鈴木邦男の愛国問答

 「和歌山カレー事件を考える人々の集い」が、7月23日(土)、大阪で開かれて、行ってきた。場所は、天満橋の「エル・おおさか南館10階」だ。昔は労働運動の会館だったようだ。労働○○会館といっていたんだろう。だから、Labor(労働)の「エル」だ。そこで毎年、カレー事件を考える集会が行われている。

 集会名は「考える人々の集い」となっていて、いろんな人が客観的に事件を考えるように見える。しかし、カレー事件に関する圧倒的な見方に対する抗議の集会なのだ。「圧倒的な見方」とはこうだ。18年前、「和歌山カレー事件」があった。夏祭り会場で、何者かによってカレーにヒ素が入れられ、67人が病院に運ばれ、4人が亡くなった。

 始めは事故か、食中毒事件か、とも報じられたが、「いや、これは殺人事件だ」と報道が変わり、犯人探しが行われた。そんな中、ヒ素を所持していた林眞須美さんが逮捕された。普通の人がヒ素を持っているわけがない。それに、仲間うちでヒ素を使って体調を崩し、保険金をとっていた。保険金詐欺だ。彼女は、町の人々からも嫌われていた。だから、「嫌がらせ」「報復」の為に、カレーにヒ素を入れたのではないか。警察はそう思い、マスコミもそれを真に受けて、大々的に書き立てた。「容疑者」の眞須美さんは、そんなマスコミに対し反発して、ホースで水をかけた。よほど頭にきたのだろう。しかし、「カレー事件」と言えば、そのシーンばかりがテレビで流される。それに、保険金詐欺事件で捕まっている。こんな悪い奴は、殺人だって簡単にやってるだろう。大体、ヒ素を持っている人間なんかいない。他に犯人はいない。マスコミはそう書き立てた。僕らもそれを信じた。そして裁判の結果、死刑が宣告された。今は死刑囚として、面会も出来ない。

 これに対し、「これはおかしい」と声をあげたのは、安田好弘弁護士たちだ。さらに、三浦和義さんもそれに参加した。「自供もないし、具体的な証拠もない。それで死刑にしていいのか」と訴えた。確かに、ヒ素を使った保険金詐欺事件はやっている。その事件では刑に服している。しかし、「詐欺をやっているから殺人もやっている」とは言えない。殺人事件では無罪だ、と訴えた。僕は三浦和義さんとは知り合いだったので、よく話は聞いていた。「眞須美さんは無罪ですよ」と断言していた。「でも、容疑は真っ黒じゃないか。それにマスコミには水をかけるし。ひどい人だ」と思っていた。「いや、彼女はやっていません」と三浦さんは断言する。そして、カレー事件の集会に何回か連れて行かれた。

 それでも僕の疑惑は晴れない。それ以前に、三浦和義さんだって、世間から疑われている。アメリカに奥さんと旅行中に暴漢に襲われ、三浦さんも怪我をし、奥さんは死亡した。悲劇の主人公だ。ところが、「週刊文春」は「これは殺人事件だ」と告発した。三浦さんが暴漢を雇い、2人を襲撃させたのだと。一度は逮捕されたが、否認し、出獄した。無罪になった。そして、三浦さんについて面白おかしく書いたマスコミを訴え、すべて勝利した。大金も得た。「この事件だって、まだ分からない。まだマスコミは疑っている」と言ったら、「僕には確証があるんです。やるはずがない。愛している妻を殺すはずがありません」と言う。でもなー、と思った。しかし、刑務所に入れられても全く動じない。強い人だ。さらに自分で勉強して裁判を闘い、マスコミを訴える。この強さ、信念は何だろうと思った。三浦さんとは何度も対談したし、対談集にも出ている。別に、左右の運動や市民運動をしたわけじゃない。宗教もない。それなのに精神的には強い。これは謎だった。

 三浦さんは「林眞須美さんを支援する会」代表だった。ところが亡くなってしまい、「じゃ、次は三浦さんと親しかった鈴木さんでしょう」と安田弁護士に言われて、僕が二代目の「林眞須美さんを支援する会」代表になった。7月23日も、代表として挨拶をした。カレー事件では、いま再審請求をしている。その再審請求弁護団報告(現状と課題)が行われ、京都大学・河合潤教授の解説・報告が行われた。又、安田弁護士、それに元刑事の飛松五男さんの発言もあった。

 眞須美さんは、保険金詐欺事件で大金をとっている。「そんな人は殺人だってやるだろう」と警察は発表し、マスコミは書き立て、僕らも「納得」した。でも、眞須美さんの旦那さんの言葉にハッとした。「たしかに私らは保険金詐欺をやっている。それで大金も手に入れた。だからこそ、一文にもならない殺人などするはずがない」と。なるほどと思った。少しでも違法行為をしたことのある人なら分かるだろう。一般の「善良な人々」には分からないかもしれないが。三浦さんは、これで確信したのだろう。ある時、自分の傷を見せてくれたことがある。奥さんと2人でいた時、暴漢に襲われて、撃たれた傷だ。何と下半身の急所からほんの10センチくらいのところだ。三浦さんは酒を飲まない、だが、女性は好きで、噂も多い。「そんな私が、こんなところを撃たせますか」と言う。「暴漢を雇って、自分も撃たせた」と言われていた。でも、こんな危ないことはさせられない。ちょっと狂ったら、男の急所を撃たれるし、これからの男の人生も終わってしまう。「そんなことをするはずがない」と言う。警察や裁判でも、多分それが大きな「確証」になったのではないか。そんな体験があるので、カレー事件の「無罪」を信じたのだろう。でも、カレー事件は進展が無い。三浦さんが生きていたら…と思う。

 

  

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第203回18年前の「和歌山カレー事件」」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    「疑わしきは被告人の利益に」というのはよく知られた原則ですが、再審請求を行っているほかの大きな事件の経過をみていても、その原則は本当に実践されているのだろうかと思います。「納得」できるかどうかではなく、法治国家としてどうなのか、と考えることは、思った以上に難しいのかもしれません。しかし、あんなにセンセーショナルに報じられた「和歌山カレー事件」も、18年が過ぎてみれば話題になることもほとんどありません。メディアのあり方だけでなく、私たちの姿勢も問われています。

  2. 田中郁夫 より:

    確かに自供もなく物証もなく、状況証拠だけで極刑にしていいのかどうか議論のあるところだとは思う。眞須美さんは、嘘を言っているわけではなく、記憶が抜け落ちているのかも知れない。それにしても三浦和義氏が「会の代表」だったとは驚いた。「疑惑の銃弾」も似た側面があるので、シンパシーを感じたのだろうか? 彼の死は、狂言のつもりが現実になってしまったという説さえある。しかし、いまとなってはすべてが闇の中だ。

  3. 多賀恭一 より:

    証拠主義に基づく警察捜査が行われれば、問題の無い事件だ。しかし、日本の社会全体が証拠の残りにくい環境にある。証拠の残りやすい社会の構築が必要だ。車載カメラの義務化・指紋の残りやすい家具や家屋・公正に情報が残される監視カメラの充実など、法整備が必要だ。
    即ち、プライバシーの保護が犯罪とえん罪を助長している。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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