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2010-11-03up

雨宮処凛がゆく!

第166回

ホームレス男性に熱湯をかけた少年。の巻

 先週は、格差社会の「上の方」を少しだけ垣間見た日々だった。2日間をまるまる六本木ヒルズで過ごし、夜はパーティー。タダ酒飲み放題で食べ放題。なんでそんな場違いなところへ? って感じなのだが、私が共同脚本としてかかわった映画『NEW HELLO』(監督・土屋豊)の企画が東京国際映画祭の企画マーケットに選ばれ、3日間にわたって六本木ヒルズでプロデューサー、製作会社、タレント事務所、海外映画投資家などなどとミーティングをしまくってきたのだ。
 初めての経験だったのだが、非常に面白く、かつ勉強になった。というか、「海外の投資家」なんて初めて会った上に、「CEO」という肩書きの人と会ったのも初めてだ。いや、ホントにいるんだなそういう人。しかもわざわざ外国から投資先を探して東京まで来るなんて、「お金」というものはあるとこにはあるんだなーとしみじみ驚いたのだった。
 ということで、非常に貴重な経験をさせてもらったのだった。あ、もうひとつびっくりしたのは、ある女優さんが私の本を読んでくれていたこと。大学のゼミで『生きさせろ!』を読んでくれたそうで、とっても嬉しかったのだった。
 こうしてたまに「格差の上」を垣間見ると、本当にこの国には目に見えて階層ができているのだ、ということをひしひしと感じる。

東京国際映画祭で、大好きな映画『サイタマノラッパー』のみなさんと。埼玉の正装・ジャージで登場。

 さて、突然話は変わるが、今年の9月に起きたある「事件」がずっと気になっているので、今回はそのことについて書きたい。それは中学3年生の男子生徒がホームレスの男性に熱湯をかけてやけどを負わせたという事件。
 報道によると、男子生徒は千代田区の公園のベンチに寝ていた67歳の男性に紙パック入りの熱湯をかけ、首や肩、胸に一ヶ月のやけどを負わせたのだという。男子生徒はこの一週間ほど前からホームレス男性に石を投げたり洗剤をかけるなどしていたそうだ。ちなみにホームレス男性は耳が不自由で、男子生徒は「反応が面白かった」と話しているという。男子生徒は傷害容疑で逮捕された(朝日新聞10/10/12)。
 ホームレスへの襲撃はこの事件だけでなく、今年に入ってから何件か起きている。
 8月には、神戸の公園のベンチで寝ていた83歳の男性に向けて花火が打ち込まれ、やけどを負うという事件が起きている。傷害の疑いで逮捕されたのは 高校2年生の男子生徒3人(MSN産経ニュース10/9/4)。また、3月には中学三年生の男子生徒二人がホームレスの男性(65歳)が寝ていたテントに火をつけて殺害しようとしたとして殺人未遂容疑で逮捕されている。寝ていた男性はすぐに気がついて火を消したため無事だったものの、男子生徒は男性に石を投げたら投げ返されたり、喫煙を注意されたことがあり、「懲らしめてやろうと思っていた。火をつけて、燃え移っても構わないと思った」と語ったという(MSN産経ニュース 10/4/30)。
 ホームレスへの襲撃事件については、この連載でも何度か触れてきた。89回では、00年に高校生たちが大阪で野宿者を暴行し死亡させた事件についても触れている。少年たちは日頃のウサを晴らすために「こじき狩り」と称し、「ホームレスは臭くて汚くて役に立たない存在」だからと襲撃を繰り返していたという。
 このような事件が報じられるたびに、ワイドショーなどで「少年」たちは大抵「最近の若者は善悪の区別がつかない」「命の大切さをわかっていない」というような形で「理解不能なモンスター」扱いされるわけだが、果たして本当にそうなのだろうか? と問いたい。
 107回で『ホームレス襲撃と子どもたち』という本の紹介をしたが、この本には、野宿者襲撃を受けてのシンポジウムで野宿者の男性が語る非常に印象的な言葉がしるされている。ある大学教授の発言を受けて男性は言うのだ。

「さきほど先生は、いまの子どもたちは“善・悪”の区別がわからない、その感覚が大人の意識とズレてきてる、といわれましたけど、ぼくは、そうは思いません。大人の意識が、子どもに反映してるんです。まず大人が、差別してるんです。(中略)大人がまず、排除してるんです。大人と子どもの違いがあるとしたら、大人は殺さないだけです!」

 結局は、世間の空気も含め、大人たちが「野宿者を襲撃しても構わない」というようなGOサインを出しているのではないだろうか。なぜなら、世の中には今も「あの人たちは好きでやってる」「怠けている」「働く気がない」というイメージが溢れているからだ。実際、同書では、野宿者の施設の建設予定地で、建設に反対する大人たちが「ホームレスは出ていけ」「働いてないやつは死んだってかまわない!」と叫ぶシーンが描写されている。こういった親や大人の姿を目の当たりにした子どもたちが「働いてない人間は死んだってかまわないんだ」と思ったとしても、当人だけを責められるだろうか。また、先に書いた高校生たちは「役に立たない存在」だからと襲撃を繰り返していたわけだが、この国には「役に立たない人間は生きる価値がない」というような、恐ろしく残酷な「常識」が幅をきかせてもいる。日頃の鬱憤を晴らすために「こじき狩り」をしていた彼らもまた、「役に立つ」人間でいなければいけないという思いに追いつめられていたのかもしれない。
 このような襲撃事件が起きるたびに、捕まった少年たちは「善悪の区別がつかないモンスター」扱いされ、そしてすぐに事件そのものも忘れられていく。
 その一方で、ホームレス状態にある人たちは普段から「理解不能なモンスター」として扱われているような側面がある。
 ホームレスの人々や少年たちを「自分たちとは常識も価値観もまったく違う別人種」としてしまえば思考停止できるし楽だろう。しかし、そんな思考停止は悲劇を生み続けることにしかならないのではないだろうか。

こういうブースでミーティング。

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相次ぐホームレスの人たちへの暴行事件。
少年たちが「善悪の区別のつかない存在」なのなら、
その暴力が「ホームレス」に集中して向けられるのはなぜなのか?
ふとした瞬間に発せられる大人たちの一言一言が、
暴行を後押しする「空気」を作り出しているのかもしれません。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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