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2011-03-16up

世界から見た今のニッポン

第53回

福島原発事故がドイツ政府に与えた衝撃

ベーベル・シュラーダー(Baerbel Schrader)1942年ドイツ・ワイマール生まれ。旧東ドイツ芸術アカデミー教授。専門は演劇 学。著書に『黄金の1920年代・ワイマールの芸術と文化』『≪西部戦線異常なし≫ドキュメント・レマルク』等多数。現在ベルリン在住。

東日本大震災の直後から、日本の状況に心を痛めて何度もメールを送ってくれているベルリン在住のベーベル・シュラーダーさん。「原発事故で万が一のことがあれば、日本の友人をいつでもドイツで引き受ける用意がある」と言う彼女から、ドイツ政府が福島原子力発電所事故にどう対応したかについて報告してもらいました。

 3月12日の朝まで、私たちが注視していたのは東日本での地震と津波が何をもたらしたかということでした。ドイツの新聞だけでなく、ラジオやテレビすべてが通常のプログラムを変更し、日本で起こった大惨事の報道を続けました。私の知人、友人、近所の商店の売り子さんからパン屋さんまで、家を失った生存者の方々への深い同情の念、亡くなった多くの方々への哀悼の気持ちでいっぱいだったのです。まさか犠牲者が1万人を超えるとは。ドイツ人の多くは、日本の人々がこの未曾有の大惨事をいかに克服するかを見守っていました。
 ところが3月13日の午後からは福島原子力発電所の事故がクローズアップされていきます。これはドイツの私たちにも直接関わる問題です。ドイツ社会民主党と緑の党の連立による前政権は、40年を超えて運転を続ける原発を段階的に停止する(2022年までに国内原発の運転をすべて停止するとした脱原発法を制定)ことを、経済界との粘り強い交渉の末に決定しました。しかしながら昨年の秋、キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟と自由民主党からなる現連立政権は原子力産業界に譲歩して脱原発政策を見直し、原子力ロビイストに対して原発の稼働年数を平均で12年間延長することを約束したのです。政治家は私たち国民の代表であって、一部の産業界の利益を代表する存在であってはなりません。それに対するデモが各地でなされましたが、政府の決定が翻ることはありませんでした。
 しかし状況は変わりました。現在、政府の原子力政策の見直しに対する世論の批判は強く、とりわけ原発推進派である自民党に対する支持率は急落しています。来週、来月にかけて行われる主要な州議会選挙の結果は政府の立場に影響を及ぼすことでしょう。
 日本の悲劇によって、有権者の票が(反原子力の)緑の党ほか、野党に向かうであろうことを承知しているメルケル首相は、彼女なりの方法でその流れを止めようと、3月14日にヴェスターヴェレ副首相兼外相とともに記者会見を行いました。その模様を「ベルリナー・ツァイトゥンク」のティモット・スヴェント・イヴァニ記者が報じているので、一部を紹介します。

 「いかに難しい状況でもメルケルは適切な言葉で世論に訴えてきた。しかし今回は違った。彼女はかつて技術を信頼し、それがゆえに原子力に固執する学者であったが、いまや日本で大惨事が起こっている。彼女は『非常に高度な安全基準を定めていた日本のような国でさえ、地震や津波による放射能の流出は防げませんでした。そのことを世界が、ヨーロッパが、そしてドイツのような非常に高度な安全基準を定めた国が無視することはできないでしょう』と述べた後、まだ考えがまとまっていない様子で『このような日に、ドイツの原子炉は安全だなどとは、言えないと思います』と続けた。メルケルの表情はこわばっていたが、即座に彼女は気を取り直して、『もちろんドイツの設備は安全だ、日本で起きたことから何を学ぶかが当然ながら問われなければならない』と述べたが、『それでもあなたは原発の稼働年数延長に固執するのですか』という記者からの質問に対し、『ヤー(イエス)』とは答えず、ただ『われわれはいま、すべての問題について議論ができるわけではないことを理解してほしい』と語ったのである。
 その日の夜のテレビで、メルケル内閣のレッティンゲン環境相が原子力の出口モデルに言及し、最後にこう語った。『われわれは原子力を捨て、再生可能エネルギーあるいは他のエネルギー源へシフトできるかどうかが問われている』と」
 野党であるドイツ社民党のガブリエル党首は、日本での地震はドイツでの飛行機墜落事故に当たり、もし旅客機が原子力発電所に落ちたらどうするのかと警告しています。緑の党のトリッティン党首は、メルケル首相がドイツの原子力発電所は安全だという一方で、国内に17基ある設備の点検を命じていることの矛盾を批判し、ドイツが原発の閉鎖を遅らせることも、脱原子力を逆戻りすることもなく、システマティックに進めることを主張し、世界規模での原子力発電所建設の一時停止を求めています。

 メルケル首相は3月14日の夜、昨年秋に決定した原発の稼働年数を延長する決定を3カ月間、棚上げにすると述べました。この間、原子力産業界と新しい戦略について協議するというのです。これは一見、理性的な判断ではありますが、その結果を私たちは注意深く見ないといけません。いかに政府が産業界の利益に囚われてきたかを知っているからです。
 しかし、今回は違いました。ドイツ政府は翌日、国内の老朽化した7基の原発の運転停止を決定しました。日本での大惨事がようやく現政権の考え方を転換させ、6月15日までに脱原子力のための実現可能なコンセプトを策定することになりました。国民は非常に用心深くなり、もはや原発推進派のトリックにはだまされなくなったのです。
 福島原子力発電所では炉心溶融がすでに始まっていました。すべてはこれまでの原発事故チェルノブイリ、スリーマイル、そしてドイツのブロークドルフとヴァッカーズドルフの原発での突発事故までと同じ経過を辿っています。本当の危機は語られません。
 日本における大惨事は地球全体、とりわけ先進国に対する警告であり、私たちに社会的、経済的な転換を強いることになると思います。

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