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2013-02-06up

雨宮処凛がゆく!

第254回

尊厳死法制化の動きと、
その裏にあるもの。の巻
(その1)

 尊厳死。
 この言葉に、あなたはどんなイメージを持っているだろうか。
 否定的なイメージを持つ人もいれば、「堪え難い苦痛があるなら・・・」「寝たきりで、もうどうにもならないのに死ぬこともできない状態なら・・・」という感じで、肯定的な意見を持つ人もいるだろう。私自身も、「尊厳死」そのものをこれまで随分肯定的に捉えてきた。そこには何か、「自分の意志」や「自己決定」といったポジティブなニュアンスが漂っているからだ。が、そんな「尊厳死」が「法律で定められる」となると話は別だ。
 「だけど、そんなことが法律で定められることはないのでは?」。そう思う人も多いだろう。しかし、今まさに尊厳死「法制化」の動きが水面下で進んでいるというのである。
 「死ぬ権利」の法制化。場合によっては「死ぬ義務」の推進。
 そんな尊厳死法制化について私に教えてくれたのは、川口有美子さん。
 95年に母親がALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、14年間にわたって介護を続けてきた川口さんは、著書『逝かない身体 ALS的日常を生きる』(医学書院)で第41回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。現在は日本ALS協会の理事をつとめ、「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人もつとめる。
 そんな川口さんに出会ったのは、今年1月22日。生活保護引き下げを行なわないよう厚労大臣などに要請書を提出し、記者会見を行なった日だ。会見の席で、川口さんは現在進められている生活保護の「扶養義務の強化」(生活保護の世話になどならずに扶養義務のある家族で助け合え、というような方向で制度が変えられようとしている)について、触れた。
 「この問題と介護の問題は重なっていると思います。現在、ケアの社会化という方向で話が進み、個人単位での保障が必要という認識が広まっているのに、『家族でなんとかしろ』ということになると、介護の現場でも家族の中で弱い立場の者と強い立場の者が生まれてしまい、弱い立場の者はいろいろなことを我慢してしまいます。場合によっては、自分は『尊厳死』しなければならないとまで思い詰めてしまいます」
 生活保護と、尊厳死。このふたつのキーワードは昨年9月、話題となった。報道ステーションに出演した石原伸晃氏による「ナマポ」発言とその後の「尊厳死協会に入ろうと思ってるんです」発言だ。
 会見の後、川口さんに教えて頂いた「尊厳死の法制化を認めない市民の会」のサイトをのぞいた。恥ずかしながら私はその時初めて、尊厳死法制化の動きを知った。政権交代から1ヶ月と少し。弱者の切り捨てが露骨に始まる中で、今、何が起きているのか。とにかく、尊厳死について話を聞きたい。ということで、1月末、川口さんにお話を伺った。

 「今朝も1人、亡くなったんです」
 私にとっては見慣れない医療器具らしきものや介護用品がある「さくら会」(川口さんが理事をつとめるヘルパー研修センター)で、川口さんは言った。
 亡くなったのは、ALSを長く患っていた女性。川口さんとは10年の付き合いがあったという。大変な時に来てしまったことを申し訳なく思いつつも、なんと言っていいのかわからずに「そうなんですか・・・」と言葉を濁すことしかできない。というか、そもそも私自身、「ALS」についての知識も皆無。まずはそこから教えて頂いた。
 「神経が溶けてなくなってしまって、筋肉もなくなってしまう病気です。原因不明で、薬もない。最初はなんとなくだるい、力が入らない、という症状から始まります。ただ、痛くも痒くもない。誰でも突然なる可能性があります」
 川口さんのお母さんは95年、59歳の時に発症。最初はちょっとした段差が上がれないなど足から症状が出て、そのうちにボールペンが持ちづらくなり、呂律が回らなくなっていったという。病気の進行は早く、発症から半年で完全に動けなくなり、1年経たずに呼吸器をつけることになった。
 その時、川口さんが住んでいたのはイギリス。夫の転勤で駐在していたロンドンで専業主婦をしていたというから何やら「セレブ」な響きだが、95年の12月には夫をイギリスに残して帰国。以来、24時間介護の日々が始まった。
 「ALSは、呼吸器がついたらもう治療はないんです。病院は薬とか投与できれば儲かりますけど、儲からないので『在宅で』ということになる。『家に帰った方がQOL(クオリティ・オブ・ライフ)高くなるよ』とかいろいろ言われたんですけど、在宅医療がまだ全然ない中に帰ってきて、家族だけでやれって感じで。非常に過酷な介護をしました」
 家にいたのは、父、妹、そして川口さん。主に妹と2人、「睡眠時間4、5時間以外はずっと介護してるみたいな」日々が始まった。
 やらなくてはいけないのは、15分に一度の痰の吸引。その間、3分に一度くらいの割合で唾液の吸引がある。関節を動かさないと硬直が始まってしまうので体位の交換をし、寝る時は隣に寝るものの、1時間に一度くらいはナースコールが鳴らされる。意思疎通は文字盤を目線で読んで行なう。が、介護される方も思うように意思が伝えられず、時にイライラして喧嘩になることもある。
 最初の1週間は、お風呂にも入れず、着替えることもできなかったという。
 「呼吸器つけた人と一緒に暮らすとずっとヒヤヒヤしてるんです。外れちゃったら死んじゃうわけだから」
 いつまで続くのかわからない介護の日々。医者に聞くと、「4年くらい」という答えが返ってきたという。が、結果的には14年。介護には、お金の問題もつきものだ。様々な制度を知らず、自費で看護師さんを頼むと丸一日で8〜10万円、月に200〜300万円請求されることもあるというから愕然とするしかない。
 しかし、使える制度はあった。1日8時間までの料金は区が負担するという形で、ヘルパーさんが派遣される制度があったのだ。が、保健師さんにそれを教えてもらったのは介護を始めて半年後。
 「最初から言ってよって思うんですけど、行政側は聞かれるまで黙ってるんですよ。こういう申請制度って、学ばないと、賢くないと使いこなせない」
 最初から様々な制度があるとわかっているのといないのとでは、本人も家族も追いつめられ方がまったく違う。
 また、驚いたのは、ALSの患者さんは呼吸器をつける際に「究極の選択」を迫られることだ。
 「つける時に、どっちにするか迫られるんです。呼吸器をつけたら、どこも動かないし何もできないけど、長く生きますよって。その間は家族が介護しなきゃいけないから家族は縛られる。すごくお金もかかるとか、悪いことばっかり言われるんです。で、つけなきゃ死ぬ。どっちがいいですかと」
 もし、そんな「究極の選択」を迫られたら、あなたはなんと答えるだろうか。元気な時に「寝たきりになってまで生きたくない」と言うのは簡単だ。だけど本当に「呼吸器をつけなきゃ死ぬ」という状況に陥った時にどちらを選択するか、自信を持って答えられる人はどれくらいいるだろう?
 「だけど、どっちも嫌だから選べないんですよ。で、患者さんがどうしようって迷ってる間に悪くなっちゃって、最終的には家族が『つけて下さい』って言うみたいな。うちもそんな感じでした。ただ、母の場合はつけて生きたかったというのはなんとなくわかったので本人の同意でつけました。でも、呼吸器つけられたら困るって家もある。本人はつけたいと思ってるのに、家族と医者でグルになってつけない。それで死んでしまうケースもよくあります。それって殺人でしょって」
 「尊厳死」を巡る大きな問題点のひとつはここにある。「患者の権利」のひとつとしての「死ぬ権利」=「尊厳死」なわけだが、病気や障害によっては治療してほしくても治療してもらえないという現状があるのだ。それなのに「延命治療は必要ありません」というような運動や世論が先に盛り上がってしまうことへの危惧。そこに危機感を持っているのだ。
 次週は、「尊厳死」を法制化したい人たちが結局「医療費削減」を目指している実態について、更に川口さんに突っ込んでいくつもりだ。

川口有美子さんと。とっても素敵な方です!

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元気なときには「呼吸器などつけたくな い」と口にしていても、
いざ「そのとき」になって、同じ思いを抱くかどうかは誰にもわかりません。
そして、莫大なお金がかかり、家族の負担も大きくなる、
その状況下で、果たしてどれほどの人が真意を口にできるのか--。
川口さんの本は、尊厳死が「本人が望んでいるならいい」というような、
単純な問題でないことを教えてくれます。
雨宮さんの今後の連載とともに、ぜひご一読をおすすめします。

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雨宮処凛さんプロフィール

あまみや・かりん1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。オフィシャルブログ「雨宮処凛のどぶさらい日記」

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