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2013-05-08up

世界から見た今のニッポン

第60回

世界第3位の経済大国は再びグローバルな成長のエンジンになるのか? 海外からの注目も集まっている「アベノミクス」

 政治・経済・社会を論ずるドイツの代表的な週刊誌『シュピーゲル』(2013年4月15日付)に「新たな救済論」というタイトル記事が掲載された。副題は「日本の新たな首相の金融緩和政策により東京証券取引所は活況を呈している。批判的な者はその政策を国家財政の破綻の一歩手前とみている」。
 かつてドイツでヒトラーが政権を握ったのは、同国で吹き荒れたハイパーインフレーションによる経済の混乱を彼が解決してくれると国民が期待したからだった。1923年、対フランスの戦費調達を不人気な増税ではなく国債発行によって賄ったことで、ドイツにおけるハイパーインフレは始まった。それ以前のインフレと通貨安は一時的には心地よいものだったが、それに安住した結果、通貨(ライヒスマルク)の信用は失墜。国民には金融資産の壊滅や生活苦をもたらし、やがてファシズムの台頭を招いたのである。
 そうした歴史の教訓から、戦後の西ドイツの連邦銀行は「通貨の番人」として、現在も政治権力から独立した金融機関として存在している。今年1月にドイツのショイブレ財務相が、安倍新政権が目指す将来的な追加金融緩和に強い懸念を表明した背景には、上記のような歴史の教訓があるのではないか。以下は記事の抄訳である。(芳地隆之)

新たな救済論『シュピーゲル』(2013年4月15日付)

 アベノミクス――これは昨年末に首相に選出された安倍晋三の名字と英語の「エコノミクス」を合成した造語だ。安倍は2007年9月に政権の不人気と健康上の理由から首相の座を放り出した。そしていま、彼は経済的な停滞が長く続くニッポンの救済者という自己演出によって、新たな自分をつくりあげた。

 安倍は長い間、日本の平和憲法を変える国家主義的なつわものとして自らを語ってきた。しかしながら彼は、中国や韓国といったライバルに広げられた差を取り戻すために、まずは経済を強くしなければならないことを認識した。そのための政策を安倍に伝授したのは、米国イェール大学名誉教授で内閣官房参与の浜田宏一である。浜田から見ると、日本経済停滞の原因のひとつは日本銀行にある。長年にわたり日銀は慢性的なデフレを止めることができなかった。物価は下がり、企業の業績は落ちるか、倒産した。給与も低下し日本人には消費に回すお金が残らなくなった。

 結果として企業の収益はさらに減少した。その負の連鎖を断ち切るために、安倍は、本来政治から独立した組織である日銀をひれ伏させ、発券銀行たる日銀の総裁に財務省出身、68才の黒田東彦を任命した。日銀において極めて饒舌かつ実験志向の強い人物である。新総裁は日銀において2%のインフレターゲットを設定した。物価上昇に対する期待から、企業は投資を増やし、消費者はより支出をするという理論である。

 黒田はこの目標を2年以内に達成するという。そのためには「できることはすべてやる」と約束した。日銀は自由に円を刷り、貨幣の流通量を2倍にする。そして毎月7兆円(約500億ユーロ)を超える額の国債、将来的には新しく発行する国債の70%以上を買い入れ、それによって金利を下げるという。

 この戦略はリスクが高い。日本は自国の経済規模の2倍以上、富士山並みの借金を負っている。国債の90%以上を自国民が保有している点はギリシャと異なるが、ニッポンの通貨の番人は政策と博奕を混同している。新総裁はすでに、不動産投資信託のようなリスクの高い債券をより多く購入することも考えているのだ。

 いままでのところアベノミクス戦略は言葉の段階にとどまっているが、すでに影響は出ている。先の衆議院選挙時に安倍は、経済がいかに国民の心理に依存しているかを見せつけた。日銀の独立性を奪うという脅しによって、彼は莫大な金の供給に対する期待を目覚めさせたのである。投資家はこぞって円を売り、ドルを買っている。外国における日本製の自動車やテレビの価格を高くしていた円の価値は、去年の秋以来、対ドルで25%も低下した。

 円安は経済界の一部を喜ばせている。トヨタのような輸出志向の大企業にとっては、国内生産がプラスに働くようになった。同社は4月から9月にかけて国内生産台数を前年比20万台増の250万台にするとしている。東京証券取引所では大企業の収益増への期待が膨らんでおり、年初以降、日経平均株価は25%上昇した。これは過去4年半で最高である。とくに外国のファンドは日本株式を再び投資の対象と見なしている。

 しかし円安は日本人に幸運をもたらすだけではない。円が安くなればなるほど、輸入価格は高くなる。とくに電力源のためのエネルギーだ。福島第一原子力発電所の事故以降、国内の原子力発電所54基のうち、52基は稼働を停止している。いまや日本は外国産の石油ガスに全面的に依存している。にもかかわらず安倍は春闘を前に企業に対して従業員の給与を上げるよう求めた。いくつかの産業分野、とくに大手スーパーマーケットチェーンは数年ぶりの賃上げに応えたが、一回きりともいわれている。

 世界第3位の経済大国は再びグローバルな成長のエンジンになるのか? 海外からの注目も集まっている。米国のノーベル経済学者、ポール・クルーグマンは、日本はやらなければならなかったことにようやく着手したと称賛する。一方、世界的な投資家であるジョージ・ソロスは、日本の投資家が円安を恐れ、資金を海外へ一斉に移す「雪崩」現象を警戒する。

 「これはバブルだ」というのは、みずほ証券チーフエコノミストの上野泰也である。東京の金融街におけるオフィスで彼は、日本の高齢化に関する最新の統計を示した。2040年の日本の人口構成は3人に1人が65才以上となる。人口は2000万人減少するなか、「求められるような経済成長を誰が担うのか」。上野は、アベノミクス・シンパは人口減少がデフレの主要原因であることを認めず、そのための処方箋ももっていないことを批判する。

 6月に日本政府は長期的な財政コンセプトと成長戦略をアベノミクスに加えるようだが、多くの日本企業には新しいアイデア、技術革新的な製品が欠如している。こればかりは安倍が命令してどうにかなるものではない。

 電機大手パナソニックは、テレビ生産で深刻な損失を計上した。競合相手であるシャープは存在をかけて闘っている。同社は工場の一部をアップル社および台湾の電子機器受託生産会社、Foxconnに移管。先日は韓国のライバル、サムスン電子と資本・業務提携を結んだ。大阪にあるシャープ本社では700人の人員削減が予定されている。

 こうした衰退を円安が止めることはできない。アベノミクスは10年遅すぎた、というのは藤巻健史である。長らく米国の証券会社JPモルガンの花形ディーラーとして活躍し、現在は自身の投資会社を経営している彼は、直近の著作で日本の財政が間もなく破綻すると予言している。本のタイトルは「ひとたまりもない日本」。意訳すれば「日本は救いようがない」だ。

 アベノミクスは日本の没落を早めるだろう、と藤巻は言う。彼によれば、日本政府は財政赤字を補填するため、毎年44兆円の国債を発行しなければならない。しかも日銀がインフレを誘導すれば国債の金利は自動的に高騰し、日本は借金の山となる。日銀は、国家破産を避けるために、さらに紙幣を刷ることになるだろう。「それによって1923年のドイツのようなハイパーインフレが起きる」と藤巻は予測する。ただし彼は国家の財政破綻のなかにもプラス面を見ている。「若い世代が借金を背負わずに済むことで、日本を立て直すことができる」からだ。

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「アベノミクス」による株価高騰に浮かれるニッポン。
かつてのバブル崩壊からの教訓は、どこへ? とも思えます。
そしてもしかしたら、ナチス時代を経験したドイツの目には、
それは「いつか来た道」のようにも映っているのかもしれません。

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