柴田鉄治のメディア時評


その月に書かれた新聞やテレビ、雑誌などから、ジャーナリスト柴田さんが気になったいくつかの事柄を取り上げて、論評していきます。

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 トランプ米大統領の登場による世界中の混乱は、その後も一向に収まりそうもない。大方の予想に反して就任後も「アメリカ第一」を叫び続け、次々と大統領令に署名して具体的な行動にも移しはじめたからだ。
 大統領令のなかで最も波紋を広げたのは「イスラム圏7カ国からの入国禁止」措置である。世界各地で米国に向かう航空機への搭乗を拒否される乗客が続出するなど、混乱は世界中に広がった。
 米国内でも、入国禁止の大統領令は憲法違反だとする訴えが各地で出され、裁判所もそれを認めて大統領令の執行を停止する決定を下した。さすが米国の司法は、行政に対するチェック機能がしっかりしているな、と感嘆していたら、トランプ大統領は「司法は国の安全を考えていない」と、今度は司法に対しても罵声を浴びせた。
 そんな状況の中で、安倍首相が2月初旬、訪米して初の日米首脳会談をおこなった。昨年11月にも会ってはいるが、大統領就任前のことなのでこれが初めての首脳会談である。英国やカナダのあとだったとはいえ、就任から1カ月も経っていない早い時期の首脳会談であり、その結果も日本側の期待通りの内容となった。
 選挙中に繰り返し言っていた「米国に守ってもらうならもっとカネを払え。払わなければ引き揚げるぞ」とか「中国や日本との貿易で米国は損をしている」といった問題には米側からは一切触れず、日本側から出した尖閣諸島の防衛についても「日米安保条約第5条の対象だ」と明言してくれた。
 会談だけではない。トランプ大統領は首脳会談の後、安倍首相をフロリダの別荘に招待し、一緒にゴルフをするなどまる2日間を一緒に過ごすという大変な厚遇ぶりを示したのだ。この日米首脳会談の結果について、日本政府の関係者は「100%の大成功だ」と大喜びし、経済界もホッとした表情を見せた。この厚遇ぶりに対し、皮肉たっぷりに報じたメディアもないわけではなかったが、日本のメディアの評価も総じて甘かった。
 しかし、本当に大成功だったといっていいのだろうか。
 この厚遇ぶりは、トランプ氏側に立って考えてみれば分かりやすい。トランプ政権は閣僚人事が議会の反対でなかなか決まらない。労働長官は辞退したし、安全保障担当のフリン補佐官はロシア大使との電話によって更迭された。それだけではない。7カ国からの入国禁止令に対して司法から「待った」がかかっただけでなく、各国の首脳からも次々と批判的な声明が発表され、四面楚歌に近い状況だったのである。
 そこへ、普段から安保法制や沖縄の基地問題などで日本国民の民意より「アメリカ第一」を主張している安倍首相が、入国禁止令に対しても「他国の内政問題なので発言を控えたい」と言ってくれたうえで首脳会談にやってくるというのである。大げさに言えば「尻尾を振って」擦り寄ってきたように見えたのではあるまいか。
 そのうえ、日米首脳同士のゴルフは、安倍氏の祖父の岸信介首相とアイゼンハワー大統領以来だと聞けば、「一緒にゴルフもやろう」と考えたのだろう。
 冷静に考えてみれば、尖閣諸島の日米安保5条の適用は前から約束されていたことで、今回の会談による成果とはいえない。極論すれば、今回の会談による新しい成果は何もなかったと言っていい。
 それより、日本が米国に擦り寄ったことで、各国から日本を見る目がどう変わったか。まるで米国の属国のような対米追随の国にみえたのではないか。そういう視点がメディアにもっとあってもよかったのではないかと思われる。

安倍首相への厚遇ぶりに産経新聞が興味深い解説記事

 以上は日米首脳会談の安倍首相への厚遇ぶりについての私の分析だが、日米首脳会談が終わった直後の2月11日の産経新聞に、興味深い解説記事が載った。1面の日米首脳会談の記事を受けて、3面のトップに「『私は朝日に勝った』『俺もだ』――首相の一言、警戒解いたトランプ氏」という大見出しのもと、「米大統領選で日本に対しても厳しい発言を繰り返してきた大統領のトランプが、これほど首相、安倍晋三を厚遇するのはなぜか。実は伏線があった」という書き出しで、こう報じているのだ。
 「昨年11月の米トランプタワーでの初会談で、軽くゴルフ談義をした後、安倍はこう切り出した。『実はあなたと私には共通点がある』。怪訝な顔をするトランプを横目に安倍は続けた。『あなたはニューヨーク・タイムズ(NYT)に徹底的にたたかれた。私はNYTと提携する朝日新聞に徹底的にたたかれた。だが、私は勝った…』これを聞いたトランプは右手の親指を突き立ててこう言った。『俺も勝った!』。トランプの警戒心はここで吹っ飛んだと思われる。トランプタワーでの会談は90分間にも及んだ」
 これが本当なら、実に面白い解説記事だ。スクープだといってもいい記事である。ワシントン発の記者名も出ていたから、まさか記者の創作ではあるまい。産経新聞は安倍政権支持の新聞であり、安倍首相と近い記者が密かに聞き出したことではあるまいか。
 ところが、その後、どこの社もこのスクープを追っていないのはどうしたことだろう。少なくとも安倍首相に「産経の記事は本当か」と訊き、「本当だ」というのなら「朝日に勝ったとは何を指しているのか」訊いて報じてもらいたい。もし「そんなことは言っていない」とか「論評は差し控えたい」というのなら、その答えをそのまま報じてもらえばそれでよい。
 とくに、朝日新聞の記者にとっては「他人ごと」ではないはずで、少なくとも記者会見の場で訊いてみる価値のあることだろう。折から、朝日新聞では「ファクトチェック」という欄を設けた。トランプ大統領も安倍首相も平気で事実でないことを語るし、またウソのニュースが飛び交う時代なので、事実かどうかを見極める欄を設けたのである。
 他社の記事について真偽をチェックするのは異例のことだが、産経新聞の記事はネットでは大々的に拡散しているので、もし事実と違う部分があるのなら、ファクトチェック欄で取り上げることも一案であろう。

北朝鮮の権力者の異母兄が暗殺される

 トランプ大統領をめぐるニュースに世界中が翻弄されているなかで、突然、北朝鮮の権力者、金正恩氏の異母兄、金正男氏がマレーシアの空港で暗殺されるという大ニュースが飛び込んできた。
 韓国のメディアによると、金正男氏は5年間にも暗殺されかかったことがあり、異母弟に「暗殺命令を取り消してほしい」という手紙を送ったというのだから、今度の暗殺も北朝鮮の工作員によるものという見方が当然、出てこよう。
 ただ、疑問点も少なくない。大勢の目撃者がいて、監視カメラも見ている前で、プロ中のプロである北朝鮮の工作員が暗殺をやるだろうか。そういう疑問もあれば、素人の女性に100ドルで「いたずら動画を撮りたいから」とだまして犯行を手伝わせるなんて、あり得るのかという疑問も湧いてくる。
 とはいっても、女性が顔面に吹き付けた猛毒によって殺されたこと、マレーシア駐在の北朝鮮の大使が、遺体が置かれた病院に駆け付けて「直ちに遺体を引き渡せ」と要求したり、断られるとマレーシア政府を非難する声明を発表したりしたこと、また、金正男氏が暗殺されたニュースを北朝鮮の国民には知らせていないこと、など、やはり北朝鮮の工作員による暗殺かな、と思わせる事実も少なくない。
 マレーシア当局の発表によると、女2人と男1人を逮捕、男3人を指名手配した。男4人は北朝鮮のパスポートを持っており、3人の男はすでに北朝鮮に帰国してしまったらしいという。
 マレーシア政府は、さらに北朝鮮大使館の2等書記官と北朝鮮の航空会社、高麗航空の職員にも事情を訊きたいと申し入れたが、断られたようだ。
 事件から10日経って、北朝鮮のメディアはやっとこのニュースを報じた。ところが、北朝鮮のパスポートをもった男がマレーシアの空港で急死したというだけで、金正男氏だとは伝えていないのだ。しかも、遺体も引き渡さず、北朝鮮に黙って司法解剖したのはけしからんとマレーシア政府を激しく非難している。
 金正男氏と言わずに、このニュースを聞いても、北朝鮮の国民はわけがわからないのではないか。
 また、北朝鮮の非難声明や捜査への非協力に怒ったマレーシア政府は、北朝鮮駐在の大使を召還した。そのまま行くと両国は国交断絶まで行ってしまうのではないか、という見方まで出ている。
 マレーシア政府は2月24日、使われた毒薬は化学兵器に使われるVXだと発表した。北朝鮮による暗殺の可能性が高まったといえよう。

日本は韓国駐在の大使を引き揚げたままでいいのか

 いずれにせよ、日本としては今後の推移を静かに見守るほかないが、北朝鮮の情報を最も詳しく持っているのは韓国である。また、韓国自身も大統領の弾劾事件や財界トップの汚職事件などで激しく揺れているときである。その大事なときに、韓国駐在の日本の大使が1カ月以上も不在のままなのだ。
 従軍慰安婦に対する日韓両政府の合意事項、日本政府は10億円を支払うこと、韓国政府は日本大使館前に建てられた少女像を撤去するよう努力すること、が守られず、新たに釜山の領事館前にも少女像が建てられたことに日本政府が腹を立て、大使を帰国させたまま、「韓国側に動きがないので」と帰任を先延ばししているからだ。
 その後、日韓外相会談が行われ、韓国外相から釜山の少女像の撤去について努力している旨の発言があり、歩道を管理する釜山市東区などに像を撤去するよう公文書を送ったことまで明らかにした。韓国側の約束は、もともと努力目標であり、また、少女像を立てたのは民間人なので政府が強制するわけにもいかないのだ。韓国外相の努力を多として大使を帰任させればよかったのに、またまた先延ばしにしてしまった。
 日韓関係は、日米関係に劣らず重要なことは言うまでもない。もともと安倍首相の「日本は10億円出した。今度は韓国が」という発言が、韓国民を怒らせ、「日本に10億円を返そう」という声まで渦巻いてしまったのだ。こんなことで大使を帰任させられないほど日韓関係を悪化させてしまっては、日本外交の恥だろう。

安倍夫人が名誉校長の小学校用地に国有地を格安で払い下げ

 大阪府豊中市内の国有地が鑑定価格9億5600万円の約1割、1億3400万円で払い下げたことが大問題になっている。払い下げを受けたのは学校法人、森友学園(籠池泰典理事長)で、小学校を建てるための用地として買収したもので、その小学校の名誉校長には安倍首相の昭恵夫人が就任する予定と紹介され、ホームページに昭恵夫人のあいさつ文が載っていた。
 豊中市議が払い下げ価格を公表しなかったことに不信を抱き、近畿財務局に情報公開を請求、断られたため提訴したところ、一転、公表したため、国会でも連日取り上げられるという大問題に発展したのである。
 近畿財務局などの説明では、用地の地下には多くのゴミが埋まっているため、ゴミの撤去費として8億1900万円を差し引いて売却したのだという。ところが、同学園によると、ゴミはほとんど撤去しておらず、撤去費もほとんど使っていないのだ。
 国会審議では、民進党が現地調査も行って厳しく追及し、安倍首相が「私や妻は学校の認可や国有地の払い下げに一切関与していない。関与していたら総理大臣も国会議員も辞める」と発言する一幕もあった。
 麻生財務相も、近畿財務局がゴミの撤去費などの積算根拠などについて答えられなかったことを問われ、「近畿財務局が大阪航空局と協力して適正な手続きによって処分したと承知している。それ以上答えようがない」とはぐらかしている。
 小学校の建設は、大阪府の私学審議会で審査されているが、名称は「瑞穂の國記念小學院」といい、教育勅語を暗唱させることなどを教育方針としている。一時期、同学園は「安倍晋三記念小学校」の文言で寄付金を集めていたという。安倍昭恵夫人のあいさつ文は、その後、ホームページから削除された。
 この大問題について、国会で大論戦になっているのに、読売新聞、産経新聞など安倍政権に近いメディアは、ほとんど報じてこなかった。読売新聞は1週間以上過ぎた2月24日の朝刊2社面で初めて記事にしたが、その間、国会の審議も続いていたのに何をしていたのだろうか。メディアの在り方が問われる一つのケースだといえよう。

文科省の天下り、さらに27件も違法と中間報告

 文部科学省の組織ぐるみの天下りが内閣府の再就職等監視委員会に国家公務員法違反だと指摘され、文科省独自の調査班が調べていた中間報告が発表された。それによると、今回、文科省自身が認めた違法な再就職は27件に及ぶという。関与した官僚は、前川喜平前事務次官を含め20人に及ぶ。
 文科省はさらに調査を進め、3月に最終報告書を発表する方針だ。違法行為の摘発がさらに増えるのではないか。こうした違法行為を生んだ原因について、松野文科相は「省内の順法意識が欠けていた」と述べたが、官僚の天下りに順法意識などもともとなかったのではあるまいか。
 ところで、他省庁の天下りの調査結果はどうなったのであろうか。文科省だけをスケープゴートにして、他官庁はウヤムヤにしてしまおうというのでは、文科省が浮かばれない。財務省や経産省など天下りの常習官庁は、文科省以上に問題だといわれているだけに、メディアはしっかりと監視していてもらいたい。

南スーダンの自衛隊は大丈夫か

 「駆けつけ警護」という新任務を付与されて南スーダンに派遣された自衛隊は、その後、どうなっているのか。南スーダンの状況はますます悪化して、ルワンダのような大虐殺が起こるのではないかという報道が飛び交っている。
 現地の自衛隊から「戦闘状態だ」と記された日誌が防衛省に届いていたのに、稲田防衛相には1カ月も報告されていなかった。それだけでも大問題なのに、稲田防衛相は国会の審議で「戦闘を衝突と言い換えて答弁したのは、憲法9条に違反するかのようにとられる恐れがあるから」という趣旨の答弁をしたのには驚いた。これでは、主要閣僚が憲法を軽視していることを自ら認めているようなものではないか。
 ひと昔なら、そんな閣僚は直ちに罷免されるか、責任をとって辞任しただろう。共謀罪をめぐる金田法相の答弁ぶりといい、いまの政界もメディアも、責任追及に極めて甘くなってしまったようだ。

 

  

※コメントは承認制です。
第99回 トランプ米大統領に擦り寄った安倍首相」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    森友学園への国有地払い下げ問題の追及が続く中、2月27日の夜に安倍首相は、東京・赤坂の高級中華料理店で、内閣記者クラブ加盟の各社キャップとの会食を開いたとのこと(首相動静より)。メディアへの「口封じ」だとの批判が広がっていますが(そして、そもそもそこに出席するメディアの見識も問われるべきだと思いますが)、本当にそんなことで「封じられて」しまうのか。今後の報道をしっかりと注視して、応援の声も批判の声もあげていかなくてはなりません。
    また、「慰安婦像」と韓国駐在大使引き揚げの問題については、想田和弘さんのコラムでも詳しく解説されていますので、ぜひあわせてお読みください。

  2. 樋口 隆史 より:

    ふと思いつきであることを先におわびしていいます。オバマさんの英語は知識層にはウケが良いのですが、バカなわたしにはまったく聞き取れなかった。でも、トランプさんの英語は何となく聞き取れるんです。これがトランプさんの計算によるものかどうかはわかりません。
    世界は「グローバル化」の元、ますますややこしくてこんがらがってきているように思えます。その中、日本の政治家や官僚の皆さんは、この「グローバル化」に付いて行けているのでしょうか?
    どうもここのところのニュースを見るにつけ、そんな疑問が湧き上がってきております。

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柴田鉄治

しばた てつじ: 1935年生まれ。東京大学理学部卒業後、59年に朝日新聞に入社し、東京本社社会部長、科学部長、論説委員を経て現在は科学ジャーナリスト。大学では地球物理を専攻し、南極観測にもたびたび同行して、「国境のない、武器のない、パスポートの要らない南極」を理想と掲げ、「南極と平和」をテーマにした講演活動も行っている。著書に『科学事件』(岩波新書)、『新聞記者という仕事』、『世界中を「南極」にしよう!』(集英社新書)ほか多数。

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