鈴木邦男の愛国問答

 昼は舞浜、夜は横浜。千葉県と神奈川県だ。近いところだが、電車の乗り換えがよく分からないし、遠かった。時間がかかった。両方とも海に関する集まりだ。そうか、だから都内でやらないで、海の傍でやったのか。今、初めて気が付いた。

 11月9日(土)、12時から「戸塚ヨットスクール開校37周年を祝う会」が行われた。戸塚宏さんとは昔からの知り合いなので参加した。場所はホテルオークラ東京ベイのクラウンボールルームだ。東京駅から京葉線までは随分と歩く。そこから舞浜に行って、さらにバスだ。東京ディズニーランドのすぐ隣だ。

 夜、6時半からは、「ピースボート30周年記念パーティ」に出た。桜木町から徒歩12分。パシフィコ横浜、アネックスホールだ。実は、ピースボートは、この日は第一部が1時半から「トークイベント」。そして、第2部が6時半からのパーティだった。僕は、夜のパーティだけに出席した。昼のトークイベントは、飯田哲也さん、高橋哲哉さん、手塚眞さん、宮台真司さん、それに外国の学者やジャーナリスト、NGOの活動家なども出るというし、聞きに行きたかったが、戸塚ヨットスクールに出ていたので行けなかった。

 では、戸塚ヨットスクールの話からしよう。右派・保守派の間では、戸塚宏ファンは多い。「戸塚ヨットスクールを支援する会」の会長は石原慎太郎氏だ。一水会の講演会にも戸塚さんに来てもらったことがある。戸塚さんは強固な信念の人だ。ゆるがない。当日、挨拶したら「いや、実績があるからですよ。信念はそのあとから付いてきます。左翼を見て下さい。実績がないから信念もない。だから皆、つぶれたじゃないですか」と、いきなり左翼批判だ。

 37年前、発足した当時はそれほどでもなかったのに、今は、かなり「右傾化」している。「大和魂を学ぶ勉強会」をやっているし、憲法やマスコミ批判も多い。かつて訓練中に事故があり、マスコミには徹底的に批判された。いや、全国民から糾弾されたといっていいだろう。その時の反撥もあって、「右傾化」したのかもしれない。あの時、戸塚さんはじめコーチは逮捕され、長期拘留され、裁判だ。普通なら、これでつぶれている。しかし、つぶれない。

 11月9日の案内状にはこう書かれていた。

 〈マスコミによる戸塚潰しはいまだに続いております。決して真実を伝えようとしないマスコミ。其の中で校長はじめコーチの皆さまは日々淡々と子供達の教育に携わっております〉

 この日、戸塚さんは、こう言っていた。

 〈教育荒廃の根本的な原因は、非科学的な欧米流の精神論を使う事にある。だから解決策は科学的精神論、大和魂に戻せばいいのだ〉

 マッカーサーは日本の大和魂を否定し、精神論のクーデターを起こした。日本の政治家はそれを守っている、おかしいと言う。

 なぜ、欧米流の精神論がダメなのかを、戸塚さんはこう言う。〈欧米流の精神論には「進歩」っていう概念がない〉。いつまでたっても赤ん坊状態だという。確かに「進歩」は必要だ。僕らは、いくつになっても「進歩」しようと思い、勉強している。本を読んでいる。でも、それは内発性によって努力すべきだと思う。いや、それではダメだ、外からの力が必要だと戸塚さんは言う。

 〈進歩は人間の宿命だ。進歩しなければ人間にはなれない。ただのヒトにすぎない。文科省は子供を進歩させる責任があるのに進歩とは何かを知らない。進歩のメカニズムを知らない。知っていれば、体罰禁止、いじめの撲滅、自由だ、権利だ、個性を大切に、叱るより誉めろ、などのタワゴトは教育の世界に持ち込まない〉

 なんとも過激だ。体罰を堂々と擁護しているのだ。ここまでくると僕も理解できないし、ついて行けない。NHK『八重の桜』でやってたが、同志社大学を創った新島襄は、学生が問題を起こした時に、学生を責めなかった。「これは私の責任だ」と言って、自分の杖で自分を打つ。これは感動的だ。今の学校でも、これをやったらいい。「やめて下さい。私たちが悪いのです」。生徒たちはすがりつくだろう。生徒たちは、自分たちが殴られるよりも痛いと感じるだろう。

 今の学校の体罰は、先生がカーッとなって個人的な感情で殴る。つまり、(新島襄と違って)先生が生徒の「未熟な段階」に下りて、その次元で殴っている。とても教育とは言えない。体罰なんかやる資格も権利もない、と思う。戸塚さんとも、ちょっとそんな話をしたが、「いや、先生も訓練を受け、体験を積めばうまくなるんです」と言っていた。

 この点は又、話してみたい。そのあと、一旦東京に戻って、今度は横浜に行き、「ピースボート30周年大会」に出た。「海が好きな人は右翼になり、山が好きな人は左翼になる」という説がある。左翼は、山にとじこもって闘う。右翼は海辺で、敵に見立てたワラ人形を突いたりしている。そんなイメージが強いからだろう。戸塚ヨットスクールにも、これは当てはまる。しかし、ピースボートはちょっと違う。どっちかというと、左翼的だといわれる。だが、マスコミによく批判されるところは戸塚ヨットスクールと似ている。

 先週の週刊誌にも、ピースボートに乗った人がマリファナをやったとか、高い金をとってるのに食事がまずいとか…いろんなことが書かれていた。かわいそうに。ピースボートは頑張っていると思う。創設者の1人の辻元清美さんとは昔からの知り合いだ。北朝鮮に行くクルーズに乗ろうとして、僕だけはじかれて、ビザが下りず、行けなかったことがある。でも、屋久島に行く「ジャパンクルーズ」には乗った。20年近く前だ。そこで神田香織さんや湯川れい子さん達と一緒だった。船の中では、いろんな勉強会があったし、屋久島では星川淳さんに会った。とても有意義だった。ただ、僕は船には弱い。海は怖いし、とてもヨットには乗れない。戸塚ヨットスクールにも入れない。海が嫌いなら、右翼になるはずはない。でも、なっちゃった。不思議だ。今、気がついたが、昔、「生長の家」の合宿で、富士山に2回、登ったことがある。じゃ、左翼になる可能性の方が強かったんだ。今頃になって、その傾向が出てきたのか。

 20年前、ピースボートに乗った時は、船に弱いので、完全に酔ってしまい、ほとんど寝ていた。一緒に乗ってた人たちに、「右翼のくせに、だらしがねえ」と馬鹿にされた。思想と船酔いは関係ないだろうに、と内心ムッとした。ピースボートのスタッフに聞いたら、「ジャパンクルーズだからですよ。世界一周なら巨大な船だから揺れないし、船酔いしませんよ」という。本当だろうか。世界一周は3ヶ月、110万くらいだ。仕事のある人は、3ヶ月休むのは、ちょっと無理だ。だから、退職した人や学生が多い。中には、このために会社を辞め、帰国してから又、職探しをする人もいるという。それだけの価値がある世界一周なのだろう。僕も乗ってみたい。

 海も、浜辺などで遊んだり、訓練していると右翼になる。でも、大きな船に乗って大海に出て、世界一周に出ると、もう「右」の束縛を振り切ってしまう。いや、右も左もなくなる。そんな気がする。

 そうだ。「船に酔うのは、考えの視野が狭いからです」と言われたことがある。イルカウォッチングに行った時、船長さんに言われた。船の中で、船縁や近くの波ばかり見てるから、酔う。はるか遠くの空や地平線を見なさい。遠い、動かないものを見つめると酔わない。近くの動くものばかり見てるから酔うのだと。

 これは人間の思想についても、人生についても言えると思う。身の回りの小さなこと、移り変わる日々の時局的なニュース。それだけに目を奪われていては、酔ってしまう。政治論でも、「現実論」だけでなく、もっと遠い「理想」や「夢」を語るべきだろう。ピースボートの大会に出て、そんなことを感じた。

 

  

※コメントは承認制です。
第138回 「海」に関する集まりに参加して」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    「遠くを見ていれば船に酔わない」、そういえば車酔いについても同じようなことを言われた記憶が…。そして「政治においてもそれは同じでは」という鈴木さんの指摘、先日ドイツ在住の米国人政治学者、ミランダ・A.シュラーズさんの「(日本は)国として持っているビジョンがなんなのか、今ひとつはっきりしない」という言葉を思い出しました。私たちが見据えるべき「夢」とは? 「理想」とは?

  2. 花田花美 より:

    右翼と左翼が戦うのは、エネルギーの無駄使いだと思っています。
    お互いの揚げ足をとって続ける泥仕合。人格攻撃あり。聞くに耐えない罵詈雑言あり。
    そんなのをみたら、多くのノンポリさんたちは、政治ってなんだかうさんくさいから関わりたくないと思うのではないでしょうか?
    そういうわけで、
    「私は右翼だから」「私は左翼だから」「あの人は右翼だから」「あいつは左翼だから」
    というレッテル貼りをやめることを提案します。
    レッテル貼りに逃げることで、思考停止になり、ものごとを深く考える習慣が失われるからです。
    ものごとを深く考えなければ、狡猾な大資本や御用政治家・御用マスコミに簡単にだまされてしまうからです。
    郵政民営化選挙では多くの国民が簡単にだまされてしまいました。あのときの大手マスコミの世論誘導はみごとな魔術っぷりでした。アホノミクス選挙もしかり。こういう例は他にもたくさん。
    便宜的に「右翼的」「左翼的」という言葉を使うのは、問題ないと思っています。
    言葉狩りになって文章がわかりにくくなってしまったら本末転倒なので。

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鈴木邦男

すずき くにお:1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。近著に『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)がある。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ!」

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