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2010-07-21up

この人に聞きたい

森まゆみさんに聞いた(その2)

里山で畑をやりながら考えたこと

地元・谷根千での活動の一方、
ここ数年は、「畑仕事」に通っている宮城県にも、
新しいネットワークが生まれつつあるという森さん。
日本の「農」と「食」について、
そして現在の政治状況についてもお話を伺いました。

もり・まゆみ
作家・編集者。1954年生まれ。早稲田大学政経学部卒業、東大新聞研究所修了。出版社勤務の後の1984年、友人らと東京で地域雑誌『谷中・根津・千駄木』(谷根千工房)を創刊、2009年の最終号まで編集人を務める。主な著書に『円朝ざんまい』(平凡社)、『東京遺産』(岩波新書)、『起業は山間から』(バジリコ)、『女三人のシベリア鉄道』 (集英社)、『海に沿うて歩く』(朝日新聞出版)など。歴史的建造物の保存活動や戦争証言の映像化にも取り組む。

一極集中でない「町」のあり方を
編集部

 さて前回は、地元・谷根千を中心とした活動についてお話を伺いましたが、最近はそのほかに、宮城県の伊具郡丸森町に家を借りて、そちらへも定期的に通っておられるそうですね。

 もともとは、父方の祖父母が生まれ育ったところなんです。近くにクラインガルテン(市民農園)という、畑と家をセットで貸してくれる施設があるので、そこを借りて、毎月一週間か十日くらいは畑仕事に通っています。

編集部

 何かきっかけはあったんですか?

 一つは、生活が食べ物の生産と切り離されているのはヤバいな、と思ったこと。それは『自主独立農民という仕事』(バジリコ)という本を書いて、佐藤忠吉さんという百姓哲学者と会ったのがきっかけですが。
 それと、海外を旅すると、日本ってすごく一極集中型ですよね。自治体を2000にして、過疎地を「限界集落」として切り捨ててしまった。でも実は日本の国土の条件はすごく恵まれている。70%以上は山地にしても、水はあるし、森はあるし、気候は温暖だし、そこにも上手に住んでいろんな産業を興していける可能性は十分あるのに、なぜか北海道なら札幌、九州なら博多というふうに、大都市にばかり人が集中して、小さな村々や里山は捨てられている。

編集部

 たしかに、地方の小さな町や村では、どこも高齢化や過疎化が問題になっています。

 大都市の次の「中都市」があって、さらに小さな町や村があって、それが互いにつながっていくような形、日本の隅々まで血が通っているようにしないと。その意味で、丸森のような里山の町にすごく興味があったんですね。
 谷根千はまだ町工場もたくさんあるし、食べ物にしても何にしても、出来合いではなくて「自分たちで作って売る」人がたくさんいる「健全」な町だとは思うんですけど、でもやっぱり農業とか漁業のような第一次産業とのつながりは薄い。この先、大地震などの災害があるかもしれないし、いざというとき餓死するのはいやだと思ったんです。
 年齢的にも、林住期といいますか、自然の中で暮らすことを欲していたんだと思います。最初は飽きたらやめればいいや、くらいの感じだったんですけど、もう4年目に突入してますね。とにかく野菜がうまい。

丸森でも広がる、新たなネットワーク
編集部

 ちなみに、畑ではどんなものを作ってらっしゃるんですか?

 ゴーヤー、なす、ねぎ、キャベツ、ブロッコリー…全部で40種類くらいですね。ハーブもいろいろ。でも、私の場合は、売るために収穫しなきゃいけないわけじゃなくて、向こうに行ったときに食べて、帰りに少し持って帰ってくるくらいでいいので、1種類につき4〜5本苗を植える程度の、多品種小生産です。それは農家の邪魔をするわけでもないし、いろんな人がいろんな形で農業にかかわった方がいい。私は東京の家のベランダでもネギやハーブくらいは育ててますよ。やらないよりはいい。
 放っておくと、きゅうりとかすごく大きくなって、初めて見たから感動しました。大豆と枝豆がもとは同じものだなんてことも知らなかったし、まだまだ知らないこと多いなあ、と思って。だからおもしろいの。

編集部

 畑仕事は、どなたかに教わったりしたんですか?

 基本は見よう見まね。あとすぐ近くに、農業大学校を出てヨーロッパで実習した若い女性が住んでいて、仲よしなのでいろいろ教えてくれるんです。「マリーゴールドを一緒に植えると害虫除けになるよ」とか、「トマトは脇芽をかかなきゃ駄目」とか。
 それと、最近は近くの畑を借りてる人が、定年後で時間があるので、私の畑でも作物を作りはじめ、いないときは私の畑の世話もしてくれるんですよ。自称小作人、私はたまにお料理を作って持って行ったりするくらい(笑)。

編集部

 谷根千ではもちろんでしょうけれど、丸森でもすでに充実したご近所関係ができてるんですね。

 そうなんです。私、東京を捨てられない唯一の理由が「友達をまた作るのが面倒くさい」だったんですけど、瞬く間に丸森でも友達がいっぱいできて。山登り、山菜採り、釣り、たけのこ掘り、みんな教わっています。東京にいても「今度いつ来るの」とか「次来たときはあの温泉に行こう」とか電話がかかってきたり、わりと人気あるんですよ(笑)。何でも教えてもらおう、知らないことを知ろうっていう気持ちがあれば、いいんじゃないですか。
 そうやってできた向こうの友人たちとも、図書館を作ろうとか、ドキュメンタリー映画の上映会をやろうとか、いろいろ計画しているところなんです。

自分で食べるものは、自分たちでつくろう
編集部

 先ほどお話のあった『自主独立農民という仕事』は、1960年代ごろから有機農業に取り組み、「木次乳業」を創業して日本初のパスチャライズ(低温殺菌)牛乳を世に送り出した佐藤忠吉さんの一代記ですね。

 これから日本の農業がどうなるのかというのにはとても興味があって。それは日本がどうなるのかということなので、農業の本はもう1冊くらい書きたいなとも思っています。たぶんこの問題での師匠である、結城登美雄さん(注)の聞き書きになると思います。
 やっぱり、このままいくと農業はやる人がいなくなる。今農業に従事してる人はどんどん年をとっていくわけだし、若い人がどうそこに参入していけるのかですよね。例えば都会で仕事をする中で鬱になっちゃった人や、仕事の見つからない人が、何か自然や農業に絡んだ形で自分が納得できる道を見つけられないかな、ということを考えています。
 これって、平和問題にも深くかかわってくることでしょう。「日本は先進工業国なんだから、先端工業だけやってりゃいいじゃないか」なんてことをテレビで言ってたりするけど、とんでもない話ですよ。 食べるものがなくなるというのは、他の国に首根っこを押さえられることでもあるんだから。

(注)結城登美雄さん…民俗研究家。住民を主体にした地域づくりの手法「地元学」を提唱し、宮城県を中心に東北各地で地域おこしの活動を行っている。『山に暮らす海に生きる』(無明舎出版)、『地元学からの出発』(農村漁村文化協会)などの著書がある。

編集部

 食べるものがなければ、それを求めて争いをせざるを得なくなる可能性もある。安全保障という意味でも、自分たちの食べるものを自分たちで作るというのは、とても重要ですよね。

 だから、それをやれる条件をどうつくるかということです。今、農業をやってる人の中でも、農協を離脱して直売所で生産物を売るとか、都市のお客さんに直送で売るということをし始めてる人が増えてますよね。そういう仕組みをもっともっとつくっていかないと。
 丸森にも野菜の直送販売をしている人がいるんだけど、その人は以前は横浜で仕事をしていたので、そのときの仕事関係の知り合いや仲間のネットワークにも支えられているみたい。結城さんが紹介しているいわゆるCSA(Community Sapported Agriculture =地域に支えられた農業)ですね。そういうものをどうつくるかだと思います。
 今も、丸森や由布院、能登の七尾との交流みたいなことをずいぶんやってるんですけど、いずれは全国各地の生産物で「これはいい」というものを東京で紹介していけたらいいなあ、と。

編集部

 それは楽しそう!

 私、女性誌なんかでよくやってる、「お取り寄せ」とかはあんまり好きじゃないんですよ。「お金があるからおいしいものを食べよう」みたいな感じでしょう。そうじゃなくて、自分が信用できる友達がすすめるもの、「いいよ」と言ってくれるものを、自分も食べたいしみんなにも食べてもらいたい。自分が食べるものは、自分が作るか信用してる人に作ってもらう。その関係が基本だと思うんです。

まずは「身近なところ」からの取り組みを
編集部

 さて、現在の民主党政権の政策についても、最後に少し伺いたいと思います。森さんは群馬県・八ッ場ダムの建設中止問題などにもかかわられていましたが、民主党は政権交代が実現した2009年衆院選挙のキャッチフレーズだった「コンクリートから人へ」を、今回の参院選のマニフェストからも外してしまいましたね。

 あれは外すべきではなかった、と思いますね。せっかくいいフレーズなのに。地方の建設業も体質が変わらなくてはいけません。その他にも、現金での子ども手当より保育所、育成室などの整備の方が大事だと思うし、納得のいかない政策はいくつもあります。でも、 「天下りをなくす」は徹底的にやってほしい。ここで民主党を見捨ててまた自民党政権に戻ってはほしくない。あれは男権的、世襲的、権威的、強者追随の政治でしたから。あきれつつもなんとか(民主党政権を)支えよう、という感じでしょうか。

編集部

 鳩山前首相退陣の大きな原因の一つになった、沖縄・普天間基地の「移転」問題についてはいかがですか。

 鳩山さんがはじめて沖縄の痛みに寄り添おうとした、その言葉は重いです。私は基地は全部なくして、アメリカには出て行ってもらいたい、と素直に思っています。「核の傘」とかいうけど、抑止力なんてないでしょう。安保を離脱すれば、9条で戦争はしないと言っている、それどころか二度も原爆を落とされてる、無防備な国に突然どこかが核攻撃してくるなんてこと、現実的にはあり得ないと思いますよ。そんなことした国は国際的に孤立するだろうし。そもそも日本にいる米軍は、日本人を守るために日本にいるわけじゃないですからね。

編集部

 ただ、この問題をめぐる一連の流れを見ていると、米軍基地を日本に置いておきたい、あるいは核の傘に日本を入れておかないと困るという人が、アメリカではなくて日本の中にもたくさんいるんだなと感じずにいられませんでした。

 メディアもひどすぎますね。編集委員クラスの人が「こんなことをしてたら日本はアメリカに信用されなくなる」と脅すとか、CIAの手先みたいなことを書いてたり。アメリカのえらい人に友達がいるっていうのを自慢にしてるみたいだった。だからやっぱり、オルタナティブジャーナリズムが必要なんだと思います。アメリカでは新聞がどんどんつぶれて、優れたジャーナリストが市民メディアを作りはじめていますし、ビルマではビデオジャーナリストたちが命がけで映像を撮影して軍事政権を告発している。前回お話しした私たち「映像ドキュメント」でも、普天間のことをずっと追いかけてはいるんですけど…。
 ただ、その一方で、実はそういう「大きな問題」だけをやっていて、体面上呼びかけ人になるけど何もしない学者とかを、私は信用していないんですよね。

編集部

 というと?

 もちろん、そうした規模の大きい問題に声をあげることも必要です。でも、まずは自分の身近なところから変えていくことが重要なんじゃないか。自分の周りにも悩んでいる、苦しんでいる人はたくさんいます。
 政治問題でなくとも、例えばこの四半世紀、環境を悪化させる開発には反対しよう、子どもたちを共同して地域で育てあおう、時代を経た建物を守ろう、活用しよう、という動きはずいぶん広がった。私たちもそうした動きに関わってきましたが、それが結果的に、エコロジーの問題などについてもプラスに働いたわけでしょう。
 それと同じように、例えば普天間の問題についてデモをやるとか声明を出したりとかするだけじゃなくて−−もちろんそれも必要なんだけど、同時に自分の町の身近な問題に取り組むことも重要なんじゃないか。それに、すぐ全国組織を作ってトップになりたがる人もいますが、全国組織の維持にエネルギーを取られて地域がおろそかになることも多いです。地域の活動が結果的には、国際的、あるいは全国政治の問題を考えるネットワークになる。そういう形の運動がなかったら、なかなか「普通」の人たちのところまでメッセージは届かないんじゃないか。そう思っているんです。

←その1を読む

「自分に身近な問題」に、粘り強く、
丁寧に取り組んできた森さんならではの視点。
直接にはつながらないように思えても、
まずは身近なところを変えていこうとする力が、
結果的には「大きな問題」をも動かしていくのでしょう。
森さん、ありがとうございました!

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