鈴木邦男の愛国問答

 アッという間に決まってしまった。18歳以上に選挙権が認められた。来年の参院選から実行される。高校でも、選挙や政治について教えなくてはならない。でも、「偏向教育」はダメだという。つまり、教師の感想や考えを入れてはダメだということだ。あくまで客観的に話せということらしい。これは難しい。自民党、民主党、公明党、社民党、共産党といった具体的な政党名を出さないと日本の政治を語れない。あるいは、教師は政党の名前を一切出さないで政治や選挙について語るのか。それは無理だ。だったら、現実の政党名を出さざるを得ないし、その一つひとつを説明するときに、喋る時間の長さも違うだろう。好き嫌いの感情も出てしまうだろう。これも「偏向教育」になるのか。

 この前、「ビートたけしのTVタックル」という番組を見ていたら、「18歳の選挙権は早すぎる。反対だ」と言ってた人がいた。「日本人全体がどんどん幼くなっているんだし、20歳でもまだ早い。22歳からでいいじゃないか」と言っていた。これは面白い。選挙権をもらう18歳だって困る人は多いだろう。「僕たちに選挙権はいりません」とデモをやったらいい。「選挙権返上」運動だ。「よごれた政治の現場に巻き込まないでほしい。20歳までは静かに勉強させてほしい」という声があってもいいのに…。と思う。

 それに「18歳選挙権」というのは、18歳をもって「大人」と認めることだ。そうなると次は「少年法」も撤廃されるだろう。いや、18歳までの少年は、学習の機会も少なく、社会のことをよく知らないで犯す罪が多い。だから、大人と同じ罰を科すべきではない。と言って「少年法」に賛成する人もいる。いまや少数派になりつつあるが貴重な意見だ。永山則夫などは確かにそうかもしれない。自分は貧しくて全く勉強もできなかった。だから犯罪に走ったのだと懺悔し、獄中で『無知の涙』を書いた。買って読んだが、凄い本だった。中でもの凄い勉強をしたのだ。

 ロクに教育を受けられず、世の中のことを知らずに、だから犯罪に走ってしまう。そんな子どもたちを見守り、教えることを怠った社会にも責任がある。ということだろう。だったら、老人の場合はどうか。十分に学習し、世の中を十分に知りながら、それでも犯罪を犯す老人がいる。この年まで生きてきて、何も学ばなかったのか。と疑問をもたれるような老人もいる。だったら、少年法とは逆に、「老人法」をつくり、成人よりも重い罪を科するべきだ。ということにもなるだろう。『週刊朝日』(7月17日号)を見たら、巻頭特集がこれだった。

 〈新幹線焼身自殺テロ 
下流老人の復讐〉

 6月30日に起きた事件だ。ガソリンを車内にまき、その後ガソリンをかぶってライターで火をつけて自殺した。車内で火災が起き、煙が充満し、それで女性が一人亡くなった。「焼身自殺」だけでは済まない。これによって他に犠牲者を出しているのだ。それで「焼身自殺テロ」と書いたのだろう。テレビでは連日、この事件が大きく報道されていた。又、翌日「高齢者ストーカー」が激増したと言っていた。コンビニで女子店員からおつりをもらった時、とても優しく渡してくれた。「これは自分に好意を持っている証拠だ」と思い、ストーカーになったという。「犯人」が告白していた。おつりが落ちないように、しっかりと手から手へ渡す人もいる。まるで自分の手を握るようにして渡す。僕も、そんな渡され方をして、あれっと思ったことがある。でも、ストーカーにはならなかった。それだけの実行力がなかったからだ。
 しかし、好意を持っていると勘違いしてストーカーになった人は、あるいは、今の世の中のことを「学習」してないのかもしれない。今の社会を「知らない」。今の社会の人々のことを「知らない」「学習してない」から起こす犯罪なのかもしれない。じゃ、「老人法」で成人より厳しく罰するのは酷か。6月30日の事件後、知り合いの人から随分と電話があった。下流老人が、自分は恵まれていない、抑圧されていると思い、自殺した。「お前と同じじゃないか」と言う。自分はこんなに努力しているのに報われない。社会から受け入れてもらえない。くやしい。だから死んでやる。それも、人の沢山いる所で華々しく死んでやる。そう思ったのだろう。その事件を見て「鈴木だろう」「常に社会に対して不満を言ってるから、きっと鈴木がやったんだろう」そう思ったという。それに、最初のうちは名前を出さなかった。ただ、年齢は71歳と出ていた。それで、「鈴木に違いない」と思って電話してきた人が結構いたんだ。迷惑な話だ。

 これからは、〈「下流老人」には気をつけろ!〉となるだろう。下流で生きがいはないし、社会に不満を持っている。そういう人が危ない。とコメンテーターが言っていた。さらに言うならば「昔、学生運動をやった人」や「格闘技をやってる人」はもっと危ない。ということになるだろう。左翼・右翼の過激派はもういない。これからは、「先が短くて、ヤケになってる老人」が一番危ないのか。「下流老人」が「過激派」といわれるんだろう。
 又、今まで気軽に乗れた新幹線も、荷物検査などがあったり、警察官が乗り込んだり、いたる所に監視カメラがついたりするのだろう。あるいは、70歳以上のために「シルバー車輌」をつくり、そこだけを集中的に監視することになるかもしれない。それというのも、若者たちが暴れないからだ。政府に対し怒っているのなら、デモをやり、抗議集会をやり、反乱を起こしてくれよ。若者こそが過激に闘うべきだ。それなのに、若者は皆、保守化し、おとなしくなり、だから18歳以上も大人にしようとなる。若者が暴れないから、老人たちが過激になる。これはよくない。世の中、逆だよ。と思う。

 

  

※コメントは承認制です。
第179回どうして老人が「過激派」になるのか」 に6件のコメント

  1. magazine9 より:

    18歳選挙権に向けての準備は大丈夫なのか、老人たちがそんなに怒らなくちゃいけない社会ってどうなのか、といろいろ気になることはあるのですが、最後の「世の中、逆だよ」「若者が反乱を起こしてくれよ」という鈴木さんの言葉に、はっと痛いところを突かれた思いになりました。

  2. このネタでビートたけしなら、『TVタックル』じゃなくて、最新作映画の『龍三と七人の子分たち』でしょう、普通は。

  3. とろ より:

    若者が暴れないから、老人たちが過激になる・・・

    いま官邸前や沖縄で暴れている老人は,日米安保や成田闘争で暴れていた人達のなれの果てでしょう。
    三つ子の魂百までって言いますから,過激な人は年取っても過激なだけですよ。
    若者は反乱をおこす必要がないと思っているんじゃないですか。
    そのへんは世代間ギャップというやつだと思います。

  4. 島 憲治 より:

    新幹線自殺者。おそらく「廻りに合わせて生きてきた人」でしょう。そうだとすれば、廻りの評価がとても気になると思います。そして、「自分はこんなに努力しているのに報われない。社会から受け入れてもらえない。くやしい。」となるのでしょう。
     このような高齢者が益々増えてくることでしょう。幼少の頃らから定年まで「従順な生き方」を教え込まれ実践してきた結果と考えられるからです。       一方、「自分の人生は、自分でつくる。」つまり自立心を日々磨いている人は他者の評価を気にしている暇がありません。判断基準が確立しているから廻りの変化にも自分のバランスを乱すことが少ないと思います。        死ぬ直前、「俺は何の為に生きてきたのか」、等とはきたくない。その為には「やせ我慢」も武器にしなければと考えています。
    失敗して「教訓」。上手くいって「感動」。この繰り返しが生きる自信を導く様な気がしています。

  5. 多賀恭一 より:

    「若者が暴れないから、老人たちが過激になる」
    日本にとって良い傾向では。
    というか、高齢者の暴れ方が足りないと思う。
    年金は削られ、医療費は高騰。
    暴れ方が足りないのは、高齢者では?

  6. Shunichi Ueno より:

    「アベ政治」という格好の教材を得て、若者も政治に向かい合うようになってきたと思います。次の選挙が楽しみです。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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