柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

shibata

 北朝鮮は年明けの核実験に続いて、2月7日、人工衛星「光明星4号」を打ち上げた、と発表した。どこからみても弁明の余地がない核実験とは違って、今回の打ち上げは、事前に国際機関にも届け出ており、ロケットの落下地点も通告しているので、受け止め方もちがってよさそうなものなのに、またまた世界中が同じような大騒ぎになった。
 なかでも日本の反応がものすごく、自衛隊に「破壊措置命令」が出され、軌道の下にあたる海上には艦対空ミサイルSM3を積んだイージス艦、沖縄には地対空ミサイルPAC3を配備して、厳重警戒に当たった。
 撃墜命令が出されたり、対空ミサイルを配備したりする対応は、今回が初めてではないので、セレモニーのようなものなのかもしれないが、いささか大げさではなかろうか。また、メディアは新聞もテレビもそろって「事実上の長距離弾道ミサイル」という言葉を使い、人工衛星と報じたところは1社もなかった。解説記事で、人工衛星の打ち上げと長距離弾道ミサイルとはほぼ同じ技術であると付け加えているところはあったが…。
 核実験は軍事技術以外の何ものでもないのに対して、人工衛星には平和目的もあり得るわけで、現に日本も46年前の「おおすみ」以来、何基も打ち上げている。また、韓国の人工衛星の打ち上げには、軌道もほぼ同じで、失敗すれば日本の領土内に落下する可能性もあったのに、破壊措置命令など出していないことはいうまでもない。
 日本政府や自衛隊は、北朝鮮の脅威を強調することで、安保体制や軍備の拡大に対する国民の理解も得やすいと、ことさら大げさな対応をとろうとしており、メディアもそれに協力している形である。
 もちろん北朝鮮の狙いは長距離弾道ミサイルの開発にあり、国連の決議にも違反しているので、日本も北朝鮮を厳しく非難することは当然としても、国連の制裁措置も決まらないうちに、日本が真っ先に独自の制裁案を発表したことには、やや違和感があった。
 それに呼応したのか、韓国も南北共同運営のケソン工業団地の操業を全面的に中断すると発表、それに対抗して北朝鮮も「ケソン団地を閉鎖し、軍事統制区域とする」と宣言した。ケソン工業団地の閉鎖は両国にとって経済的な痛みになるだけでなく、これによって南北の公式な対話チャンネルは、すべて途絶した形である。
 それだけではない。北朝鮮は日本の制裁措置に対する報復措置として、日朝合意に基づく拉致問題に関する包括的な調査を全面的に中止し、調査を担当する特別調査委員会を解体すると宣言した。日朝の「ストックホルム合意」は、新たな制裁措置で日本が先に破棄したからというのが北朝鮮の言い分だが、1年を目途に結論を出すと約束していたのをこれまでも勝手に先延ばししていたのだから、今回の特別調査委の解体も日本側の制裁措置に便乗しただけなのかもしれない。

拉致問題はどうなる――安倍首相への期待は消えた?

 日本と北朝鮮との関係は、国交回復どころか正常な外交関係さえない状態だが、拉致問題を北朝鮮が認めて謝罪したことで、日本の立場は、植民地支配をした加害者の立場から、被害者の立場に逆転したと言われている。
 2002年に小泉純一郎首相とともに北朝鮮を訪問し、拉致問題を契機に首相の座を得たといわれている安倍晋三首相は、拉致問題の解決を最重要課題の一つに据えてきたし、一方の北朝鮮側も、安倍政権に期待を抱いて、これまで日朝交渉に応じてきた。
 確かに、かつて米中の国交回復が、中国に対して最も厳しい姿勢をとってきたニクソン政権だったから成し遂げられたといわれているように、北朝鮮との国交回復に反対する日本の右翼陣営を安倍首相なら抑えられるだろうという北朝鮮側の見方は、当たっていると言えよう。
 ところが、日本側が満足するような調査結果が得られなかったためか、あるいは、安倍政権に対する期待がしぼんでしまったのか、北朝鮮は今回の日本側の制裁を契機に、日朝合意をご破算にするような宣言を発してきた。日本側は「交渉の扉は閉ざしていない」といっているが、当分、期待は出来そうにない。
 それだけではない。北朝鮮に対抗して韓国も核兵器を持とうという意見が急速に増えてきたと、韓国からの報道が伝えている。韓国が核を持って、どうしようというのだろうか。そういえば、北朝鮮が最初の核実験をやったとき、「日本も核を持つべきだ」と主張した日本の有力政治家がいたが、日本まで核には核をといっていたら日本国民の「核廃絶」の悲願は遠のくばかりだろう。

甘利、宮崎、丸川、丸山、高市……自民党議員・閣僚の不祥事つづく

 先月、甘利明・経済再生相が業者から不純なカネを受け取っていたことで大臣を辞職した(議員辞職はせず)のに続き、今月も自民党の議員や閣僚にさまざまな不祥事が続発した。
 まず、議員にも育児休暇が必要だと主張して自ら育休取得を公言していた宮崎謙介・衆院議員が、妻の出産直後に不倫していた疑惑が報じられ、それを事実と認めて議員を辞職した。
 さらに、丸川珠代・環境相が、福島第一原発事故への対応で国が追加被曝線量の長期目標として示している年間1ミリシーベルトについて、「何の科学的根拠もない」などと発言したことを認め、発言を撤回して陳謝した。衆院予算員会では発言を認めていなかったので、いっそうの醜態だと言えよう。
 また、自民党法務部会長の丸山和也氏が「米国の大統領に、奴隷の黒人が…」と人種差別的発言をし、「日本が米国の51番目の州になるには…」という発言まであって、参院憲法審査会の幹事と委員を辞任した。これには自民党の幹事長から口頭注意があり、野党議員からは辞職勧告決議案が提出された。
 それだけにとどまらない。高市早苗・総務相が、一つの番組だけでも放送法4条の政治的公平に反する場合には電波を止めることがあり得ると発言したことに対し、民主党が「放送全体を見て判断する」としてきた従来の総務省見解と違う、と政府の統一見解を要求し、総務省が「一つ一つの番組を見なければ、全体の判断もできない」と高市発言を追認するような統一見解を示した。
 「一強多弱」に慢心した自民党の議員や閣僚の暴言や不祥事がここまで広がってくると、さすがに党内からも「これではいけない」という声が上がりはじめている。宮崎議員の辞職で京都3区の補欠選挙も3月にあり、北海道5区と合わせて、参院選の前哨戦として与・野党の激突が予想されるだけに、自民党も対策に苦慮しているようだ。
 どの発言や行為も大問題だが、なかでも高市総務相の発言は、言論の自由にかかわる重大な発言で、テレビやラジオなど放送に対する「恫喝」にもなっているものだけに、軽視できない。総務省が追認したうえ、安倍首相まで追認したのだから、これからも尾を引く大問題となろう。
 高市発言に対しては、公明党の井上義久幹事長も「法律の建前を繰り返し、担当大臣が発言するのは、別の効果をもたらす可能性もある」と批判し、また、民主党の山井和則・予算委理事は「国民の知る権利を妨げる検閲にもつながりかねない、深刻な統一見解が出てきた」と厳しく批判していた。
 また、ジャーナリストや研究者、市民らでつくる「日本ジャーナリスト会議」や「放送を語る会」は、「憲法が保障する言論・表現の自由に対する許しがたい攻撃だ」と、高市総務相の辞任を求める声明を出している。

高市発言に同調する市民運動のような形の「意見広告」も登場

 高市発言に歩調を合わせたような奇怪な動きも広がっている。昨年11月に、産経新聞、読売新聞に1ページ大のカラーの意見広告が載り、「私達は、違法な報道を見逃しません」という大見出しで、TBS「NESW23」のメインキャスター、岸井成格氏を名指しで攻撃する事例があったことは、前々回にも記した。
 それに応じたかのように、TBSが岸井氏と星浩・朝日新聞編集委員との交代を発表し、「たとえ交代時期が来ていたにせよ、交代を先送りするくらいの意地を見せてほしかった」と私をはじめ多くの人たちを嘆かせたが、そこへまたまた、2月13日の読売新聞に「意見広告の第2弾」が載ったのだ。
 広告主は前と同じ「放送法遵守を求める視聴者の会」で、呼びかけ人のほかに今度は「賛同者一覧」表までついている。カラーの大目玉の写真と「視聴者の目は、ごまかせない」という大見出しが躍っているところも「放送法第4条を守れ」といっているところも前と同じである。
 読売新聞の全国版に1ページ大のカラー広告を載せる巨額の費用を誰が出しているのか、という疑問が2回目を見ていっそう高まったこともあるが、それより「市民運動の形で政府の主張に同調し、『政府を批判する報道を批判する』組織的な動きが出てきたこと」に、子ども時代に戦前・戦中を体験した私は、ある種の危機感を抱いたのである。
 戦前、政府に批判的な新聞を、市民と政府が一体になった形(不買運動のような)で圧力をかけ、ついにはすべての新聞が政府に同調して「政府を批判する人は非国民だ」と糾弾するような社会を産み出してしまった歴史があるからだ。
 とくに今回、放送法第4条の政治的公平とは「政府に批判的な意見も報道しなさいよ」という倫理的な規範だというのが学界の通説なのに、それを政府が法的規範として批判封じの圧力に利用しようとしているとき、それに同調するかのような市民運動の登場だけに、いっそう心配になるわけだ。私の杞憂であれば、いいのだが…。

集団的自衛権の行使容認の「想定問答文書」を内閣法制局が開示せず

 今月のニュースでもうひとつ、戦後一貫して「法律の番人」内閣法制局が集団的自衛権の行使は憲法違反だと言ってきたのに、安倍政権が長官の人事権を行使して、閣議決定により憲法解釈を引っくり返したことに対して、内閣法制局内でどんな議論があったのか、公式文書は残っていないとされていたが、実は「想定問答文書」はあったと、国会で長官が認めた。
 しかし、長官は「それは公文書管理法が定める行政文書には当たらない」と述べ、開示はできないとした。それに対して、開示を求めていた民主党は納得せず、あくまで開示を求めていく方針だ。
 戦後一貫して憲法違反だとしてきた判断を、憲法違反ではないと引っくり返した重大な判断の変化に、何の公式文書も残っていないというようなことがあり得るのか。
 先に、内閣法制局内での議論の内容を情報公開法に基づいて請求したのに、「そんな文書はない」と回答があったという毎日新聞のスクープ記事があったが、想定問答集まで公開しないとは! それでも「法律の番人」といえるのか。
 メディアのいっそうの追及を期待したい。

 

  

※コメントは承認制です。
第87回 北朝鮮の人工衛星打ち上げに「撃墜命令」とは!」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    高市発言の問題点については、鈴木耕さんも先週のコラムで触れられていました。報道の自由を失い、国民が「知る権利」を奪われた国が、どんなふうに暴走していくのか。そのことを、私たちは過去の歴史から、知りすぎるほどに知っているはずです。

  2. 島 憲治 より:

    生かされて80年。生き抜いて80年。廻りで亡くなっていく方を見て、生き抜いて人生を終えた、という人を見かけない。晩年は暗く生きていた人がほとんどだ。                                 「高市発言に歩調を合わせたような奇怪な動きも広がっている」「高市発言に同調する市民運動のような形の『意見広告』も登場」。「自立心」、つまり自分で考え、判断し、行動するすることがとても増えてきたなあ~と率直に感じた。  同調圧力に弱く、付和雷同型の国民気質を先読み、金の力で一気に迎合させようというのだろう。そこには理念のひとかけらも見え出せない。「主権者を舐めたらアカン」。長寿社会、これができている限り老いは来ない。

  3. AS より:

    2月28日、アメリカで弾道ミサイル「ミニットマン3」の発射実験が2度も行われたそうです。
    ロケットとICBMの違いって何でしょう? 親日国のものならロケットとミサイルが使い分けられ、そうでなければ全部ミサイルなんでしょうか?

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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