の制度だと、その年の景気によって内定率が決まるんで、ものすごく運に左右されちゃいますよね。でも新卒扱いが例えば卒業後3年までとかになったら、景気が良くなるかもしれないし、チャンスも増えると思うんですよね。そこをなんとかしたいなっていう思いがあります」

 しかし、彼自身は既に第一希望の企業に内定を貰っているという「勝者」なのだ。嫌な奴だったらこのまま「勝ち逃げ」して「自己責任論」を振りかざしたりしそうなものなのに、なぜ彼はこの問題にこだわり、世に訴えようとしているのだろう。

「同期見ても、決まってない人が結構いるんですよ。就活って、自分を出すわけじゃないですか。自分はこういう人間ですって。それで否定されちゃうので、自分が否定された気分になっちゃうんです。落ちた理由も教えてもらえないですし、俺ってダメなのかなって思いますよね。僕も3月4月とか、内定出ないんじゃないかって不安で不安で。周りでもウツになったり、それこそカップルが自分のことでいっぱいいっぱいになるんでみんな別れだしたり、僕の仲いい友達も内定が出なくて今燃え尽きちゃってて、悲しいです。日本の就活って、一番リスクがあると思うんですよ。それまでの高校受験とか大学受験とかは落ちても一応大丈夫だったけど、就活の場合、その後の40年くらいが決まってしまう。就活で約1年間くらい奪われますし、大学生活が狭められているという声も多いですね。学生の中にも、今の新卒採用がおかしいと思ってる人はたくさんいると思うんですよ。だけど、疑問の声を挙げたら内定取れないよって学生が多くて、だったら当事者に近い、経験してきた自分がやれば一番いいのかなって」

 なんと志の高い若者であろうか。また、増澤さんは新卒で就職できなかった場合の「恐怖」についても話してくれた。

「僕らの世代は、『フリーターが怖い』って意識がものすごく強いんですね。みんな、生活できないってわかってる。だから新卒採用から外れてしまうと、もう普通じゃないみたいな意識になっちゃうんです。フリーターになると結婚したらもう無理とか、子ども産めないみたいな。一番身近なフリーターって地元の同級生ですけど、実家だから食えてるみたいな。だから福利厚生のこととか、説明会でも質問する学生が多いんですよ。特に女の子が、子ども産んだら休めるのとか、復帰できるのとか。働きやすい環境なんですかとか、有給の数とか気にしてる子も結構いて。みんな残された選択肢の中で一番いい会社を探そうとしてる」

 この言葉には少々驚いた。この十数年、ずーっと「就職氷河期」や不景気と言われる中で、働く側は企業に「どんな条件でもいいから働かせて下さい」というような低姿勢を貫くことをなかば強要されてきた。しかし、企業だけじゃなく、学生たちもシビアな目で企業を見つめているのだ。学生たちにはその辺をガンガン企業に問いつめてほしい。ひどい会社だったら誰にも相手にされないから、少しは考え直すだろう。そういうことの積み重ねが、「働きやすさ」にもつながっていくのではないだろうか。

 しかし、福利厚生への意識は高いものの、学生たちのもっとも大きな関心事はやはり「内定」。そりゃそうだ。

 さて、秋に就活を始めて、5月に内定を貰った増澤さんだが、「内定貰った時の気持ちは?」と聞くと「いや泣きましたね(笑)」と笑った。

「やっとかぁ、ああ、頑張ったな俺」と嬉しい気分は一週間続いたが、終わってみると新卒採用という制度への疑問も出てきたのだという。就活中は大学もほとんど行けなかった。そんな中、一番辛かったことは、「終わりが見えなかったこと」。

「あと、頑張っても基準が明確じゃないからどう頑張ればいいのかわからない。周りが決まってくると焦りもある」

 彼の周りには、今、そんな焦りの中にいる人たちがいる。だからこそ、「新卒」という枠をもう少し緩めて彼らがチャンスをつかめるよう、問題提起をしたいと思っているのだ。

 というかそもそも、「社会に出る年の景気」によって一生が左右されてしまうなんて、素朴におかしい。一度しかチャレンジできず、失敗したら即アウトというゲームになんて誰も参加したくないのは当然だ。しかもそれがゲームではなく人生かかってるんだからタチが悪い。たまたま生まれた年や学校を出る年の有効求人倍率なんかで明らかに明暗が分かれるのであれば、「真面目に努力すれば報われる」なんて言葉の重みは羽毛より軽いだろう。それに、「とにかく大学出たらすぐに就職しなきゃトンデモないことになる」社会は人生の選択肢を恐ろしく狭める。こういう「新卒採用」って世界的に見ても特殊みたいで、外国人の友人たちに話すと「信じられない」と驚愕される。彼らに話を聞くと、学校を出たあとフラフラしたりいろんな国に行ったりまた学校に行ったりし、30歳過ぎてから就職、なんて人も珍しくない。しかし、日本の多くの企業はなぜか「新卒」にこだわるという謎。

 それにしても、就活にまつわるモロモロを聞いて、「これは自己責任論者になるだろうな」と妙に納得もした。たまに若い正社員層から「就職できなかったり貧乏なのは本人の責任に決まってる」とすごく冷たい言い方をされたりするのだが、これだけの苦行の果てに正社員の座を掴んでいるのであれば、そう思いたくもなるだろう。

 しかし、今回登場してくれた増澤さんのように、システムに疑問を持ち、変えようと動き出した若者もいる。これは希望だ。

 今、内定を貰えてない学生たちに一言、と言うと、彼は言った。

「そういう人たちが悪いんじゃないと思いますよ。運で決まってるこのシステムが悪いんじゃないかな」

 私もまったくそう思う。そして今、そんな中でも必死に就活している学生たちを本気で偉いと思う。私が20歳くらいの頃なんて本当に何も考えてなくて、ただ漠然と「働きたくねー」と浮ついたことばかり考えて甘え腐っていたからだ。

 増澤さんは、秋頃には新卒採用に疑問の声を上げるイベントを開催しようと計画している。

(終わり)

手ぬぐい持参率の高い湯浅さんと。9月19日、湯浅さんや私も出演するイベントが築地本願寺で午後一時頃から開催予定。詳しくは後日。

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連載でお送りした「就活」不条理劇場、いかがでしたか?
雨宮さんの以前のコラムにも、
日本の「新卒至上主義」に驚くカナダ人女性との会話が出てきますが、
あまりにいびつなこの「至上主義」、
早急に考え直すべき時期に来ているのでは? 

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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