鈴木邦男の愛国問答

 河野義行さんの講演は実に感動的だった。今まで何回か聞いてるが、今回は時間も長かったし、新しい発見もあった。又、河野さんの不屈の闘いの現場・心情を見たと思った。あるいは、元刑事さんの飛松五男さんの前だから、敢えて意識的に警察との闘いについて話したのかもしれない。河野義行さんは「松本サリン事件」の冤罪被害者だ。奥さんは倒れ、入院し、後に亡くなった。

 犯罪被害者なのに河野さんは「容疑者」にされた。警察、そしてマスコミも、河野さんを犯罪者扱いした。何度も何度も調べられ、嘘発見器にかけられた。マスコミも追い回した。近く、警察に逮捕されるのではないかと思われた時、東京では地下鉄サリン事件が起こる。そして、やっと河野さんの容疑は晴れた。
 しかし、辛かっただろうし、大変だったと思う。それにしても忍従の日々だ。警察、マスコミの追及の中で、ただただ耐え忍んだのだ。そう思っていた。ところが、この日の話を聞いて驚いた。一方的に受け身ではない。警察やマスコミに対し、かなり主体的に対応している。闘っている。「まるで軍師官兵衛のようですね」と言った。

 しかし、どうやったらあれだけ耐えられるのか。ずっと、そのことが不思議だった。この日はその謎の一端を見たと思った。11月18日(火)の「飛松塾 in 姫路」だ。2ヶ月に一度ずつ、姫路で飛松さんがゲストを呼んで講演会をやっている。僕もレギュラーで出ている。飛松さん、僕、そしてゲストの3人でトークしている。連合赤軍事件の植垣康博さんも呼んだ。元オウム真理教幹部の上祐史浩さんも呼んだ。元刑事の飛松さんが事件の闇、真相を聞き出す。

 「11月18日は河野義行さんを呼びます」と飛松さんは言っていた。「ただ、時間を1時間半くれと言うんですわ」と飛松さん。いいじゃないですか。じっくりと話してもらいたいですね。と言った。いつもの飛松塾では、第一部でゲストの人に20分か30分喋ってもらう。第2部は飛松さんと僕が入り、3人でトーク。そんな流れだ。でも河野さんは時間を1時間半とって、事件の本質を語りたいという。じゃ、河野さんの話を中心にして、そのあと、3人で少し話しましょう。それでいいでしょう。と言ったら、「実はゲストがもう3人もおるんですわ」と言う。これには驚いた。この時、チラシをもらったが、「全国被害者大会」と大きく書かれている。河野さんをトップに、事件被害者、冤罪被害者を4人呼んで、大いに語ってもらおうという企画だ。他の3人には悪いけど、ともかく河野さんに思い切り喋ってもらいましょうよ。よほど喋りたいことがあるんでしょう。第2部はあまり時間がないけど、他の3人のゲストも入ってもらって、全体でやりましょう。30分位ですね、勿体ないけど、それしかないでしょう。と言った。

 それで、午後2時から開始。姫路駅前のじばさんビル9階の大ホールだ。2時から3時半まで河野さんの講演。そのあと4時まで、全員で話す。「でも、他の3人って誰ですか?」と聞いた。チラシには書いてない。一人目は、釜ヶ崎でボランティア活動をしていた女医さんが亡くなった。その女医さんのお兄さんの矢島敏さん。この事件は知っている。飛松さんも随分と調べていた。警察では、何とか「自殺」にして片づけようとしている。「許せない」とお兄さんは言う。2人目は秋田で女性が2人の子どもを殺したといわれる事件。息子の豪憲君を殺された父親の米山勝弘さん。「被害者の父親なのに、警察からはずっと容疑者扱いされ調べられた」という。指紋をとられたり、毛髪鑑定されたりもしたという。容疑者の女性と肉体関係があって、殺害にも協力したのではないかとも言われたという。3人目は高校の時に集団リンチをされた小西史晃さん。一人ひとりが重い事件だし、考えさせられた。
 「4人に一人ひとり聞きたい。そして一人ひとりの本を作りたい」と僕は言った。それほど、我々に訴えるものがある。

 河野さんは、奥さんが亡くなってから松本を引き払い、今は鹿児島にいる。九州新幹線と山陽新幹線で来たという。松本サリン事件で、河野さんは容疑者にされた。マスコミもそう決めつけていた。「大体、普通の人で、こんなに家に薬品を持ってる人はいない」「若い時は過激な運動をしてたようだ」と書かれていた。全く嘘だったが。だが、薬品は写真の現像をするので持っていたという。ある日、普通の人が突然「容疑者」にされたらどうする。そういう恐怖を感じる。河野さんは一方的に警察に責められた。そう思っていた。ところがそうではなかったようだ。要所要所でキチンと反論する。納得いかないものには絶対にサインしない。又、嘘発見器は応じてはいけない。いくら注意して応じても警察は都合のいい所だけを取り出す。そして「ほら、機械は嘘をつかない」と言う。

 又、「マスコミは絶対に敵に回してはダメだ」と言う。これは米山さんも言っていた。「容疑者」と決めつけるのもマスコミだが、それを晴らすのもマスコミだ。どんなに不愉快でも敵に回してはいけないと。それにしても、どうしてそこまで強くなれるんですか。と河野さんに聞いた。学生運動をやったわけではない。だから、警察に捕まったらどう対応するかなんて分からない。「弁護士さんがよかったんですよ。そういう体験を持っている人だったんで」と言う。そうなのか。じゃ、今度「一問一答」で警察や検察の取調べの記録を書いて本にしたらいい。「それと、妻の存在です」と言う。「寝たきりだったけど、妻がいてくれる。それだけで私も家族もはげまされた」と言う。「妻が支えてくれたんです」と。皆、ホロリとしていた。
 そうだったのか。又、河野さんには会って、話を聞きたい。鹿児島まで行ってもいいな。と思った。

 

  

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第164回 河野義行さんの話に感動した」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    冤罪のおそろしさとともに、「容疑者と決めつけるのも新聞、容疑を晴らすのも新聞」という言葉に、人生を左右しかねないメディアの影響力を、発信者はもちろん受け手としても、もっと自覚して向き合わないといけないと思いました。
    さて、鈴木邦男さんと孫崎享さんとの共著『いま語らねばならない戦前史の真相』(現代書館)の刊行記念イベントとして、岩上安身さんと3人によるトークイベント「2014-2015ニッポンの分かれ道」が、新宿・紀伊国屋ホールにして、12月14日(日)に行われるそうです。詳細はこちらをご覧ください。

  2. 多賀恭一 より:

    「マスコミは絶対に敵に回してはダメだ」
    ひどい言葉だ。
    古いマスコミは死すべき時が来ている。
    しかし、
    新しいマスコミは、未だ正しく動いていない。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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