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2010-10-27up

雨宮処凛がゆく!

第165回

べてるの家の恋愛大研究。の巻

 「べてるの家」をご存知だろうか。

 北海道の浦河町にある、精神障害などを抱えた当事者の地域活動拠点だ。私は行ったことがないのだが、周りにはファンが多く、何度も通っている人もいるし、著名人も数多く訪れている。

 そんなべてるで有名なのは年に一度開催される「べてるまつり」の「幻覚&妄想大会」。その名の通り、自らが体験した幻覚や妄想を披露し、その年でもっともユニークな幻覚や妄想を体験した人が表彰される。また、自らの病気や経験を研究する「当事者研究」という試みもある。そんなべてるは「住まいの場」「働く場」(日高昆布の通販などいろいろな事業をしている)「ケアの場」という3つのサービスを提供する拠点となっていて、国内外からの注目度も高く、年間3500人が過疎の地に訪れることでも知られている。07年には、厚生労働省から日本を代表する精神保健福祉のベスト・プラクティスにも選ばれている。べてるの家の著書には、『べてるの家の「非」援助論』『ゆるゆるスローなべてるの家 ぬけます、おります、なまけます』などなど。

 さて、そんなべてるの家がこのたび、『べてるの家の恋愛大研究』(大月書店)を出版した。本と一緒に送られてきた「本書の特色」には、以下のようにある。

 統合失調症やパーソナリティ障害などさまざまな苦労を抱えた仲間の集うべてるの家でも選りすぐりのメンバーが結集して挑む、恋愛という『究極の苦労』。共依存、妄想、片思いから『モテ方の研究』、カップル成立後の『安全なケンカの仕方』まで、メンバーが積み重ねた苦労の体験のエッセンスが詰まっています」「精神障害者の恋愛や結婚・出産をタブー視する風潮は今も根強くあります。時代に先駆けて(?)当事者の恋愛・結婚・出産などを経験し、その困難を『地域を巻き込む』ことで乗り越えてきたべてるの家には、当事者自身の力を信じながら、家族形成や子育てを支えていく支援ネットワークの実践が蓄積されています。(後略)

 様々な病を抱えた当事者たちの恋愛。この本では、恋愛を「究極の誤作動」と呼んでいる。しかも帯にある言葉は「恋すれば、みんな変」。言われてみれば病気かどうかにかかわらず確かにその通りで、私自身も自らの「恋愛体験」を少し振り返っただけでも「誤作動」しまくった上に「変」どころか危険な領域まで迫っていたという経験がひとつやふたつでは済まないところが恐ろしい。そんな「誤作動」がべてるの家の人々に降りかかかるのだから、これは盆と正月とX JAPAN再結成と浅草サンバカーニバルと高円寺阿波踊りとLUNA SEA再結成とインディーズメーデーが一気に押し寄せてくるような大騒ぎだ。

 ということで本書を読み、なんだかたまらなく元気を貰った。

 世間では精神障害などを抱える人に結婚や出産どころか「恋愛」が「禁止」されているような状況がいまだあるわけだが、本書には、病気や障害のあるなしに関係なく、「子育て」にまつわる目が覚めるような実践が随所に示されている。

 例えば、「浦河における本格的なカップル支援、子育て支援の土壌をつくった先駆者」の山崎さん。「統合失調症過去の苦労よみがえり苦労タイプ」である彼女は入院中に妊娠。周囲の反対の中、べてるのメンバーは「実に”いい加減”に」産むことに賛成。「みんなの子ども」として育てることになり、べてるの家の理事、向谷地さんは山崎さんに言うのだ。

「山崎さん、こういうことは、誰かが地域や関係機関を困らせる役割をしなくちゃ変わっていかないからね。とにかく”困っています”と言えれば何とかなるから・・・」 

 そうして本書はこう続く。

「当たり前に恋をし、普通に家庭をもち、順調に子育てに困難を感じたら、正々堂々とSOSを発し、ときには児童相談所も活用して、子育ての苦労を”地域の苦労”に変えていくという伝統がはじまったのは、山崎薫さんの功績が大なのです」

 そうして彼女は「もしかして、子どもも私と同じく病気になるかもしれないけど、自分は病気になってもけっして不幸じゃないから、この子も、どんなことがあっても、べてるのみんなのなかで生きていけると思います」と言うのだ。

「この薫さんの子育て観こそ、”浦河流の暮らし方”そのものであり、病気をかかえていても、全然立派じゃなくても、恋もできるし、家族もできるという安心の土台となっているような気がします。そして、彼女が切り開いた道を、次々と新しいメンバーが歩んでいきます」

 その代表格として登場するのが「石川さん夫婦」。知的なハンディをもつ人たちが支援を受けて暮らす住居で暮らしていた二人は交際をはじめるものの、妊娠が発覚。周囲は大騒ぎになり、産むことは反対され堕ろすように言われるものの、相談を受けたべてるの家理事の向谷地さんは二人に浦河への「駆け落ち」を進める。そうして浦河での生活が始まり、無事子どもも生まれたものの、それから始まったのが二人の「パチンコ三昧の暮らし」。べてるに通いながらもこっそりパチンコに通い、生活費もなくなり、近所にお米を借りて歩くという生活は「べてるまつり」の「幻覚&妄想大会」にて「ベストカップル大賞」として表彰されている。以下、表彰の言葉だ。

「あなた方夫婦は、お金もない、米もない、味噌もないどん底の生活にもめげず、懸命にパチンコに通い不況に喘ぐパチンコ業界の発展に寄与したばかりでなく、あまりの生活の『不備』により周囲の圧力で離婚を余儀なくされ、離婚届を書かされましたが、提出した離婚届にも『不備』があり受理されず離婚の危機を回避いたしました。
 以来、夫婦の絆はさらに強まり、特に父ちゃんは、いまやワークサービスの貴重な戦力として成長しました。よってここに今年度ベストカップルと認め、副賞として米と味噌を贈呈いたします」

 そんなカップルたちの活躍(?)によって浦河では様々なカップル支援、子育て支援が(必要に迫られて)発達。そのひとつが「浦河管内子どもの虐待防止ネットワーク」だという。

 本書を読みながら、ドキュメンタリー映画『精神』を思い出した。この映画には、心の病を持つ女性が、自らの赤ちゃんを殺してしまったことを語るシーンがあるのだ。

 病気や障害のあるなしにかかわらず、今、多くの人が孤立した中で子育てをしながら追いつめられている。べてるの取り組みには、その解決のヒントが詰まっているような気がするのだ。向谷地さんの言うように、「”困っています”と言えれば何とかなる」し、「子育ての苦労」を「地域の苦労」に変えれば孤立しようがないし、「石川さん夫婦」のように妊娠→駆け落ち→出産→パチンコ三昧という状況になっても、べてるでは「ベストカップル」として表彰されてしまう。ここにあるのは健全な「迷惑のかけ合い方」の実践だ。

 人が「共に生きる」ことについて、大いに考えさせられる一冊である。

『べてるの家の恋愛大研究』(浦河べてるの家/大月書店)

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「“困っています”と言えれば何とかなる」。
なんだかほっとさせられる、温かい言葉。
何とかなる、と思える社会、「困っています」と言える社会を、
もっともっと広げていければ、と思います。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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