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2013-07-24up

この人に聞きたい

川崎哲さんに聞いた(その1)

9条改定は、
「戦争放棄を放棄する」こと

自民党圧勝の結果に終わった参院選。さらに「改憲」が現実味を帯びてきた状況に、中国、韓国メディアなどではすでに、「憲法改正の動きの加速」を懸念する報道が始まっているともいいます。日本が9条を失うとはどういうことなのか? 世界が日本を見る目は、それによってどう変化するのか? 2008年に2万人以上を集めて開かれた「9条世界会議」事務局長を務め、NGOピースボートの共同代表として、世界各地の人たちの声を聞いてきた川崎哲さんにお話を伺いました。

川崎哲(かわさき・あきら)
1968年東京生まれ。ピースボート共同代表。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)共同代表。「アボリション2000」調整委員。2008年から広島・長崎の被爆者と世界を回る「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」プロジェクトを実施。2009~10年、日豪両政府主導の「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」でNGOアドバイザーを務めた。著書『核拡散』(岩波新書)で日本平和学会第1回平和研究奨励賞を受賞。雑誌『世界』(岩波書店)をはじめ国内外のメディアに寄稿多数。恵泉女学園大学非常勤講師。日本平和学会会員、日本軍縮学会会員・編集委員。

9条を変えることで、
戦争の脅威はかえって高まる
編集部

 これまで川崎さんは、NGOピースボートの共同代表として、2008年の「9条世界会議」の事務局長を務めるなど、憲法9条の問題に積極的に取り組まれてきました。最近の改憲論争については、どう感じられていますか?

川崎

 現政権がこれまで直接的に訴えてきたのは憲法96条の改定ですが、本当の目的が9条改定であることは明らかです。改憲論争自体は過去にも何度かありましたが、今の自民党の支持率から見て、いよいよ現実味を帯びてきたと危機感を抱いています。

編集部

 9条が変わってしまうことによる、最大の問題は何だとお考えですか。

川崎

 9条改定は、“世界における日本の立ち位置”を左右する問題だと考えています。
 戦争の放棄を定めた9条を変えるということは、諸外国に対し日本は「戦争を放棄することを放棄した」というメッセージを送ることです。周辺諸国との軍拡競争を引き起こすなど、戦争の脅威が高まることになるでしょう。
 海外から見ると、これまで日本は「ヒロシマ・ナガサキ」のイメージが強く、「平和の国」として受け止められてきました。しかし、9条を手放すことでそのイメージは失われます。既に中東などでは、アメリカと組んでイラク戦争に加担したことなどから、日本に対して「もう平和で友好的な国ではない」という見方が強まりつつあり、それとともに日本人が武装勢力に襲われたりというケースも増えてきています。

編集部

 「改憲すべき」という人の中には、軍拡のための改憲ではなく、自衛隊の存在を明文化して逆に軍拡への縛りをかけるべきだ、と主張する人もいますね。

川崎

 そうですね。改憲といってもさまざまな意見があります。平和のための改憲だ、という人もいます。しかし、憲法というのは国の理念や基本姿勢を示すものです。日本が平和に対して真剣だというのなら、「日本は過去の戦争を反省して平和を選択した」という戦争直後の宣言に対して、どういう形であれ手を加えることは、外交上の深刻なマイナスをもたらします。仮にあからさまな軍拡をすぐに伴わないとしても、憲法を変えるだけで、日本はこれまでの平和主義を変えようとしているという意思表示になります。しかも、安倍(晋三)さんが首相になった時、ニューヨークタイムスは「右翼国家主義者が首相になった」と書きました。今の日本は世界からそうした見られ方をされているのですから、「平和のための改憲だということを分かってもらおう」なんて言っても通用するはずがない。日本はまた戦争の準備を始めたのだと理解されるでしょう。

「きっと戦争は起きない」は根拠なき安全神話
編集部

 憲法を変えたからといって、それがすぐさま「戦争になる」ということではない、という声もあります。

川崎

 改憲を支持している人たちは、どこかで「本当に戦争になんてなるわけがない」と思っているのではないでしょうか。しかし、それは根拠のない「安全神話」に過ぎません。これだけ領土問題が緊張している中、もしも憲法を変えて自衛隊を国防軍にするなどの行動を取れば、ますます緊張感は高まります。ふとしたことがきっかけで衝突が起こり、それが本格的な戦争に発展する可能性は十分にありますよ。
 敗戦から70年近くたって、政治の意思決定者の中にも戦争を知る人が少なくなっています。戦争の中での人々の悲痛や苦しみが忘れ去られ、「戦争」がまるで情報や記号のように軽々しく語られています。橋下徹・維新の会共同代表の「慰安婦」発言は、それを象徴するものだといえます。

編集部

 しかし、「北朝鮮の脅威」「テロの脅威」などが声高に言われる中、「軍事力なしでどうやって安全を守るのか」という不安も、多くの人が抱くところかと思います。

川崎

 ピースボートでの経験上実感しているのは、身を守るために本質的に必要なことは人脈と交渉力だということです。ピースボートの活動では、必ずしも治安がよくない国や地域に行くこともあります。難民キャンプや、災害のあとの混乱した状況にある国などです。そうした時、一番頼りになるのは、案内してくれる現地の友人です。このエリアは危険だ、そっちは行ってもいいと地元の事情を教えてくれたり、あなたには私が付き添うから安心してくれと言ってくれる仲間がいるかどうかこそ、安全の基盤です。ピースボートが30年も続けてこられたのは、世界中に信頼できる友人たちがいるからです。
 国際関係もそれと似たところがあります。軍事力よりも人脈と交渉力。例えば、イラク戦争の際に日本人が人質となった時、私は日本政府の関係者とも直接話をしましたが、政府は実行犯がどんなグループなのか本当に分からなかったようです。政府には現地での人脈も乏しかったし、交渉する相手すら見つけられなかったのだと思います。最近アルジェリアで日本人が拘束され殺害された事件がありました。こうした危機的状況を回避するのは、ひとえに人脈と交渉力です。よく「9条は丸腰だから危険だ」と言われることがありますが、知らないところに武器を持っていくのが一番危ない。グローバル社会においては、世界中に信頼できる人脈を作ることが何より大切です。

編集部

 軍事力よりも人と人とのつながりが、平和や安全をもたらすのですね。

川崎

 そうです。軍事力で平和を作り出せないことは、ほかならぬアメリカがすでに証明しています。9・11(アメリカ同時多発テロ事件)の際、アメリカは1万発もの核兵器を持っていながら、自国を守ることができませんでした。いつでも、どの国にでも核兵器を発射できる態勢を整えていても、国の中枢に飛行機が突っ込んでくれば太刀打ちできないわけです。さらにその後、アメリカは「対テロ戦」だといってアフガンで、イラクで戦争を起こしましたが、それで何か解決しましたか? アフガンでは自爆テロが多発し、イラクは混乱状態。自国・相手国ともに多くの犠牲者を生みました。
 そう考えると、国を守るために軍備を強化すべきだとか、日米同盟を強化してアメリカの核兵器で守ってもらおうなどという考え方は、現実にそぐわなくなってきているのです。私たちがイラク戦争の経験から学ぶべきは、強い軍事力を持っても本当の意味での安全は得られないということ。軍事力ではない方法で平和を作る方向に、考え方を大きく転換するべきだということです。

世界で「9条を選び始めた」人たちがいる
編集部

 しかし、それは一国だけでできることではないように思います。そうした考え方は、世界的にどのくらい浸透しているものでしょう?

川崎

 たしかに、9条は日本一国が持っているだけでは機能しません。しかし、すでに支持者は世界に広がっています。2008年に世界各地からゲストを招いて開催した「9条世界会議」は、日本の9条に関する法的論争をするためではなく、今の時代にどうやって軍事力によらずに平和を作るのかを語る場として開催したものです。その時のキャッチコピーは「世界は9条を選び始めた」でした。世界中が9条を「選びきった」とまでは言いませんが、軍事力に頼らずに平和をつくっていく道筋を選択する人たちは確かに増えています。
 例えば、北アイルランド。9条世界会議のゲストの1人マイレッド・マグワイアさん(北アイルランド出身の平和活動家でノーベル平和賞受賞者)は、スピーチでこう言いました。「暴力で紛争は解決できません。北アイルランドがそうでした。でも、対話を始めたら解決に向かいました」と。彼女は、長く北アイルランドで続いてきた独立をめぐるカトリックとプロテスタントの対立による武力紛争で家族を失っています。友人のベティ・ウィリアムズさんとともに「ピース・ピープル」という組織を立ち上げ、その問題の平和的解決に取り組んだことからノーベル平和賞を受賞しました。実際の経験の中から、紛争を解決するのは軍事力ではなく非武装・非暴力であることを選んだのです。これはそのまま、9条の理念だともいえるでしょう。

編集部

 その理念を、もっと世界中に広げていけたらいいですね。

川崎

 はい、私は9条を海外に広げ、世界規模で「武力によらない平和」を目指す必要があるとずっと述べてきました。9条というと、とかく「米占領軍による押しつけだったかどうか」といった歴史論争や、自衛隊の違憲性といった法的論争になりがちです。しかし、そうした議論をいったん横におき、今日の世界でどうやって平和を作るかということを正面から考えたとき、日本の9条はまさに「使える」ものであることが見えてくるのです。
 北朝鮮のミサイルに備えたいという気持ちはわかりますが、迎撃ミサイルを配備しても、向こうはさらに強く出るだけです。本当に問題を解決しようと思ったら、もっと長い目で見て、外交力と人脈で危機を抑えながら、平和のための地域的なメカニズムを作るしかありません。日本が憲法前文にあるように「国際社会で名誉ある地位を占め」るためには、9条を世界に広げて非軍事の国際協力を展開することが大切だと思います。

その2へつづきます

(構成/越膳綾子 写真/仲藤里美)

開票速報番組でのインタビューで、
「憲法改正を進めていく」とも明言していた安倍首相。
川崎さんにお話を伺ったのは参院選の前ですが、
9条改定が世界に与える「メッセージ」についての提言は、
さらに大きな意味を持つことになりそうです。
9条を捨てて軍事力を持つことが、果たして本当に「安全」に、
そして国際社会における日本の地位を向上させることにつながるのか?
「軍事力=強さ」の思い込みを捨てて、今こそ検証しなおすときです。

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