鈴木邦男の愛国問答

 森まゆみさんの『「青鞜」の冒険』(平凡社)について、前に紹介した。その後、週刊『アエラ』(10月21日号)で書評を頼まれて書いた。マガ9でかなり長く書いたし、もう書くことはないと思ったが、少し別の角度から挑戦してみた。でも、同じ本を取り上げるのだから、基本的なスタンスは同じだし、重複してる点も多いと思う。そこで思った。書評や映画評、演劇評を専門にやっているライターの人は大変だろうなと。
 映画だったら、本よりずっと少ないから、さらに大変だろう。話題になってる映画は限られているし。30年ほど前、ある映画評論家と会って話をした。今と違って、映画雑誌はかなりあった。話題になってる映画については、どこの雑誌も書いてくれという。「いや、その映画については他で書いたからやめましょう。別の映画について書きましょう」とは言えない。同じ映画について、5本も6本も書くことになる。これはキツイ。ライターにとって最もキツイ仕事だ。「長く書いてくれというのなら、いくらでも長く書ける。しかし、同じテーマで同じ枚数で6本の原稿を書けというのは大変だ」と言っていた。よく、そんな仕事をやってられるもんだと同情した。僕など絶対に出来ない。2本の書評だけでギブアップしてるのだから。
 ただ、『アエラ』では、新しい発見があったので、そこから書き始めた。「発見」じゃないな。自分が昔、『青鞜』にあこがれて、あそこに集まる女性たちは素晴らしいと喋ったことがある。そういう個人的な思い出から書いた。たしか、桂文珍さんと『サンデー毎日』で対談した時だ。23年前だ。その原物はない。コピーもない。ただ、その内容は二つの本に収録されている。だから、それを見ながら書いた。
 その頃、文珍さんは『サンデー毎日』で連載対談を持っていた。2年以上続いたようだ。「文珍の美女美男丸かじり」というタイトルだ。その第74回に出た。『サンデー毎日』(1990年4月29日号)だ。今、気がついた。4月29日は「昭和の日」だ。この時は、まだ、そうは呼ばれてないが、昭和天皇の誕生日だ。「右翼だし天皇主義者だし」と思って、その日に合わせたのかもしれない。
 この対談は100回以上続き、単行本にまとめられた。桂文珍『浪花友あれ』(毎日新聞社)だ。タイトルは変わっている。「なにはともあれ」と仮名がふってある。大阪の落語家だし、なにはともあれ、いろんな人に会って話を聞いてみよう。ということのようだ。この本は、1990年12月20日発行だ。ただ、載ってるのは48人だ。100人以上と対談してるのに、たったの48人だ。その中に僕も入っている。外された人には申し訳ない。普通なら、僕なんか、まっ先に落とすところだろうに。
 もしかしたら「時代的背景」があって、残ったのかもしれない。「1990年4月29日号」というと、「ああ23年前だな」と思う。それだけだ。でも、年表を見ると、「平成2年」だ。昭和天皇が崩御し、平成となり、その翌年だ。そして、平成2年(1990年)1月18日には大事件が起こっている。本島等・長崎市長が右翼にピストルで撃たれ重傷を負ったのだ。「天皇に戦争責任はあると思う」という本島発言に怒っての襲撃だった。「言論への挑戦だ」「右翼テロを許すな」とマスコミは連日大糾弾キャンペーンを展開した。
 右翼への糾弾が続いている2月23日、「朝まで生テレビ」が「徹底討論・日本の右翼」をやったのだ。右翼の7人が出て、左翼文化人・評論家と激突した。右翼が生出演して、5時間の討論番組に出たのは初めてだ。「朝生」始まって以来の視聴率だった。僕も出た。他の6人は本島さんを襲ったテロを「支持する」と言った。僕だけが「テロは支持できない」と言って、孤立した。自分としても命がけだった。文珍さんはそれを見て、呼んでくれたようだ。又、単行本化にあたっても、そうした時代背景があって、48人の中に残ったようだ。
 さらに、この対談は、僕の対談集『右であれ左であれ』(エスエル出版会)にも収められている。1999年9月25日発行だ。だから、それを見て、『アエラ』には書いた。「いい女とは?」と文珍さんに聞かれて、「『青鞜』の平塚らいてうや伊藤野枝のような女性ですね」と僕は答えている。「ほとんど、目が点になるようなご意見ですな」と文珍さんは驚いていた。そうだろう、僕はまだ、バリバリの右翼活動家だった。「朝生」に初めて出て、闘い始めた時だ。
 原本の『サンデー毎日』はどこかにあるはずだと探したが見つからない。コピーもない。思い余って『サンデー毎日』の編集部に電話して送ってもらった。編集部の人は『アエラ』と「マガ9」の書評も読んでくれた。そして言う。
 〈活動家が自省する契機に、という観点は、平塚らいてうが聞いたら「ほとんど目が点になるようなご意見」だと思います〉
 そうか、文珍さんだけでなく、らいてうも目が点になるのか。この対談の最後の見出しが「大正デモクラシーのころはいい女がいっぱいいた」だ。僕の発言からとっている。
 この連載対談は「文珍の美女美男丸かじり」だから、いつも、“いい女とは、いい男とは”というのを聞いている。
 「内面的には信念とか思想とかを持っていながら、それをギラギラ外に出さない人が“いい男”だと思います」と、まじめに僕は答えている。では、“いい女とは”と聞かれて。
 〈大正デモクラシーのころの女性たちというのは、非常に魅力があるし、いい女がいっぱいいたと思うんですよ。例えば青鞜の平塚らいてうとか伊藤野枝とか、有島武郎と心中した『婦人公論』記者の波多野秋子とか。ああいうのはすごいですね〉
 文珍さんはこれには驚いて、「イッヒヒ。ほとんど目が点になるようなご意見ですな」と言っている。
 このやりとりは文珍さんの対談集に入っているから読めるが、『サンデー毎日』のコピーで見ると又、印象が違う。写真が大きく入っているし、写真のキャプションも面白い。これは週刊誌の誌面でなくては分からない。又、今読み返してみて、「時代の曲がり角」だったな、と痛感する。
 「マスコミでも、真ん中よりちょい左というやり方をしている人が結構いて、それのほうが楽なんですよ」と文珍さんは言う。そうか、23年前はそうだったのか。今とは違う。でも一方、文珍さんは「若い人が非常に保守的になっている、ということについてはいかがですか」と言っている。23年後の、「総保守」の時代を予見している。右も左も運動家がやめちゃって、それが悪い。何かをやりたいという青年はボランティアとか宗教に行くんじゃないですか。と僕は答えている。実際、オウム事件などがその後、起こっている。
 23年前の、かなり軽い対談だが、「時代の曲がり角」を痛切に感じる。いい機会をつくってもらったと思う。それと、単行本には入っていないが、写真と写真のキャプションだ。何やら色紙を持って、文珍さんと並んでいる。「最後に、モットーとしている言葉を書いて下さい」と頼まれ書いたのだ。写真の下にはこう書かれている。
 〈色紙は「義のために迫害されてきた人たちは幸いだ。天国は彼らのものだから。ミッションスクール出身の民族派」。〉文珍さんも驚いていた。僕も思い切ったことを書いたもんだ。自分のことを「義のために迫害されてきた」と思っている。今よりもずっと戦闘的だし、意欲的だ。年の若さだけでなく、あらゆるものに挑戦していこうという精神があったのだろう。「右翼め!」と蔑視する世間に対して闘う。さらに右翼の中でも異端視されていて、それに対しても闘う。どうなってもいいや、という捨て鉢の気持ちがあった。久しぶりに、そんな自分に出会って嬉しかったし、驚いた。

 

  

※コメントは承認制です。
第137回 23年前の「闘う」僕に出会った」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    「いい女とは?」との質問に、「大正デモクラシーのころの女性」・・・。そんな答えが返ってきたら、たしかに「目が点」になりそうではあります。それにしても、23年前から「若者の保守化」が言われていたんですね。

  2. 宮坂亨 より:

    「目が点になる」はさだまさしさんの周辺から鶴瓶さんらを経由して一般的になった言葉。
    いまや広辞苑にも載っている。

  3. 花田花美 より:

    いろいろな戦いがあるけれど、いちばん根本的な戦いは、
    大資本・大企業・御用政治家・御用マスコミVS一般庶民
    だと思います。
    原発問題も、TPPも、憲法改悪も、アホノミクスも、消費税アップも、ブラック企業の問題も
    根本はみんなここにいきつきます。
    一般庶民の生活を犠牲にして、一部の大企業だけが莫大な利益を得るしくみが年々強化されている。
    これを御用マスコミの魔法にかかったまま、だまっていていいのか?
    市民の意見を数の力で押し返すのか?
    試されていると思います。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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